第4話 すこぶる軽いフットワーク【道家雄二郎】
数楽研究会とはなんぞ。そもそも字が間違ってる。いや、わざとか?よくわからない。活動内容も、俺にはよくわからなかった。2人しかいない部員のうち、部長らしき男子が数学の美しさや神秘を熱弁していたが全然ピンとこない。その部長さんの隣で黙っていた女子の先輩も部長の暴走を止めるのは諦めているように見えた。多分、いつもこんな調子なんだろうな。
ここはハズレかなぁ。俺は数楽研究会の見学を終えて、廊下に出た。この一週間、片っ端から部活を覗いているところなのだ。そこそこの進学校なくせに部活動が盛んな北葉高校には変な部活もたくさんあって覗くだけでも暇つぶしになる。
「まあ、運動部はないよなぁ」
もともと、騒ぐのは好きだけど運動神経があるわけじゃないし、厳しい部活はごめんだった。俺はもっと軽く自由でいたい。
一度きりの高校生活、もっと楽しく有意義に時間を使いたいね。となると、文化部のどれにするかだなぁ。
「よーお、ピエロちゃん!」
振り向くと、そこには同じ中学だった奴ともう1人は知らない男子の2人組がいた。ふたりとも似たような背格好で、慣れていないワックスで整えた髪型が不自然で逆にガキっぽく見える。
「なんだよ」
「何?お前あそこに入んの?」
今出てきた数学研究会の教室をにやにやしながら指差す。
「入んないよ」
「あ、そう。じゃあまだ部活決まってねーのな。決まってねえならさー、サッカー部入らねえ?」
正直、こいつらと同じ部活なんてまっぴらだった。中学のころのレッテルを引きずりたくない。それを払拭したくて、うちの中学から来るやつが少ないこの高校に進学したのだ。俺の頭でこの高校に入れたのは、奇跡としか言いようが無い。
「サッカーはもういいよ。俺、足遅いし」
「はぁ?んなの、練習すればなんとかなるって。ダイジョブダイジョブ!」
何がダイジョブなんだ。しつこいぞ。2人組の無駄な明るさにむっとしていると、ある噂を思い出した。部員数が危うい部活の中には、最初に入った1年生に、他の1年生を無理矢理勧誘させるなんてとこもあるらしいって聞いたっけか。なるほど怖い先輩に言われて必死なのね。それならそれでやりようがある。
「いや、実は俺もう入部届け出しちゃったから、サッカーは無理だわ」
「え?マジかどこだよ」
「え、あー、ほ、放送部?」
「はぁ?お昼の放送とかすんのかよ」
「んー、まあそれもする。他にもいろいろあるっぽいけど」
「ちっ。つまんない部活選んでんなよ」
捨て台詞のようなものを吐いて、2人組はひょこひょこと行ってしまった。俺はほっとして息をつく。やり過ごせた…。
鞄をとりに教室へ戻り、玄関へ向かう。
放送部に入るというのは、咄嗟に出た嘘だったけど意外と良い案のような気がしてきた。一緒に見学してたやつらも良い奴らっぽかったし、部内の男女仲が良さそうなのもポイントが高い。それに先輩も優くて美人だったし。
咄嗟に口から出た言葉っていうのは、深層心理から出た本音かもしれない。ならそれに従ってみるのも悪くない、か。
なんたって俺のフットワークはすこぶる軽いのだ。
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