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カサリカサリと、足を踏み出すたびに、敷き詰められた黄色い木の葉が音をあげる。見上げると、地面を覆ったその黄色から濃い緑色までの、葉のグラデーションをなす木々が、僕らを覆っていて山道は薄暗い。僕らの住む街にもようやく訪れた、秋の季節。それを待ちかねていた姉さんと、近くの山に来ていた。山と言うよりは丘と呼ぶ方が似合うほどの標高しかないこの山では、舗装されるほどの傾斜もなく、しっかりと踏み固められた緩やかな斜面が手軽なジョギングコースとして、苔や草木の間を通っている。そんな身近な紅葉スポットに意気込んで赴くのは、何も僕らばかりではない。先ほどから僕らの横を、幾つもの団体客が追い越していく。どうやらここは、紅葉スポットであると同時にキノコの鑑賞スポットでもあるらしくて、何やら道端に生えている白いキノコに、大喜びで講釈をつけながら剥いでいく人たちもいた。
「ねえ有くん、これって食べれるキノコ?」
倒木の根元に生えた、見るからに毒々しい、鮮やかな黄色をしたキノコを指さして、姉さんは言った。今日の姉さんは、チェックのシャツワンピースの上に、太めのベルトと色を合わせた黒いストールを羽織っている。彼女のスカート姿をよく見るようになったのは、ここ一ヶ月ほどだろうか。
「さっきの人たちが持ってかなかったキノコなら、食べれないんだと思いますけど」
「なるほど愛してる!」
僕らが恋人同士になって、おおよそ一ヶ月が経つ。あの時に姉さんが言った通り、彼氏と彼女になっても、僕らの関係は実質的には何も変わらなかった。それを茶化すように、姉さんは僕への返答の語尾に、こうやって意味もなく『愛してる』を付けるようになったのだ。愛してると言われると言うことは、僕は愛されているのだろうか。だといい、と僕は思う。
そのまましばらく歩くと、少しだけ開けた場所に出た。どうやらここは、山道の曲がり角に合わせて、何かの石碑を建てたところらしい。その二メートルほどの高さの石碑のすぐ脇に、二人ほどが腰掛けられるような岩が鎮座している。
「ちょっと、休みましょうか」
緩やかな坂道とは言え、登山口から数えると、もう一時間ほど歩いていることになるようだ。僕も姉さんも、軽く息が切れている。僕は、姉さんの返事も聞かぬまま、その岩に座ろうとした。
「んー、じゃあ、私は、この辺で彼を捜してみるよ」
そう言って姉さんは、僕と繋いでいた手をほどいて、枯れ葉の落ちた山道に、こちらに背を向けてしゃがみ込んだ。彼。コウテイペンギンの彼。姉さんとのごっこ遊びのために、僕らが作り出した彼。恋人同士になってからも、僕らが二人で出かける時の名目は、どこそこに彼を探しに行く、というままだ。
「この葉っぱの裏とかにいたり、しないかな?」
そう言って姉さんはしゃがみこんだまま、落ちている葉をつまんで、くるくると裏返している。彼女の手の中で、表側と裏側とが、何度も入れ替わった。僕は、なんだか急に、息苦しさと眠気に同時に襲われたような気がした。少し高いところまで登ったから、酸素が薄くなっているのかも知れない。それを振り払うように、岩に腰掛けた僕は、数メートルを隔てた姉さんの背中に尋ねた。
「僕が、ここに彼がいるって信じ込めたら、彼が見つかるんですよね」
「私の愛する有くんは、才能があるからね」
そうして、姉さんが、木の葉を弄んでいた指先を、ぴたりと停めた。葉の、土の着いた面が、こちらを向くのが見える。その時、こちらに背後を向けたままのはずの姉さんの声が、辺りに反響したように、僕の周りの全方向から聞こえたような気がした。境界のぶれる感触。僕の周りに、乾いた風が吹き抜けた。急に雲が立ちこめて、僕らの周りの薄暗さが更に増す。いつの間にか、先ほどまで聞こえていた鳥の囀りも、どこかへ消えてしまっている。少し前から、他の団体客とも擦れ違わなくなっていた。自分の呼吸音と、林の中に響く姉さんの声だけが僕に迫った。
「有くんの信じたいように信じれば、その世界が叶うんだと思うよ」
「ねえ、さ……かふっ! かはっ!」
姉さんに呼びかけようとしたけれど、途中で咳き込んでしまった。出そうとした声が、乾いた風に、喉元まで押し込められてしまうような感触だった。
「ふふふ、例えば有くんなら、そうだね、何をしても自分を許容してくれる、美人の姉とかも、作れちゃうのかも知れないね。コウテイペンギンみたいに。ねえ、恋物語の主人公とヒロインは、手に入れた恋を携えて、どこかに行かなくちゃ、いけないんだ。どこかに」
姉さんが何を言っているのか、分からなかった。けれど、僕らにとって、とても危険なことを言っているということだけが分かった。
「ごほっ! げほげほっ!」
それでも背を丸めて咳き込むことしかできない僕に、ようやく姉さんは、立ち上がって向き直った。彼女に見下される角度になるのは、あまり無かったことのように思う。姉さんの表情は、陰になって見えなかった。
「まあ、そうか。有くんには、まだ、早かったか。うん、じゃあ、なんちゃって、ですよ。なーんちゃって」
節を付けて、歌うように、姉さんは言った。
「ねえ、さん?」
ようやく出せるようになった声で、僕は呼びかけた。
「うん。今のは、全部、嘘。もう少し私たち二人で、彼を捜そう? 愛し合う私たち、二人で」
彼女がそう言った途端、辺りは音を取り戻した。姉さんも、いつもの優しい表情の姉さんだ。今のは、何だったのだろう。とくん、とくん、と鳴る自分の心音が、やけに耳障りだ。なんだか、凄く恐ろしい一瞬だったように思う。
「ふふふ。見つかると、いいね」
姉さんが、今度はこちらを向いた状態で膝を折って、また落ちている葉を裏返し始めた。無造作に屈む姉さんの両脚の間に、橙色の下着が覗いた。とくん、と僕の胸の奥が音をたてた気がした。それを合図に僕は突然立ち上がって、姉さんへの数歩を縮めて、しゃがんだ姉さんをそのまま、木の葉の上に静かに押し倒した。無言のまま、彼女はあっさりと背を地に付ける。やがて姉さんが目を瞑り、その両腕が、ゆっくりと僕の背中に回って、僕らはそのまま静かに抱き合った。そして、彼女の栗色の髪が、敷かれた秋色の木の葉の中に、ふわりと溶ける。
失せもの探しと擬ペンギン 椎見瑞菜 @cmizuna
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