コンビニ店員と視察

 現代日本のとある県のとある市のなんの変哲もない街中のコンビニ。そこで青年はバイトをしていた。

 

ピロピロピロ〜♬


「らっしゃいませ〜」


 深夜2時。青年が雑誌の棚を整理していると、自動ドアが開いてお馴染みのチャイムが鳴り、清潔に保たれた明るい店内に1人、お客が来店した。


「妙に明るいゆえ、あの忌々しい聖十二使徒教団が儀式を行っているかと思えば……なんだここは。かの教団の聖光程度、我にはそよ風にも満たぬ影響力であるが、この聖光に込められた聖属性の魔力はいくらなんでも弱過ぎぬか?だがそれにしては過剰なほどに強き光であるな………」


 来店したのはとんでもなく美形の男だった。イケメン羨ましい。

 病的なまでに白い肌、紫がかった黒髪で日本人のようにも見えるが、その堀の深い顔立ちと2つのルビーのような鋭く紅い目、190センチを越える長身が彼が外国人であると主張している。

 だが、流暢な日本語を話していることから彼は日本に長くいる人間なのだろう。

 まあ外国人が皆金髪というわけではないし、近年のグローバル社会では混血も進んでいる。多分親とか先祖に黒い髪の遺伝子があったのだろう。

 そして目立つのはその服だ。黒を基調としているタキシードのようにも見えるが、聖○魔IIみたいに派手な格好である。

 だが、その服は歌手やミュージシャンが着るようなパフォーマンスのものには見えず、生地の仕立ても非常に上等なものであることがブランド物に詳しくない青年にも分かった。派手だがまるで普段着のように似合っている。


混血ハーフってやつか……」


 青年がそうなんの気なしに呟いた瞬間、その男がギロリとこちらを睨んだ。


「ん?そこのお前」

「は、はい何か御用でしょうか!?」


 やばい。独り言聞かれてた?と青年はどぎまぎした。

 別に聞かれて困ることではないが、お客様は店に入っていきなり店員に自分のことで何か言われたら、例えそれが間違っていないことだとしても、あまり気分の良いものではないだろう。


「ここの祭壇を取り仕切るのは貴様か?」


 『さいだん』……というのはよく分からないし、自分は店長ではないが、時間帯責任者という点では正しい。

 目の前の男は入店時から鋭くコンビニ内を見渡していた。これはもしかすると店長が言っていたこの時期突然やってくる視察の人かもしれない。

 青年はただのバイトだが、この仕事には誇りを持っている。この店舗の評価を上げるためにもここは気合いを入れて対応しないといけないと思った。


「はい!今の時間帯は店長は不在ですが、私が責任者です」

「ふむ……やはりそうか。ん、んん?妙な格好であるな。それは新手の儀式装束か?」


 『ぎしきしょうぞく』……何かの用語だろうか?と青年は考える。マニュアルは全て暗記したはずだが、何か抜け落ちていた点があったのかもしれない。後で確認しなければと青年は頭に刻みつけた。

 まずい。ここで答えられなければこの店が彼のせいで不利益を被るかもしれないのだ。


 青年が必死で考えていると、目の前の男は訝しげにその紅い目を細めてこちらを見てきた。


「どうした?何か答えたくない程のやましい理由でもあるのか?」


 青年はその言葉で焦った。

(やばい!やっぱり抜き打ちの視察の人だったんだ!これはきちんと答えないといけないぞ!!

 でも『ぎしきしょうぞく』って何か分からないし、他に何か言っていたヒントは……新手の……新手…新しい……そうか!この新調した制服のことだな!)


 青年は今日新調したばかりの真新しいコンビニ店員の制服について質問を受けているのだと思い、しっかりと背筋を正して視察員に向かって答えた。


「この制服は確かに今日替えた新しいものです。ですがデザインは5年間変わってません」

「五年……そうか。とりあえずは貴様が聖十二使徒ではないことは理解した。あれは百年以上我の手を煩わせてきたからな」

「はあ……」


 難しい用語がいっぱい出てきて、何を言っているのかよく分からない。

 だが視察員はふんふんと一人頷いているので、青年は満足のいく回答をすることが出来たようだと安心した。


「だが、この異常な数の供物はなんなのだ?どれも千年もの時を超えて生きる我が見たことがない代物ぞ。夜だというのにこの祭壇の太陽にも負けぬ異様な明るさも気になるな」


 青年は『くもつ?』とまたもや耳慣れない言葉に困惑したが、目の前の視察員の目線から商品のことを言っているのだと分かった。

 そして、確かにこの店は目立つように照明をわざと明るくしている。店長の意向で普通のコンビニよりも明るく設定してあるが、やはり眩しすぎただろうか。


「うちは大手の上、試験的な店舗なので商品はどこよりも沢山取り揃えております。明るさ……はコンビニですし、遠くからでもよく目立つように明るさは2600ルクス以上・・・・・あります。」


 そう青年が答えたところ、目の前の視察員の視線が鋭さを増した。


ルクスリア・・・・・……だと。よもや貴様、アスモデウス・・・・・・を召喚させる気ではあるまいな?」

明日も手薄・・・・・?あ、いや確かに今日のこの時間帯は僕1人だけですけど、明日は日曜日ですしもっと沢山の人が来ますから!」

「なんだと……一体どれほどの数の眷属を召喚する気なのだ!?ん?これは……」


 回答がお気に召さなかったのか、視察員の目の光がさらに鋭さを増し、剣呑な空気が漂い始めた。

 青年は何か失言があったかと焦り、何か言わなければと口を開いたが、その時、黒髪紅目の視察員は青年が整理していた18禁雑誌に目を留めた。

 仕事でやっていただけだからやましいことは何もないのに、なぜか冷や汗がつぅ〜っと青年の背中を伝ってゆく。


「これは魔導書か?……ううっ!こ、これはっ!いかにもあやつアスモデウスの好みそうな下衆な書物だな。目が腐る。ん?………さては貴様、色欲の手先か!!」


 雑誌エロ本を持って観察していたかと思えば、いきなりカッと目を見開き、怒りをあらわにして青年に詰め寄る視察員。

 青年よりも20センチは身長差がある視察員は紅い目をギョロリと動かして青年を上から見下ろし睨みつけた。

 青年は突然の根も葉もないスパイ容疑に目を白黒させ、視察員の怒りに恐怖しながらも、必死に無実を訴えた。


「ええ!僕がスパイ!?ち、違いますよ!」


 確かに青年はここで働く前に別のコンビニ『四虚苦しきょくマート』に勤めていたが、そのあまりのブラックぶりに耐えられずやめてしまったのだ。

 そこで次のバイト先に選んだのがここ、『ルシーフLエル』。規則は厳しいが、きちんと働けば高額の時給が約束される素晴らしい職場である。


「そんな!『四虚苦・・・マート』はもう辞めました!今は全く関係ありません。僕はここ『ルシーフL・・・・・』に全てを捧げているんです!」


 青年は思いの丈を話した。ちゃんとこの職場を愛していることをきちんと視察員に分かってもらうためだ。

 その青年の熱意が伝わったのか、目の前の長身美形の視察員はしばらく驚いたような顔をしていたが、すぐにニヤリと笑うと上機嫌で話し始めた。


「何?つまり貴様は色欲・・の悪魔とは既に手を切っており、今はに全てを捧げていると……?」


 『我』とはつまり視察員の所属の会社、すなわちこのコンビニの親企業の事だろう。その口ぶりから、視察員は相当な地位にいる人間なのだと青年は考えた。


「はい!もちろんです!」

「ふむ。そうか……この腐りきった低俗な書物も色欲の奴に使えていた時の名残りであるのだな。まあ我は寛大だ。貴様が真摯に仕えていれば無理に習慣を変えるようには言わん。時間はまだたくさんあるのだしな。だがいささかこの祭壇は明るすぎる。もう少し暗くするがよかろう」

「はい。改善しておきます」


 確かにこの店の照明は明るすぎるとは思っていたので、きちんと指摘してもらってありがたかった。

 この視察員の人はきちんと隅々まで見てくれているのだ。


「ふん。またしばらくしたらここに来る。その時までに少しは変わっていることを願うぞ?」

「はい!分かりました。次にいらっしゃるまでにきちんと改善しておきますので」

「フハハハハ!なかなか殊勝な態度ではないか。気に入ったぞ。貴様、名は何と言う?」

「え、あっはい!紺野こんの陽ニようじと申します」

「ふむ、ヨウジか。良き名だ。覚えておこう。何かあればこの正統なる純血の悪魔、魔界大公爵ルシフェル・・・・・を頼るがいい。ではさらばだ」


 そう言うと彼は音もなくドアの外の闇へと消えて行った。


 『まかいだいこうしゃく』というのはよく分からないが、やはり相当な肩書きの人物だったのだろう。もしかしたら本社幹部クラスの人間なのかもしれない。

 その本社からの視察員に名前を覚えられたのは純粋に嬉しい。自分の仕事ぶりが認められたということだからだ。そしてこの店舗もきっと高い評価をもらえたのだろう。それはとても良かった。

 だが……


ーーーー何かあればこの正統なる純血の……


「やっちゃったな。混血の外人さんじゃなかったのか」


 来店時の自分の呟きをばっちり聞かれてしまっていたのだろう。とても失礼なことをしてしまった。

 だがあの視察員はそれを怒るわけでもなく、最後にそれとなく気づかせてくれたのだ。お客様への対応もきちんとすべきだということだろう。温かく優しい指導だった。


 これからは気をつけなければと陽二は気を引き締めた。


「とりあえず言われた通り、電気を少し暗くしよう」





 今日も平和だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る