第17話

「どうなんだよ。気になる子、いるのか?」


 どう答えようものか逡巡する俺に恭介は詰め寄る。もう少し待てる子になってほしい。


「……気になるっていったら、やっぱり琴音なのかなぁ……」

「ほぉう?」


 いない、では納得してくれそうにないので、致し方なく、具体的な人の名前を言う。

 こんなところで名前を出して、琴音には内心申し訳なく思う。なんで俺が罪悪感を感じねばならんのだ。


「へぇ、お兄ちゃん、琴音お姉ちゃんのこと好きなんだ?」

「いや、好きっていうか、なんというか……。やっぱり、魅力的な子だとはすごい思うよ」

「なーんか、どっか客観的なんだよなぁ……」


 拓海が訝しげな目付きで俺を見ている。


「仕方ないだろ。お前らが納得しなさそうだから琴音の名前出しただけで、好きだとか、そういうわけでもないんだから」


 そんな拓海を見返して俺は正直にそう伝える。


「……そもそも、あの子に彼氏がいるのかどうかすらわからないし」


 そうなのだ。俺は少し前までの琴音のことはよく知っていた(なんだかストーカーのようで気持ち悪い)が、今の琴音のことは何も知らない。

 そんな状況で好きだなんだとは、さすがに考えられないだろう。


「あー、どうなんだろうな。学校内では彼氏どころか男っ気もないけどなぁ……」

「まじか!!」


 拓海の情報になぜか俺以上の反応をする恭介。素敵な笑顔である。


「でも、学校外っていう可能性だって全然あるしな。なんてったってあの国分寺だし」

「まじか……」


 今度は一瞬で意気消沈する。忙しない男である。


「でも確かに気になるね。今度訊いてみようかな」


 妹はそう言って可愛らしいあくびをしている。もう眠いのだろう。

 そんな妹に恭介は「わかったら教えて」とお願いしているが、「気が向いたらね」と適当にあしらわれていた。あの様子だと、確実に教えてもらえないだろう。


「そういうお前ら……拓海は彼女いるから、恭介はどうなんだよ? 好きな子とかいるのか?」


 俺のことばかりで腹が立つので、今度はターゲットを二人に変えて質問をする。しかし、良く考えたら拓海にはすでに決まった相手がいるので、結局ターゲットは恭介一人になった。


「好きな子……ねぇ」


 恭介は俺の質問ににやりと笑ってそう呟くと、


「いいか? 俺はかわいい子はみんな好きだぜ。誰かひとりなんて選べない」


 胸をそらし何故か偉そうに、そんなことを言ってのけた。


「…………」


 一同、沈黙である。なんでお前が選ぶ立場なのか、はなはだ疑問である。


「気持ち悪いを通り越して、怖いよ……」


 妹の呟きがこの場全員の考えをうまくまとめていた。


   ◇ ◇ ◇


「そういや、どこで寝るんだ? マイスターの部屋?」


 全員が順番に風呂に入り終わった後、思い出したかのような拓海の疑問である。


「バカ野郎。今夜はオーバーナイトで語り合うって言っただろう!」

「バカはお前だし、言ってもいない」


 時計を見たらもう12時になりそうだった。


「もうお兄ちゃんの部屋に布団敷いてあったよね」

「あぁ、うん。事前に」

「まじか、至れり尽くせりだな」


 午前のうちに適当に部屋を掃除して、布団を敷いておいたのだ。


「……私はもう寝ようかな。さすがに眠くなっちゃった」


 ふわぁ、とかわいらしい欠伸をした妹は、そう言って立ち上がる。

 普段はもっと早く寝ている妹にしては、今日は夜更かしだと言えるだろう。なんだかんだお泊り会を楽しんでくれていたみたいだ。

 おやすみ、と声を掛け合って、妹は自室へと向かった。残ったのは男三人。むさくるしい空間である。


「……俺らも部屋に行くか」

「んだな」


 結局、部屋に行ったらやることがなかった俺たちは、拓海から彼女とのアレやソレの話を聞いた後、それなりの早く寝たのだった。本当になんなのだろうか、この会は。


   ◇ ◇ ◇


「……なんか、琴音お姉ちゃんがこれから来るってさ」

「ウェアッ!? マジけ!?」


 翌日、午前10時。特にやることもなく、やりたいこともない俺たちは、リビングでゴロゴロと転がってテレビを見ていた。母親も今日は休みなので、ゴロゴローズの一員に加わっている。そしてもちろん、拓海と恭介も我が家のようにくつろいでいる。

 そんななか、携帯を弄っていた妹がいきなりそんなことを言うものだから、とても驚いた。俺ではなく、恭介が。


「……なんで来るんだ?」

「わかんない。なんか話があるんだってさ」


 妹の表情を見るに、本当に何の用なのかはわからないようだ。


「お、琴音ちゃん来んの? やっと見れるじゃん。ラッキー」


 母親はそんなことを言っていた。

 それからしばらくしたら、本当に琴音が来た。


「こんにちは。あ、おばさん! お久しぶりです!」

「あらあららら。琴音ちゃん久しぶりー。ずいぶん別嬪べっぴんさんになったねぇ」

「そ、そんなこと……」


 妹も琴音を久しぶりに見たときに「別嬪さん」とほめていたが、うちの親子の中ではやっている言葉なのだろうか。いまどき別嬪さんなんてなかなか聞かないぞ。


「お邪魔しまーす。あ、千歳ちゃんの言ってた通り、大所帯だね」


 リビングまでやってきた琴音は、恭介と拓海を見てそんな感想を漏らす。

 そんな琴音を見て、恭介は固まっている。普段はマドンナなどと陰で呼んでいるお調子者のくせに、実際に美少女を目の前にしたら思考が停止してしまう悲しい男、その名も須田恭介である。


「……で、何の用?」


 そんな恭介を尻目に呆れながら、俺は琴音に要件を訊く。


「あ、えっと……これ」


 琴音はバッグを漁ると、なにやら小さい紙を俺に渡してくる。


「水族館の割引券?」

「そう。お母さんが部屋の掃除してたら見つけたんだって。どうせならこの間お邪魔したお礼に誘ったらどうだって」

「へぇ……」


 どういう経路で手に入れたのかはわからないが、割引券には「一枚につき五名まで」「入場料50%OFF」と書いてある。半額とは、ずいぶんと太っ腹な話である。


「行きたいっ!」

「……というわけでちぃも俺もいいけど、いつ行くの?」

「うーんと……。有効期限はいつまでって書いてある?」

「……5月いっぱいまでみたい」

「じゃあ、中間テスト終わったらにしようよ」

「うわっ、そんなのあったな……」


 琴音の提案に、俺は水族館の件よりも「中間テスト」という単語に気が行ってしまう。5月の中旬に一学期の中間テストがあるのだ。


「で、どうかな。中間テストの後は」

「俺はいいよ。ちぃは?」

「私はいつでも!」


 妹はものすごく嬉しそうにそう言う。一応、妹は今年受験生であるが、そんなことは完全に忘れてるかのような物言いだ。


「おい、おい」


 俺が生暖かい目で妹を見ていたら、そんな俺の肩が何者かにちょんちょんと突かれる。


「……なんだよ、恭介?」


 俺は振り返って、いままでずっと黙って固まっていた恭介と、おそらくただ空気を読んで黙っていた拓海の方を向く。

 その瞬間、恭介は俺に向かってガバッと土下座をすると、


「一生のお願いだ! 俺も連れて行ってくれっ!」


 そんなお願いをしてくる。


「いいのか、お前の一生がそんなんで……」

「構わんっ!!」

「……はぁ」


 ため息を一つ吐いて、琴音と妹に「こんなこと言ってるけど、どうする?」という視線を向ける。


「えぇと、5人まで割引効くから、どうせなら須田君と……えっと、その」

「あぁ、俺? 木下拓海って言います。同じ高校の」

「は、はじめまして、国分寺琴音です。それでその、木下君もどうかな?」

「え、俺もいいの?」

「うん。みんなで行った方がきっと楽しいもん」

「……じゃあ、お言葉に甘えて参加させてもらおうかな。良かったな、恭介」

「おぉ……女神ぃ……」


 どうやら恭介の中で琴音がマドンナから女神にランクアップしたようだ。とんでもない飛び級である。拝むのをやめろ。


「じゃあ、俺とちぃと琴音と、あと拓海と恭介の5人で、中間テスト後の……土曜にする? 日曜にする?」

「私はどっちでも」

「サッカー部の休みは?」

「あー……。どうなんだろうなぁ。基本的に不定期だからなぁ」

「最悪サボるから、いつでも構わないぜ!」


 サムズアップしながらそんなことを抜かす恭介。


「じゃあ、土曜にしとくか。なんとなくだけど」

「わかった」


 というわけで、謎のメンバーでの水族館行きが決まった。

 と言っても、日にちはまだ一か月近く先である。そして何といっても、その前に中間テストがある。面倒くさい。


「……で、なんでこんなに大所帯なのかな?」

「お兄ちゃんがお泊り会してるの。昨日から」

「え! 楽しそう!」


 その後、何故か我が家に琴音も居座り、そのまま夕方までトランプやウノやジェンガをしながら過ごした。

 ちなみに、一番盛り上がったのは携帯を使ってやる人狼ゲームだった。

 一番うそをつくのが下手なのは恭介で、一番上手かったのは妹だった。意外な才能である。

 かくして夕方ごろに三人のお客様は帰った。はたしてみんなのお眼鏡に敵うほど楽しい時間を提供できた気はしないが、良い笑顔で帰って行ったので、まぁ良しとしよう。

 なかでも、琴音が参加してからというもの、恭介はずっと輝くような笑顔だった。なんとも幸せな奴である。

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