第16話

「いらっしゃい、恭介さん。と、拓海さん?」

「妹ちゃん久しぶりー」

「は、初めまして」


 翌日、土曜日。結局二人は部活を終えてから我が家を訪れた。

 あのあと恭介になかば無理矢理、妹にお泊まり会の許可をとらされた。そんな俺の姿を見た拓海は「なんで妹? 親じゃねぇの?」と疑問に思ったようだが、恭介が「こいつの家は妹の支配下にある」と説明した。支配下、と言うと語弊はあるが、間違いではない気がしたので何も口は挟まなかった。

 妹からの返事は、「恭介さんが夜中に騒がないならいいよ」とのこと。さすが、よくわかってらっしゃる。正直なことを言うと、妹が駄目と言ってくれることを俺は期待していたが、まぁ仕方がない。


 結局そんなこんなでもよおされることとなった田村家お泊まり会。ちなみに、拓海がうちに来るのはコレが初めてである。

 後に拓海が言ったことだが、「一家を支配する妹って聞いてたからちょっとビビってた」とのこと。やはり語弊が生まれてた。


「いやぁ、マイスターん久しぶりだわ。あ、これ、手土産な」


 リビングのソファにどかっと座るや否やそう言って、恭介はスパゲッティを渡してくる。なぜ。


「一応、俺も」


 拓海は少々遠慮がちに恭介の隣に腰を下ろすと、ペペロンチーノのもとを渡してきた。やったね、ペペロンチーノの完成だ。なぜだ。


「あ、ありがとう……」


 微妙なありがたさを感じる手土産だった。

 妹に渡すと、「一食浮いたね」と喜んだ様子でキッチンまで持って行った。ちなみに、妹はペペロンチーノが好きだ。というか、辛い物全般が好きだ。


「ただいまーっと。お? 来てるねぇ、少年たち」

「お邪魔してまーす」

「お、お邪魔してます!」


 丁度そのとき、母親も帰宅する。

 さすがに何度も来たことがある恭介は緊張の様子もなく、それどころか立ち上がりもせずに受け答えしている。しかし拓海は初めてだからか、すごく緊張しているようだ。立ち上がって、なぜか気をつけの姿勢になっている。


「ごはんは? もう食べた?」

「私たちは、まだ」

「俺たちもまだっす」


 母親は靴を脱いでリビングに来ると、食事を済ませたかを訊いてくる。

 恭介たちが来たらファミレスでも行こうという話を妹としていたため、俺らはまだ食べていない。ファミレスに行く予定があることを恭介たちには伝えていなかったが、どうやら先に済ませて来たということはないようだ。


「ふぅん。ちなみにどうするつもりだった?」

「ファミレスでも行こうかなって」

「なるほどねぇ。いいね、たまには! よし行くぞ少年たち! 私の奢りだ!」

「うおぉ! ラッキー!!」

「そ、そんな。申し訳ないですよ……」


 奢りと言う言葉に対する態度が対照的な二人。まぁ恭介はもっと遠慮すべきだと思うが。

 結局、拓海も母親の「いいから、いいから」という言葉で言いくるめられていた。


「着替えは?」

「……着替えはー…………、」


 母親は自分が着ているスーツを見下ろして、


「めんどいから、このままでいっかな!」


 あっけらかんとそう言う。汚れそうだから、ぜひ着替えてほしい。


「着替えてきて。待ってるから」

「……はーい」


 妹にいさめられて、母親はすごすごと自室に向かった。

 それをじっと見ていた拓海が、


「……なるほど。確かに一家を支配してるな」


 と漏らしていたのが印象的だった。


   ◇ ◇ ◇


「ドリンクバーいる人ー?」

「あ、私ほしい」

「俺も」

「じゃあ5つ」


 何のアンケートだったのかわからないが、結局人数分のドリンクバーを注文する母親である。拓海がまた申し訳なさそうな顔をしている。


「気にするな拓海。素直にありがとうございますと言っておけばいいんだ」

「え、それお前が言うの」


 なぜか我が物顔でそう指摘する恭介に、拓海は呆れている。

 まぁ恭介がこういう場に居るのももう一回や二回ではない。慣れているのも当たり前というものだろう。しかし、もう少し遠慮はしろよ、という視線を送っておく。


「しかしアレだなぁ……」


 注文した後、料理が来るのを待っていると、母親が何事か言い始める。一同がなんだ、という視線を向けて耳を傾けると、


「先週来た琴音ちゃんには会えなかったのに、少年ズには会えるっていう……。どっちかって言うと琴音ちゃんに会いたかったなぁ」


 正直すぎる意見を口にする。本人たちを前にして言うセリフではないと思う。


「は?」

「は?」

「え?」


 母親の言葉を受けた瞬間、なぜか、ギュンッとすごい速さでこっちに首を向ける拓海と恭介。


「なんだ、『先週来た』って……。つまりあれか? マドンナがお前んに来たのか?」

「……来たけど、多分お前はすごい勘違いをしている」

「オゥノゥ……来たのか……」


 恭介が泣きそうな顔で俺を見ている。どんだけショックなんだ。


「勘違いだと? 国分寺琴音が男の家に行った。それだけでとんでもないスキャンダルだぞ!!」


 拓海もなぜか怒っている。お前は彼女がいるだろ。


「何がスキャンダルだ! ちぃ、説明してやってくれよ」


 肉薄した男どもに責め立てられ、メロンソーダを飲んでいる妹に助けを求める。


「琴音お姉ちゃんとお兄ちゃんがすごく仲好さそうにしてて、私は嬉しかったよ。お互いに名前呼びなんてしちゃって」

「…………」

「な・ま・え・よ・びぃ?」


 なんということだろう。妹はまさかの敵だった。あえて誤解が生まれるような言い方をしやがる。

 そもそも、名前呼びをさせたのはお前だ。最終的には自主的にしてたけど。

 唖然と妹を見つめていると、ニヤッと笑われる。魔性の笑み。ぞくぞくするね。

 そのとき、気持ち控え目にテーブルを拳で叩く音がする。なんだと思って見れば、俺に人差し指をむける恭介の姿が目に入る。


「いいか? ファミレスという場所と、親御さんの前という状況を考慮して、オブラートに包んだ一言を送るにとどまってやる。……死ね」

「もうちょっと包んで!」


 そんな会話をしていたら食事が運ばれてきたので、取りあえず話は打ち切りとなった。やたらと「今は」というところが強調されていた。おそらくこの後、寝るまで追及されるのだろう。夜が今から恐ろしかった。



「飲み物持ってくるよ。なにが良い?」


 食事中、恭介からそう声をかけられる。やけににっこりとした笑み。胡散臭い。


「あ、恭介さん。私の分もお願い。コーラで」

「……じゃあ、俺もコーラで」


 どうやら、妹も恭介に飲み物を頼むらしい。

 基本的に人には遠慮して生きている妹だが、なぜか恭介相手にだけはその限りではない。昔から関わっているというのもあるだろうが、恭介の人柄ゆえというところだろうか。恭介相手には結構キツくものを言うこともある。


「かしこまりー」


 へへへと笑って俺と妹の分のグラスを持って席を立つ恭介。自分の分は良いのだろうか。


「へい、おまちどう」


 と言って俺と妹にコーラが入ったグラスを返す。そして何故か俺のことを見ながらニヤニヤと笑っている。

 わかりやすすぎる。これはコーラと見せかけて謎のブレンドをしてきたパターンだろう。

 一応、匂いを嗅いでみる。匂いは普通。ただのコーラだ。


「……?」


 一口含む。味も普通。ただのコーラだった。

 どうやら普通に飲み物を持ってきただけのようだ。それなのにそんな恭介を疑ってしまうなんて、俺の性格は歪んでしまったのかもしれない。

 と一瞬思ったけど、意地の悪いニヤケ面をしていた恭介が悪いという結論に至った。俺は悪くない。


「うん。ありがとう」

「あれ?」


 お礼を言うと、頭の上にはてなを浮かべる恭介。何だろうか。

 それを横目に見ながら、妹がコーラに口を付ける姿が目に入る。妹はその瞬間、眉間にしわを寄せると、


「まずい……。なにこれ……」


 と呟く。


「あ、わたす相手間違えた」


 それを見た恭介が合点がいった様子でそう口にする。バカである。


「おい」

「すいまっせん!」


 母親に睨まれた恭介は謝罪の言葉を叫んで、その謎の黒い液体を飲み干す。妹のことになるとすぐに怒る、うちの一家の特徴である。

 しかし、一体なにを混ぜたのだろうか。飲み干した恭介はすごい表情である。


「中学生みたいなことしてんなよ……」


 拓海もそれを見てあきれ顔だ。


「…………」


 すると、無言で妹が立ち上がると、空になったグラスを手に取る。


「……え? 妹ちゃん?」


 恭介はその妹の姿を見上げ、引き攣った笑顔と上ずった声で妹の名前を呼ぶ。


「……お返し。持ってくるから、飲んでね。三秒以内で」


 俺でも向けられたことがないようなひどく蔑んだ目を恭介に向けてそう言うと、妹はドリンクコーナーに歩いていく。言われた恭介は顔面蒼白だ。哀れである。自分が蒔いた種なので同情はしないが。


 その後、妹に運ばれてきた毒々しい色の液体を、恭介は見事、三秒以内に飲み干したのだった。


   ◇ ◇ ◇


「マイスターんゲームとか無いの?」


 風呂上がりの拓海のセリフだ。


「こいつんち、テレビゲーム無いんだよ」

「トランプならあるぞ」

「本格的に修学旅行だな……」


 時刻はもう22時を回っているが、トランプ大会が始まった。ちなみに、ババ抜きである。


「あ、私もやる」


 3試合ほど終わってから、風呂上がりの妹も参加する。濡れた髪。上気して桃色に染まった肌。そんな妹を血眼でガン見する恭介。


「あうっ」


 とりあえず、肩を殴っておく。

 ちなみに、母親はファミレスから帰ってくるなり自室に向かった。まだ少し仕事があるのだろう。


「ジジ抜きにしようよ」

「お、良いね」


 妹の提案で競技はババ抜きからジジ抜きになった。ジョーカーを山札に戻し、適当にカードを一枚抜いてからシャッフルする。


「で、なんでマドンナはお前ん来たわけ?」

「唐突だな……」


 シャッフルをしている俺に、唐突に恭介はそう切り出してくる。


「でも確かに気になるところだな」


 拓海も乗り気だ。


「……マドンナって、琴音お姉ちゃんのこと?」


 妹は他のところが気になっている様子。自然な疑問である。


「そ。恭介が勝手にそう呼んでんだよ」

「ええ……。恭介さん気持ち悪ぅ……」

「やめて! 普通に傷つくから!」


 妹から再びの蔑みの目を向けられ、恭介は胸を押さえて呻いていた。


「……まぁ、本当のこと言うと、私が遊ぼうって言ったの。だから、お兄ちゃんは特に関係ないよ」

「ちぃ……」


 呻いている恭介を尻目に、妹は俺に助け船を出してくれる。結局最後は助けてくれる、自慢の妹である。

 その答えを聞いたサッカー部二人は口を尖らして「なんだよ、つまんねぇ」と言っている。俺が琴音と仲良くしたら「死ね」で、実は関係なかったら「つまらない」。両極端で理不尽な感想である。


「まぁ、名前呼びしていたのは本当だけど」

「うおぉぉ! 殺す!」

「お前の反応は振れ幅がおかしいよ!」


 妹からの情報に激怒した恭介は俺に掴みかかってくるのだった。

 ちなみに、夜中に騒いだ恭介はこの後、妹に叱られた。



「そういや、なんでこんなお泊り会やろうってなったんだっけ?」


 ジジ抜きの途中。ふと気になった俺はそう漏らす。


「お前が誰を好きなのか暴こうって話だったろ」


 拓海が俺からカードを引いて、揃ったらしいペアを捨てながら言う。


「そういやそうだったっけか。……っち。全然そろわねぇな」


 拓海からカードを引いた恭介が悔しがっている。もう3周ほど彼の手札ではペアができていない。

 というか、お泊り会の言いだしっぺが目的を忘れていたようだ。


「え、なにそれ私も気になる。……あ、上がり」

「はやっ!」


 妹が一位である。


「んー……お、ようやくそろった」


 ようやくペアができたらしい恭介の残り手札は2枚。あと一つペアができれば上がりである。


「そろわねー……」

「最初に上がっちゃうと暇だ」

「ぜいたくな悩みですことよ」


 俺の手札は全然減らない。負けそう。


「お、そろった。で、恭介に引いてもらったら上がりだわ」


 拓海も上がった。


「あれ。俺もそろった。終了じゃん。マイスター負けー」

「は?」


 拓海から最後の一枚を引いた恭介の手札にはペアがあったらしく、俺が恭介から最後の一枚を引いたらゲーム終了だった。


「じゃ、負けた奴は罰ゲームで好きな人の名前を言え」

「そんな取って付けたような罰ゲームを……」

「おう、取って付けたぜ。ちなみに、罰ゲームは今回限定な」


 単純に俺が好きな人を暴露するだけじゃないか。


「好きな人って言ってもなぁ……」


 いない、というのが正直な話であって。


「うん、いないな」

「うわ、つまんねぇー!」


 正直にそう言うと、恭介は大ブーイングだった。


「じゃああれだ。一番気になっている人というか、そうなりたい人というか。そういう人はいるだろ?」


 拓海はなおも食い下がる。


「お兄ちゃん。さすがにそれくらいの相手ならいるでしょ? 高校生なんだから」


 妹もずいと俺に肉薄しながらそう問うてくる。みんなして、なんなのだろうか。まぁ、妹も中学3年生。普段は中学生らしくない大人びた対応をしていると言っても、やはり年相応にコイバナにあこがれるのだろうか。


「うーん……」


 さて、適当に答えても逃れられないような状況である。

 なんと答えようか。

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