第15話
翌日、昼休み。天気は晴れである。
俺はゆっくりと深呼吸をしてから、目の前で弁当の風呂敷を広げ始めている恭介を睨む。突然睨まれた恭介はビビっている。ごめん。
「悪い。今日はちょっと予定があるから、適当に食っちゃってくれ」
「おぉ? まぁいいけど、どしたん」
「戦場に
「……はぁ?」
俺の返事に恭介は
しかし止めてくれるな恭介よ。俺は必ず生きて帰る。
「なに、どういう意味?」
というわけではなく、普通に俺の言葉の意味が分からなかっただけのようだ。
「……あ、そうだ。恭介お前、同じ中学出身の森崎って女子知ってる?」
そういえばコイツこそ一番身近な同じ中学の出身者だと思い出した俺は、恭介にそう訊いてみることにした。
「森崎? 森崎
「……たぶんそう」
どうやら彼女の下の名前は志穂というらしい。初めて知った、と思う。昨日のことがあったので、自分の記憶力が全く信用できなくなっている。
「知ってるも何も……。つか、なんなのさ突然?」
「いやさ、森崎も兼部で緑化部入ってるんだけどさ。ちょうど昨日、同じ中学出身だってわかったんだけど、俺全く知らなかったから。でもなんか、どっかで関わったことありそうな言い方されたんだよな」
「…………まじで?」
「なにがまじで?」
恭介は俺の言葉に目を剥いて驚いている。箸で摘まんでいた卵焼きがぽとりと落ちた。落とした位置が弁当箱の真上でよかった。
「まじで覚えてねぇの?」
「みんなそんな反応するけど、なんでなんだよ」
「……森崎、中2のとき同じクラスだったぞ。てか、修学旅行の活動班も俺らと一緒だったはずだから、京都と奈良一緒に回ったぞ。帰ったら卒アル見てみろよ」
「……まじで?」
今度は俺が目を剥いて驚く番だった。
恭介の言うことが本当なら、それは関わったことがあるなんてレベルの話ではない。というか、十中八九、恭介の話は本当だろう。こんなときに嘘を言うような男ではない。
中2の頃の修学旅行は奈良京都だった。男女各3人の計6人班を無理矢理組まされた記憶や、班で決めたルートで寺を見て回った記憶は、確かにある。
でも言われてみれば、女子の班員がだれだったのか、いまいち記憶がおぼろげだ。ただただ恭介含む男子3人で騒いでいた記憶しかない。
「まさかだけど、忘れてたって本人に言ったの?」
「…………結果的に」
「ははっ! 絶対なじられただろ! あいつ口悪いもんなー」
「まぁ……」
なじられたというか、完全に呆れられたというか。
しかし、口が悪いという情報も追加されたら、いよいよあの森崎に間違いない。
なんてこった。
思わず、ため息が漏れた。
「まぁそれで、謝りに行ってくるってことよ」
「なるほど、そりゃ戦場だわ」
「だろ?」
ようやく俺が最初に言ったセリフの意味が分かったらしい恭介はうんうんと頷いている。
「ちなみに、どこにいるかわかってんの?」
「わからん。取りあえず屋上行ってみるつもり」
「えっ!? 屋上って行けんの!?」
俺の口から出た屋上という単語に身を乗り出して反応する恭介。びっくりした。なんなのだろうか。
どうやら、屋上の扉の鍵が壊れているという事実は、あまり広くは知られていないようだ。道理で、いつ行ってもあまり人がいないわけだ。
そういえば、どうして俺は屋上に行けることを知ってたんだっけ。
「屋上って言やぁアレだろ、夢のシチュエーションができるわけだろ。まず、なんとなく授業が面倒に感じた俺が、サボって屋上で昼寝なんてしてるわけだ。
そこに、幼馴染の女の子が来て『もう、キョウちゃん! ダメでしょ、授業さぼっちゃ!』なんて口うるさく言ってくるんだよ。
でも、授業をサボっちゃうようなチョイ悪な俺は『チッ……っせーよ、ブス』とか、ほんとは気にかけてくれて嬉しい癖に、そっぽを向いて思わず言っちゃうわけだよ! そんでそんで……」
「じゃ、行ってくるわ」
なにやら独りでにdive into the dreamし始めた恭介は放っておいて、俺は屋上に向かうのだった。
◇ ◇ ◇
ノブを捻って押し込めば、ギギィ……という耳障りな音を立てて、屋上の扉は難なく開く。
やはりと言っていいのかどうか。とにかく、彼女は今日もそこにいた。もしかして雨でもいるんじゃないかと思うほどに、屋上にいる姿が似合っている。
耳障りな扉の音にも反応せず、ぼうっとフェンス越しに空を見つめながら、メロンパンを食べている。
その彼女のもとへ、ゆっくりと近づく。心臓は早鐘を打ち、頭の中では某RPGの敵エンカウントのBGMが鳴り響いている。
すると、さすがに近づいてくる足音は気になったのか、森崎は振り返って俺のことを確認すると、すっと目を細めて、
「あぁ、あんたね」
と一言だけ漏らしてから、すぐに視線を戻した。
「…………」
とりあえず、無言で彼女の隣に腰を下ろす。隣と言っても、人が二人は入れるほどの間隔は空いてるけど。
それからしばらくの間、無言の食事タイム。なんだこれ。何しに来たんだっけ。
「……中2のとき、同じクラスだったんだって?」
このままだと昼休みが終わってしまうので、唐突だが、俺はそう切り出した。
森崎は俺のその言葉にピクリと反応すると、俺を横目で睨んで、
「中2っていうか、小学校から数えたら6回くらい同じクラスになってるわよ」
衝撃の事実を追加してくる。
「………………まじか」
もう、自分でも呆れるしかなかった。
そもそも、俺が通っていた小中学校は、どちらも1学年あたり、3クラスしかなかった。それに加えて毎年クラス替えをするので、小学校から中学校、合わせて九年間同じ学校で過ごしたのなら、同じクラスになったことがない同級生など、そうそう生まれない。
それにしたって、6回である。くらいとは言っていたが、それにしたって忘れることはないだろうと、自分でも思う。
「……これ以上この話は止めにしない?」
森崎は不愉快そうに頭を掻きながら、俺にそう提案する。
「怒ってる?」
答えはわかりきっているが、なんとなく、俺はそんな質問をした。
しかし俺の予想に反して、森崎は質問に対して
「怒ってない」
と返事する。
しかし、横顔をちらと見れば、完全に怒気を孕んだ表情をしている。
「怒ってるじゃん」
「怒ってない」
「怒ってるでしょ」
「怒ってないって……」
「もう怒ってるって言っちゃえよ」
「だから! 怒ってない!」
途中から楽しくなってきた俺のしつこさに、ついに本格的に森崎がキレた。悪ノリしすぎた。
森崎の怒号に目を
「……怒ってない。ただ、ムカついただけ」
世間一般ではそれを怒ると言うのだと思う。いや、厳密に言えば違うのかな。よくわからない。
「……ごめん。忘れてて」
「は……?」
自分でも驚くほど、すんなりと謝罪の言葉が口から出た。言葉と一緒に頭も下げる。
森崎はそんな俺の態度を信じられないといった様子で見てから、急にオロオロと目をさ迷わせたあと、左下の方を見ながら自分の髪をいじりだす。
「な、なに。すんなり謝っちゃって……。えっと……ああ、もう。なんか調子狂う……」
「う。それもなんか、すまん……」
「もういいって」
森崎は、しおらしい態度をやめろ、と言わんばかりにヒラヒラと手を振りながら俺の謝罪を止める。
そして、ふう、と息を吐くと、
「まぁ、ムカついてたとは言え、こっちもつっけんどんな態度とって悪かったとは思うかな」
なぜか俺に謝ってくる。というか、棘々しい態度をとっていた自覚はあるんだな。
「……なるほど、たしかに、急に謝られると調子狂うな」
「でしょ」
俺が納得したようにそう漏らすと、森崎はこっちに目を向けて微笑んだ。こいつ笑えるんだ、なんてことを思ったが、口から出したらまた怒られそうな気がしたので、紙パックのお茶をすすって、一緒にその言葉を喉奥に流し込んだ。
◇ ◇ ◇
教室に帰ろうと歩いていると、廊下で恭介と拓海が話しているのを見かけ、近づく。
恭介は俺が近づいてくることに気づくと片手を上げて、
「どうだった、許してもらえたん?」
ニヤニヤとしながらそう訊いてくる。おそらく、こいつ的には許してもらえないと予想したのだろう。
「なんだよ、許してもらうって?」
拓海は頭の上にはてなマークを浮かべている。恭介はそんな拓海に今回の事件について、あることないこと吹き込んでいる。ちなみに、ないこと、の部分にはちゃんと否定を入れた。
「なるほどなるほど」
拓海は、おそらくちゃんと伝わったであろうあらすじを噛み締めるようにうんうんと頷いて、
「マイスター。お前はバカだなぁ……」
ため息混じりに、俺を突然なじった。
「バカではないだろ」
「いいや、バカだねぇ!! なんせ相手はあの森崎志穂! 女子テニス部のホープにしてスポーツ系美少女! ひとつに結んだセミロングの黒髪と、どこか男を寄せ付けない厳しい眼差しに、その手の男共からの人気は絶大だぞ!」
「…………」
「その手」というのがどの手なのかは、訊かないことにした。
それにしても、相変わらずの拓海の情報収集力である。もしかして、もう一年の女子の情報も集まってるのではなかろうか。末恐ろしい。
しかし、森崎がスポーツ系美少女、ねぇ。今まであまりまじまじと顔を見たことがないので、そういう目で見たことは無かったが、言われてみれば確かに。
「黙ってれば、かわいいか?」
「はぁ!?」
「うおっ! びっくりした……」
俺のふとした呟きに、大音量の反応が来た。俺は急に耳元で鳴り響いたその騒音に顔を顰めて、
「なんだよ、恭介」
その発生源を睨みながら、なぜ叫んだのか、わけを訊く。
「なんだよじゃねぇ! いいか、俺は
「ちょちょ、声デカい……」
「黙れぇい拓海ぃ!! いいか、マイスター! お前はお前の妹様から始まり、今回の森崎に至るまで、世間一般から『可愛い』もしくは『魅力的だ』と言われるような女の子に囲まれているということに、お前自身は気付いているのかぁ!?」
「う、い、いや。そこまで意識したことなかった……」
「きえええぇぇいぃ!!」
「いてっ」
恭介は俺の返事を聞くや否や、奇声を上げながら俺の頭にチョップを繰り出してくる。地味に痛い。
「あうっ」
とりあえず、仕返しに肩を殴っておく。
「と、とにかくだ……。最近のマイスターはダメだ! ダメダメだ! 女の子に囲まれて、どこか満たされちゃってるんじゃないのかぁ?」
殴られた肩をさすりながら、いくらか勢いが落ちた様子で恭介は言葉をつづけた。もしかしたら、叩いたら直る系の家電のような男なのかもしれない。これからも恭介がおかしくなったら積極的に肩パンしていこうと俺は密かに決意した。
しかし恭介の言った「満たされている」、とは一体どういう意味だろうか。よくわからない。
「あ、でもそれは俺も思ったぞ。1年のときに比べて変な妄想も言わなくなったしな。おかげで俺のマイスター語録も、今年の二月に言ってた『昨日思い切りコケたんだけど、雪がクッションになって全然痛くなかったんだよ。すげぇな、雪ってやわらけぇんだな。もはやあれだな、おっぱいだな』で止まってるぞ」
「あぁ、言ったわ……」
確かに記憶にある。記録的な大雪が降った次の日、自転車でコンビニに向かったら滑って思い切り転んだ。軽く大怪我しそうなほど派手だったが、雪がクッションになってまったく怪我は無かった。その事実にテンションが上がりすぎた俺が拓海に言った言葉だった。
自分が蒔いた種だが、いざ他人に掘り返されるとすごい恥ずかしい。
拓海の言葉を受けて、少し考えてみる。
確かに彼らの言うとおり、前に比べて変なことを言う頻度は少なくなったかもしれない。しかしもともとテンションが上がりきったときに突発的に頭に浮かんだ言葉を言っていただけなので、女の子に囲まれたことで心が満たされて妄想力が弱っている、ということではないと思う。
うん。関係ないな。
「で、結局、マイスターは誰が好きなんだ?」
「は?」
そんなことを考えていた俺に、拓海が謎の質問を投げかける。
「とぼけるなよマイスター。お前の妹様から始まって、マドンナ、森崎、あとは……小日向……は除外か? あと、あのふわふわ系の部長もいたな。一体誰がお前の本命なんだ!?」
そこから先の質問は恭介が引き継いだようだ。小日向の扱いがぞんざいなのは、彼が小日向の生態をよく理解しているからだろう。
そもそも、なぜ彼らのなかで、そのなかに俺の想い人が居るという前提なのだろうか。別に、誰かに特別な感情を抱いているということは、ない、と思う。
もしかしたら、琴音には少し、あるかもしれない。でもどうせ、昔の思い出のなごりのようなもので、恋とはまた違う気がする。
しかし、彼の台詞のなかには、何よりも先に突っ込まなければならないことがあった。
「なんで妹も込みなんだよ」
普通、そのメンバーのなかに妹は組み込まないだろう。
「禁断の恋的な。あるかなって」
「ない」
断じて、ない。
「……あ、そろそろ昼休み終わるな」
「うそっ!」
ちらりと腕時計を見た拓海に呟きに、恭介は驚愕している。俺はむしろ、今日の昼休みはなかなか濃くて、かなり長く感じた。
「くっそー、結局マイスターから何も聞き出せなかった! 好きな女の子の話……はっ! 好きな女子の話と言えば、修学旅行の夜!」
「修学旅行は1月だな」
「ちっちっち」
恭介は俺に向かって人差し指を左右に振る。顔はドヤ顔だ。むかつく。
「何もお前の好きな女子を聞くために修学旅行を待つ必要はない。要は、修学旅行と同じ環境になれば良いわけだ! というわけで、土曜の夜中、マイスターん
「は?」
「拓海と」
「え? 俺も?」
なぜか突然、お泊まり会をすることになった。
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