第7話
本来であれば授業後すぐに向かうはずであった部室に、思ったよりも遅れてしまった俺は早足に向かう。
今日は木曜日。週で唯一部活が強制参加の日。
「学校を緑で埋め尽くそう」というテロのような方針を掲げる緑化部だが、その実やっている活動は校舎周りの花壇の整理・世話である。その花壇から学校を緑で埋め尽くすとなると、相当な数の
そして強制参加日である木曜日には、実際に花を植えたり、各個人の水やり日の分担を決める会議などを行う。あとの活動は実際に分担された日の朝に花を枯らさないよう、花壇に水をあげるだけだ。
部室にたどり着いた俺は、一度外から窓を通して部室の中をのぞく。
もし何やら真面目そうな雰囲気を感じ取った場合に、空気を読まずに入室してしまう危険を避けるためだ。礼儀でもある、と思う。
そんな雰囲気を感じ取ったことなぞ、今まで一度たりとも無かったわけだが、一応、である。
「こんちはー」
今日も今日とてシリアスな時間が微塵も流れていない、それどころか強制参加なのに、いつも通りのメンバーが、いつも通りの位置で、いつも通りの行動をしている内部状況を確認した俺は扉を開けて中に入る。
唯一いつも通りではないことと言えば、やはりと言うかなんと言うか、昨日本人が言っていた通り、小日向が席に座ってぼうっとしていることだろう。
「あ、先輩」
「田村くん遅いですよー、遅刻です」
「…………すいません」
遅刻ったって、なんもやってないじゃないですか。という文句が口内までこんにちはしたが、口から外には出さずに何とか飲み込むと、一言謝る。
「やっぱり、いつも通り他のメンバーは来ないですねー」
「そうですね。
「だれですか、森崎って」
「……小日向からしたら、森崎先輩な。俺とタメだから」
「はうっ。これは失態をば」
小日向はそう言うと赤面もしていない自分の顔を大げさに隠す動作をする。
どうやら手持無沙汰で呆けていただけで、何か悩みとかがあるわけではないと、そのいつも通りの仕草から
ちなみに森崎とは、俺が3人の幽霊部員の中で唯一知っている人物である。
気まぐれに、まぁもしかしたら彼女なりに気まぐれ以外の理由があるのかもしれないのだが、とにかく月1回ほどの間隔でふらっと部室に来ることがある。
それ以外の彼女に対する情報は全く持ち合わせていない。謎の人物である。
ミステリアスガール、と言い換えれば、とたんに魅力あふれる人物に思えてきて不思議である。
「でも、田村くんは何で遅れたんですかー?」
森崎の話題は早々に切り上げると、部長は俺にそう訊ねてくる。
「ええと、なんか今日のLHRで学級委員に選ばれちゃって、そのあと担任に雑用を任されてました」
「あらら。面倒くさいことになってますねー」
「本当ですよ。適当に引き受けるんじゃありませんでした」
「でも意外ですね。先輩ってあまりそういうのやらなそうなのに」
俺と部長の会話に、それまで黙って聞いていた小日向も参加してくる。
「……うーん、確かに。まぁ、最近暇なのは間違いないからな。他にやりそうなヤツもいなかったから、別にいいかって」
「へぇー」
話を振っておいて小日向の返事はいくらか適当であった。
「とにかく! 理由はどうあれ遅れそうなときは一報をくださいな。じゃないと来るまで待つべきなのか、それとも活動を始めてもいいのか、判断できないじゃないですかー」
「う。すいませんでした……」
少し大きめな声で自分に注目を集めてから、携帯を顔の横で振って「携帯があるんだから」ということをアピールしながら話しはじめる部長。
言っていることはごもっともで、それについては完全にこっちの不手際であるため、俺の心はチクチクと痛む。
「まぁ、今日は別に活動することないんですけどねー」
「……」
ところがそんな言葉を付け足して、俺の
まぁ、今度から気を付けよう、ということにして、どうにも納得いかない気持ちを落ち着かせる。
「やることないって、植え替えとか、水やりの分担とかは?」
「今日雨ですもんー。それに、発注が間に合わなくて植え替えるお花も無いんです。冬からずっと何も植えていない花壇に水やりもクソもないですしね」
お可愛い顔をした女性に「クソ」なんて口に出してほしくない、複雑な俺の男心である。
しかしこれは。
「なるほど、確かにやることないですね」
素直にそう思う。
「そうでしょうー? なので本格的な活動は来週まで持ち越しです。ごめんねー、咲良ちゃん」
「はう! いいえぇ、大丈夫です!」
急に話を振られると思っていなかった小日向はびっくりして変な声を上げていた。そのせいで心なしか、いつもより返事の声がでかい。いつもでかいので微々たる違いだが。
「あれ、もう入部決めたの?」
活動は来週まで持ち越し。つまりそれは「仮入部期間には何もしませんよ」ということを明言したことを意味する。
その言葉に対して「大丈夫」ということは、つまりそういうことなのだろうかと気になり、訊いてみる。
「え。ううーん。あまり考えてませんでした。……どうしましょうか?」
「俺に訊くなよ……」
しかし小日向はそんなに深く考えていなかったようで、何故か俺に決定権を委ねてくる。流石にそこまで面倒は見ないぞ。
「ええー。咲良ちゃん入ってよー。おねがい、兼部でもいいからー。私は別に二番目でもいいからぁー」
「わかりました! 入部します!」
「いや、はやいな! 一度決めたら曲がらない、そんな強い芯をうちに秘めているなお前は!」
そこに、狙っているのかいないのか、みっともなく関係に
そのセリフを聞くや否や、小日向はさっきまで悩んでいたのが嘘のように入部を即決する。その速度に思わず俺の突っ込みにも熱が入る。
「えへへ……」
俺の突っ込みを褒められたと判断したのか、小日向は頭を掻いて照れていた。
◇ ◇ ◇
結局その後、特にこれと言った出来事があるわけでもなく部活は終了して帰路についた。
しかし、よくしゃべる小日向が来るようになって、ただでさえ口数が少なかった清水先輩がさらに喋らなくなったように思う。
現に今日、あの人の声を聞いた覚えがない。
まぁしかしそれは俺がどうにか出来る問題でもないし、喋りたいときには喋る人なので、特に心配だとかいうわけではないが。
とにかく、今は夕食。
今日は妹と二人だけの食卓だ。
だがしかし、今日はなんと妹に胸を張って報告できる出来事が有るのだ。
俺は緊張からか興奮からか、早鐘のように鳴る心臓を頑張って抑えつつ、口を開く。
「今日、国分寺と話せたよ。今度遊ぶ件、了承もらえた」
「……………………は? ええぇっ!?」
妹的には相当あり得ないことを俺は言ったのだろう。言葉の意味を理解して驚くまでに 異常に間があった。
あれ、無視かな? とすら思った。
「は、はやい! はやすぎるよお兄ちゃん! いったいどんなインチキを……」
「インチキて……」
人聞きが悪い。
「ヘタレなお兄ちゃんのことだもん。私はてっきり本気で3カ月は何も起こらないものとして見てたよ。それがまさかの3日! 怪しい催眠術でも使いましたって言われた方が信じられるよ!」
「えぇー……」
どうやら俺の信用度は怪しい催眠術以下らしい。
「それがさ、クラスの学級委員に選出されちゃって。男女2人で、女の方は琴音なんだよ。だから急接近したってわけ」
「琴音お姉ちゃんが決まったから、慌てて立候補したの?」
「いや、推薦されたから、仕方なく」
「はぁ。やっぱり」
妹は肩を
国分寺とお近づきできるチャンスにも、相変わらず踏み出せなかったヘタレな兄に呆れているようだ。
「で、でもさ! そのあとに今度遊ぼうって話しかけたのは俺だぜ? そこは評価してくれよな」
少々みっともないとは思うが、俺なりに勇気を振り絞ったんだぞアピール。
「あ、うん。それは確かに」
妹もさすがに少し感心している顔だ。
「連絡先も交換したし……」
「えっ、私も知りたい!」
「……と言うと思って、許可も取ってきてある。あとで転送するわ」
「す、すごい……。今日のお兄ちゃんは一味違う! スーパーお兄ちゃんだ!」
「おいおい、よせやい照れるぜ……」
スーパーお兄ちゃんって何だ、とは思うが、そんな思いは表情に出さずにそう言っておく。
前髪をかき上げながら鼻をフフンと鳴らす動作のおまけつきだ。
こういうのは雰囲気が大切、だと思う。
「う、うん……」
おや、肝心の妹は少し引いているようだ。さすがにちょっと傷つく。
「でも、嬉しいなあ。早速あとで連絡しておこう!」
傷つく俺のことは余所に、妹は満面の笑みで食事を続けている。
思わずこっちも笑顔になってくるような、そんな表情。
頑張ってよかったな、と思う。
食後に、「妹に連絡先教えるよ」と最後の断りとして連絡しておくと、数分後には「いいよ。わざわざありがとう」と返ってきた。残像が生まれるほど頭を上下させているクマの絵も送られてくる。全力の感謝だ。絶対ここまで思ってない。
国分寺の連絡先を知れた妹は顔が上気するほど喜んでいた。そのあと、何がしかの連絡をしたのかどうかはわからない。
近いうちに日程を決めなきゃな、と相変わらずの後回しな考えをしながら、俺は就寝するのだった。
なんだか、濃い1日だったと思う。
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