プーの悲劇
俺には守るものなどない。プライドも、家族も、成人などとうに過ぎて未だに結婚もしていないお上りには、到底そんな価値のあるものなどなかった。
強いて守るものがあると言うなら、今の仕事と生活。そして仕事終わり、その報酬として食事を取る時間だろう。いや、あの一時は人生において素晴らしいものがある。あれは守らねばなるまい。そうでなければ、代わり映えのしないこの毎日に押し潰されるだけだ。
しかしだ。最近になって、この楽しみが奪われる事件が起こった。
それは土砂崩れである。
山の斜面を深く抉った土砂崩れは、俺の仕事場を一気に奪い去ってしまった。他の場所、果てには住宅街にまで被害は拡大しているらしい。
絶望した。楽しみと、自分の生活の基盤も同時に奪われたのだ。
というわけで、実質今の俺はプーである。今日も重たい体で仕事をする場所を探しに出かけていく。
周りはすっかり秋めいて、道を囲む木々は銀杏の葉を着飾っていた。道には赤や黄色の葉が敷かれている。
歩いていると、目の前に通称ゲンさんと呼ばれるやつがいた。
俺はこいつが嫌いだ。俺は軽く挨拶をして通りすぎようとしたのだが、あいつは俺にいつものように突っかかってきた。
「おう、麓のやつか」
こうなると逃げられない。この辺りの年長であるこいつに逆らえば、立ちどころに居場所がなくなってしまう。
「どうも」
「これから行くのかい?」
「はは、まあ」
「近くで土砂崩れがあったのは、知っているな?」
こいつが言わんとすることがわかった。
「はい、もちろんです。決して指定された場所には行きません」
「当たり前だ。ただでさえ場所が縮小しているんだ。お前みたいなよそ者に分け与えるか」
くそ。言いたいこといいやがって。
溜飲を無理やり下げ、頭を下げてその場を去った。
さて、どうすればいいだろうか。仕事をする場所は制限されている。足を使って根気よく探すしかない。仕事をしなければ、食事も取れない。それだけはなんとしても避けなければ。
いや……食事の当てがないわけではない。しかしそれは、危険な賭けだった。これは最後の手段にとっておこう。
その戒めとは裏腹に、なかなか新しい場所は見つからなかった。どこも定員がいっぱいで、入る隙間などもうないと突っ返される。そんな日が、ずっと続いていた。
どうする。このままでは年を越せずに飢えてしまう。冬が来る前には、なんとしても新しい場所を見つけなければ・・・・・・。
そこで俺の頭にあるものがよぎる。最後の頼み、戒めという文字が。
そうだ。そうでもしないと、俺は餓え死にしてしまう。
俺はある決断をした。禁じ手だ。だが背に腹は代えられない。俺は街へと向かった。
街は昼のため閑散としていた。それを機会と見て住宅街を練り歩き、あるものを探した。そしてそれを見つける。
それはゴミ捨て場だった。
俺はゴミ袋をあさり、中からめぼしい物はないかと探した。するとゴミ袋の中には、魚の骨や切り身の腐ったものなどが大量に出てきた。
こんなおこぼれを貰うことは、正直恥だ。だが俺にとってはどうでもいい。生きるか死ぬかの問題だ。そこに守るプライドなどない。俺はそのつーんと臭ってくるものを抵抗せず口にした。
しばらく食事を続けると、通路の奥から人の声が聞こえてきた。
「おい! こっちか」
・・・・・・まずいか? 俺はゴミを漁るのを止めて、別の通路から逃げようとした。
「いたぞ!」
しかし遅かった。奥には三人組がいた。その手には、ある道具を持っていた。
「覚悟しろ」
その筒状の物体を向けられる。
俺はその道具のことを知っていた。仲間の命を何度も奪っていった物。
やめろ……俺は、死にたくない。
逃げればいいものを、俺はそいつらに向かっていく。本能が、自分の理性を抑えて体を突き動かしていた。気が狂わんばかりに、その三人組に走って近づく。
「撃て!」
ズドン、という激しい音と同時に、胸を何かが貫いた。そして、力がふっと抜けるように、俺はバタリとその場に倒れた。
意識が遠のく。生暖かい液体が、じわりと胸の辺りに広がっていく。
俺はただ食事をしたかっただけなのに、どうしてこんな目に・・・・・・。
◇
今日未明、〇〇市のゴミ捨て場で熊が発見されました。体長は二メートル弱の成人の熊で、猟銃会により射殺されました。幸いにも、被害者はいませんでした。
熊が里に下りた理由は、先日に起きた土砂崩れにより、餌場がなくなったのが主な原因だと考えられます。
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