暑がりな彼女


被害者    井村冬美いむらふゆみ(34)


死因     毒死


現場     D商事二階給湯室


死亡推定時刻 午前十時半から十一時(彼女が仕事場を抜け出し、そこから発見された時刻)







 井村冬美を殺害したとして、同会社、同部署に勤める葉沼誠二はぬませいじという男が逮捕された。動機は彼女にフラれたからという短絡的なものだった。


 字面だけを見れば、世の中に溢れたニュースとして埋もれるものだ。しかし、葉沼の話を聞いた刑事は、彼のことを忘れることは難しい。


 葉沼は体育大学を卒業後、今の会社に入社した。仕事も無難にこなし、会社内でも悪い評判というもので目立ったものはなかった。ただ性格的に少々難はあったらしいが、社内での不満はそれくらいで、人を殺すような人間ではなかったようだ。


 初動捜査の段階では、全く決め手というものがなかった。コップや水からは毒が検出されない。そして誰でも入るような給湯室に毒を仕込み、被害者を狙って毒を飲ませることは不可能だと思われた。

 しかし、目撃者などの証言によりその事件が徐々に見え始めた。そのあたりを踏まえた上で、彼の話を聞いて欲しい。



     ◆



 僕が彼女を殺しました。それは間違いありません。


 ・・・・・・どうやって狙って毒を盛ったかって? それは刑事さんたちがもうわかっているでしょう。


 そう。彼女は暑がりだった。僕はそれを利用しました。


 本当に彼女は暑がりでした。部屋のクーラーの温度が一度上がっただけでも敏感に反応するのです。そして水をいちいち飲むのです。

 仕事中にどうやって彼女を給湯室に呼んだのか。それは、部屋のクーラーの温度を上げたのです。

 一度、二度と上げていくと、次第に彼女の顔色が変わっていきます。そして狙ったとおり、彼女は給湯室の方へ向かっていきました。


 問題はそこからどうやって彼女に毒を飲ませたか、ということですが、答えは簡単です。


 冷蔵庫の氷に毒を入れました。


 彼女は暑がりのせいか、氷をガリガリと食べるくせがあるのです。それを利用し、氷に毒を入れました。

 もちろん他に氷を利用する人がいたかもしれません。ですが給湯室の氷なんてほとんどの人が使いません。暑がりの彼女だけが、水を飲むときに利用するのを知っていました。

 死体が発見された時、僕は氷を窓から捨てました。それが外の人に見られていたらしいですね・・・・・・はい。



 動機は、僕が彼女にフラれたからです。


 おかしいでしょう? なんで落ち度のない僕がフラれないといけないのですか? あいつは仕事を辞めたいとかなんとか言ってて、それに対して説得をしたらやけに不機嫌になりました。あんたのきれい事はたくさん……って、誰のためを思って言っていると思っているんだ。そしてあろうことか別れ話を持ってきやがって。あなたといると疲れるとかなんだとか抜かしやがりましたよ。



      ◆



 刑事は、事件の真相を全てわかった上で彼の独白を聞いている。氷に毒を仕込んだことも、偶発的ではあるけれど、彼女を給湯室に向けたのもわかっている。


 ・・・・・・しかし彼はあろうことか、そこから社会的に熱弁を振るったのだ。やれ彼女は社会を舐めているだの、やれあいつのためにやっただの、それはもう口うるさいほどに。


 社会の規則に反する殺人を犯したにも関わらず、おそろしく自己中心的なそのきれい事は、取調室の中で留まることを知らなかった。


 刑事たちは口をそろえて、彼は暑苦しかったと言った。

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