佐嶋凌

人間が愛に様々な名前をつけた意味



「愛って何さ?」


ある晴れた午後の帰り道。それは唐突な一言だった。


「……お前こそ何さ?」

「いいから答えろ」

「命令ですか?」


ふざけて応えてはみたが、どうにも真剣な目なのでこっちも真面目になる。

首をかしげる。今隣に愛している子がいるけど、それをどう伝えるだろう。

いや、違うか。愛の伝え方じゃなくて、愛そのものだもんな。


「……こーこーせーが考えなくてもいーと思わね?」

「大人への一歩を踏み出そう」

「どうあっても考えさせたいわけか」


正直な話、考えたこともない。

例えば俺が彼女と付き合っているのは、一つの愛の形だと思う。

気分になればキスするし、まぁ言いにくいアレなんかもいつかするんだろう。

むしろしてくれないと俺泣く。

とりあえず、それらも愛の形と言えるのは間違いない。


「んー、キスとかじゃ?」

「接吻=愛?」

「またずいぶん古風な……けど、そう言われるとピンと来ないな」

「でしょ?  あたし昨日一晩考えちゃった」

「それで今日ずっと寝てたのか」


苦笑する。こう言うところが好きなのだけど。


「――あ」

「ん?」


そっか、こういうことか。


「分かった」

「何が?」

「だから愛」

「何よ?」


居住まいを正す。

こほんと一つ咳払いをして、少女を目の前にはっきりと見据えた。


「俺は今、そんなことを一晩中考えてるお前を可愛いと思った。それが愛だ」

「……恥ずかしくない?」

「こちらこそ」


お互い頬が熱くなる。まだ春先だから、ちょうどいいと思うことにした。


「……でも、そっか。これが愛か」

「おう、俺の場合はな」

「ふぅーん」

「冷たいなー、おい。お前も何か言えよ、愛――っ!」


答えはなかった。けど、応えがあった。


「お前、手も冷てぇのな」

「手が冷たい人は心が温かいって言うでしょ?」

「自己評価? っつかそれは嘘だと思うぞ。お前末端冷え性だろ」

「――なんで知ってるのよ」


殴られた。


「まぁ、これが愛のチカラですよ」

「うーわ、嘘くさぁー。一気に冷めたわー」

「初めから冷たいじゃん」

「一気に氷点下」

「俺氷る」


笑いあった。


「……あー、じゃぁさ、次の問題」

「今度は何だよ?」


横目で見つつ手に力を込める。


「人間が愛に様々な名前をつけた意味は?」

「おい、いきなり話が膨らんだな」

「いーの。あたしの中ではちゃーんと筋道通ってるから」

「俺に教えてはくれないのねー」

「いいから答える」


ジト目で見られたので、肩をすくめて見せた。

しかしまた、コーショーな問題を出してくれるものだ。


「そうだなぁ……」


多分、一個じゃ満足出来なかったから。

俺が今、この手に愛を感じるように。

いくつも愛があったから。


そう言って手を強く握ると。


「……だから、恥ずかしくない?」


顔を赤らめて、強く握り返してくれた。


ほら、また愛が一つ。

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佐嶋凌 @sashima_ryo

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