かつての賞金首と懸賞金

かつての賞金首と懸賞金

 半年ぶりにコントラルトの顔を見たオイセルストは、最初軽く目を瞠り、それから破顔した。

 対するコントラルトは腕を組み、できれば見られたくなかったとでも言いたげな顔でそっぽ向いてしまう。

「お久しぶりです、コントラルト。この通りかすり傷ひとつ負うことなく帰還した俺の無事を、喜んでください」

「《蒼の冬月(あおのとうげつ)》の凱旋は喜ばしいな」

 コントラルトはそっぽ向いたまま、素っ気ない声で応じる。

 オイセルストが現在所属している《蒼の冬月》という名の騎士団は、つい先日までこの国フィドゥルムの北の果てにある砦で、北の小国デイルダと国境線の位置を巡って争っていた。見事フィドゥルム側が勝利を収め、国境線を守るという大役を果たした《蒼の冬月》は、昨日めでたく凱旋してきたというわけである。

 自国が勝利したのは喜ばしい限りである。デイルダとの激戦を経て勝利をもぎ取った《蒼の冬月》の騎士たちを誇らしくも思う。が、それはあくまで《蒼の冬月》全体に渡って抱く感情であり、決してその一員、たった一人の騎士に対して抱くものではない。

 そう、それが、《蒼の冬月》どころか、フィドゥルム随一とも言われる騎士オイセルストであっても、たった一人になど。

「相変わらず照れ屋ですね」

「違う」

 そこはすぐさま否定する。が、オイセルストはそれには更になにかを言うこともなく、代わりにコントラルトの肩に流れる髪を一房、すくい上げる。

「髪、伸ばしたんですね」

「別に、貴様に言われたから伸ばしたわけじゃない」

 しかし、できればあまり見られたくはなかった。

 オイセルストと初めて顔を合わせたのは、およそ二年前。

 その頃のコントラルトの髪は、うなじあたりでばっさりと切り落とされていて、遠くから見ればまるで少年のようだった。騎士になってもせめて髪だけはと、必死になって止める侍女たちに構うことなく、滝のように流れる髪を惜しげもなく切ったのである。その時の侍女や母親たちの嘆きようと言ったら、今でも語り草になるほどであるが、戦場を駆けるのに長い髪は邪魔だった。

 しかし、惜しむ声と共に切り落としたはずの髪を、コントラルトは今さら伸ばしている。うなじあたりまでしかなかった髪も、肩に流れるまでに伸びていた。伸ばし始めたのは《蒼の冬月》が北の砦へ出発した直後、半年前である。

 コントラルトが髪を伸ばし始めた理由はひとつだけしかない。その理由に、オイセルストが絡む余地はまるでない。奴には一切関わりないことだと、コントラルトは誰になにを言われたわけでもないというのに、胸中で必要以上に言い訳めいたことを言っている自分に気が付いた。

「……カルティーナ王女の護衛騎士に任じられたんだ」

 御歳十五になられたばかりのフィドゥルムの末の姫君は、数百名以上いる騎士の中にあって唯一の女性で、なおかつ《戦乙女》の二つ名を持つコントラルトの存在を知って以来、なにかしらの憧れを抱いたらしく、自分の護衛騎士にしてくれと父王にねだりにねだったのだ。

 しかしコントラルトは王族の護衛を務める《暁の盾(あかつきのたて)》ではなく、《蒼の冬月》と同じく最前線で戦うことを役目とする《緋の夏陽(ひのかよう)》を率いている騎士。いくら王女とはいえ、彼女のわがままを聞いて、《緋の夏陽》の長を《暁の盾》に異動させるわけにはいかない。それでもなかなか納得しない王女にとうとう父王は折れ、週に一度という条件付きで、コントラルトは《緋の夏陽》の長と護衛騎士を兼任することになってしまったのである。

 そして、それを知った家の者や、同僚、年長の騎士たちから、護衛騎士は見た目も肝要と言われ、渋々髪を伸ばすこととなったのだ。オイセルストに髪を伸ばした方がいいと言われたこととは、いっさいがっさい何ら関わりがない。

「そういうわけですか」

 コントラルトが髪を伸ばすに至った理由をざっと説明すると、オイセルストは意外にあっさりと納得してみせた。てっきり「俺のためじゃないんですか」と肩を落とすのかと思ったいたのだが――

 コントラルトはそこではっと気付く。

 オイセルストが髪を伸ばした方がいいと、再三コントラルトに言っていたわけではない。ある日ふと、彼がそうした方がいいとこぼしただけのことだ。それなのに何故、こうも明確に言われたことを覚えていて、しかもオイセルストが落胆するのではないかと思ったのか。

 とんでもない自惚れである。オイセルストですら、コントラルトにそんなことを言ったことを覚えていないかもしれないというのに。

「コントラルト?」

 自惚れたことを恥じ入り、そしてそれをオイセルストには絶対に悟られたくなくて、コントラルトは唐突にオイセルストに背を向け、逃げるように歩き出した。

「急にどうしたんですか」

 オイセルストが追いかけてくる。しかしコントラルトは構わず、小走りしそうなほど早く足を前に前に動かしていき――こけた。

 とっさに手をついたので顔面強打は免れたが、とてつもなくみっともないところを、よりによってオイセルストに見られてしまったと思うと、穴があったら入り込んでフタをしてしまいたい。

「大丈夫ですか」

 少し呆れの混じる声と共に、オイセルストが手を差し出してくる。コントラルトはおとなしくその手に捕まり、助け起こされた。乱れた髪が顔にかかるが、きっと情けない顔をしているだろうから上手い具合に隠れて良かったと、初めて髪を伸ばしたことに感謝する。

 乱れた髪をぞんざいになでつけ、助けてくれたお礼もそこそこに再び逃げ出そうとするコントラルトの腕をつかみ、オイセルストが引き留める。

 助け起こされてからずっと、手を握られたままだったのに気が付かなかった。

「わたしは仕事があるんだ、離せ」

 振り払おうとするが、オイセルストはしっかりとつかんでいて離そうとしない。

「俺が思った通り、長い髪は、あなたによく似合っていますよ」

 フィドゥルム随一の騎士の、よく整った相貌に笑みが浮かぶ。

 ――オイセルストも覚えていたのだ!

「別に、伸ばしたくて伸ばしているわけじゃない!」

 途端に、コントラルトは顔を中心にして体温が急上昇するのを感じた。慌ててオイセルストの手をふりほどくと、二度もこけないように気を付けつつ、走ってその場を逃げ出した。



 真っ赤な顔で、肩で息をしながら持ち場に戻ってきた《戦乙女》を見て驚いた部下たちに、《戦乙女》は城内で走り込みをしてきたと言ったものだから、その話を耳にした年長の騎士たちから、いくらなんでももう少し慎みを持て、と諭されたのはまた別の話である――

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