第25話 contagious


感染が広まるように、侵食が進むように、それは年月をかけて人々の心に染み込んでいった。


己の肉体を極限まで機械化し、限りなく「物」に近づく。己に最期が訪れたときに、完璧な「物」になる。(完璧な「物」…「成物」と表現されている。)そんな「物教徒」たちがモーターヘッドの最大のスポンサーであった。


ショーとしての興行収入を得る一面もあるが、あくまで「物教」を広めるため、というのが大義名分であった。

熱心な「物教徒」たちはこの円形の闘技場でのレースに参加できることを誇りにしていた。レース中の事故で最期を迎える者は殉教したと見なされ、本人の名を刻んだモニュメントが記念に作られた。また、勝ち残る者は多大な賞金を得て、さらに機械化を進めたり、強力な武装を入手したりできた。(その実、過去の機械化でのクレジット返済に当てている者も少なくなかったが)つまり殉教して名を残すか、勝ち残って布教を進めるか、どちらも「物教徒」にとっては英雄であった。

「物教」の興りははっきりとしないが、かつて機械化手術を得意とした1人のサイバネ医師が唱えたものというのがこの世界では通説となっている。さまざまな聖人が賛美されているが、「Dr.Feelgood」と呼ばれた人物が開祖であると言われている。


この世界では、交通事故などの場合、ひどいときには路上で闇医者が機械化手術を勝手に施し、法外なローンをふっかける、ということが頻繁に起きている。サイバネ医師の全てが決して物教徒ではないが、 その法外なローンで霞を食う悪党も数多く存在した。レース用に特化した身体にされてしまい、日常生活用のボディを得るためにモーターヘッドに参加する者も少なくない。勝ち進んで賞金でボディを得るか、それとも法外なローンに押し潰されるか。そんな恐怖から闘技場の門を叩く者もいる。

現在のモーターヘッドのレギュレーションである「身体の8割を機械化する」、ということは生身でいるのは脳、さらに熱心な者は脳すらもケイ素素材に置き換えたりした。しかし脳のサイバネ化は街の闇医者に施せる技術ではなく、方舟から蘇生された帝都の医師しか施せない技術だった。方舟から蘇生された医師たちは帝都に帰る手段はなく、ほとんどがモーターヘッドの出資者たるブローカーたちに囲われていた。

脳までサイバネ化した者は、歴代のチャンピオンぐらいしかいなかった。

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