S.F.(鉄研でいずEX上級編)

・ご注意 このお話は「鉄研でいず」シリーズを読んでいることを前提に書いた物語です。

 この物語単独では話としてほぼわかりません。読む前に鉄研でいず本編を必ずお読みください。

(鉄道模型の増結セットみたいな説明文ですまん……しかも読者選び過ぎなのは自覚してます。スマヌ……)


    *


「ここは……あれ? なんで車両工場?」

 鉄研の元女子部員・葛城御波かつらぎみなみが目を覚ますと、そこにはあまりにも奇妙な鉄道車両が静かに佇んでいた。

「ようやく起きたのであるな、御波くん」

 その声は!

総裁そうさい?」

 かつての鉄研代表だった総裁の声は、その車両の方から聞こえる。

 その車両は、蒸気機関車のような黒ずくめだが、不思議なことに、その運転室(キャブ)は前後に2つある。

「キャブ・フォワード式蒸気機関車……? でも、おかしい」

「そのとおり、キャブフォワードであるな」


キャブ・フォワード型蒸気機関車 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%96%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%89%E5%9E%8B%E8%92%B8%E6%B0%97%E6%A9%9F%E9%96%A2%E8%BB%8A



 総裁は車両の影から現れた。

「でも……動輪が小さすぎる。電車みたいな動輪に、4シリンダで作った動力をロッドで伝達? そのシリンダは台車に架装されている。それに車体全長に渡る巨大な水タンク、それに車体も腰高すぎる。それに……」

 御波は見上げた。

「なぜ、蒸気機関車なのにパンタグラフがあるの? 電気が使えるのになぜ蒸気機関車? イミ分かんない!」

「御波くん、どうしたのだ? 年末年始忙しいなか、我が鉄研のこの年始最大のイベント準備で合宿で寝ていたのに」

「年末年始……そういやお正月だったような。私、寝てたんですか」

「そうよ。ずっと。ヒドイっ」

 整備作業でレンチを片手に持ったツバメが顔を見せる。

「ひどいって……」

「でも、開幕戦コースの武蔵野線に合わせたセッティングが煮詰まらないのが頭が痛いなあ。もっとコースの分析が必要だなあ」

 PCを使って何かの調整のための計算を続けているカオルの姿もある。

「はーい、おとーさんがみんなのぶん、かつ丼作ってきてくれたよー」

 華子がお盆を持って声をかけてくる。

「そうか、もうそんな時間であるか。では、みなで食事とするかの。我々もこうしてエビコー(海老名高校)卒業後もこうして活動できてまさに弥栄なり」

「みなさん、作業に無理はいけないですわ。お食事と睡眠は大事ですわ。それに、こういうことには、そもそも参加することだけでも意義があるのですから」

 詩音しおんがいつもどおりの口調で抑える。

「でも参加賞はやだなあ。せっかくだから優勝狙って行きたいよ」

 カオルが言う。

「そうですけど、ねえ」

「もー、カツ丼冷めちゃうから、早く食べようようー」

 そのみんなの普通通りだけどどっかオカシイところで、御波はあたまがぼうっとしていたが、聞いた。

「これ、何なんですか? この機関車、すごく不自然ですごく不格好だし、その整備をなんで私たちが?」

「ぬ? 御波くん、いったいどうしたのだ? まずカツ丼食べるのだ。お腹が空いてどっかオカシイのではないか」

「どうしたもこうしたも、こっちが聞きたいですよ。オカシイのはどっちって言うか。だいたいなんですかこの変な機関車!」

「変じゃないですよ。進化した究極の形なんだけどなあ」

 カオルが反論する。

「だって合理性のかけらもないじゃない」

「え、どこに不合理が?」


 御波はさっきの観察のことを言った。


 説明疲れで肩で息をしている御波に、みんなは怪訝そうだ。

「まあ、普通に考えたら、そうだよねえ」

 ツバメもそう言う。

「常識ではそうですわ。でも、これは、常識とは違う世界のためのものなのです」

 詩音も困り顔ながら説明し始める。

「まさか、異世界モノ?」

「いいえ、ぜんぜん。普通ですわ」

「じゃあ、こんなの、おかしいわよ! こんな機関車、まともに走れるわけがない!」

「うむ」

 総裁がうなずいた。

「御波くんはなにか、記憶が欠落しておるのだろう」

「記憶の欠落なんてもんじゃないですよ」」


「ではなぜ今になって斯様な疑問を。そもそも第一、この機関車は普通に車両を牽引して走る旅客用や貨物用の機関車にあらず」

「じゃあ、どう走るんですか」

「これは走りを極めた、実は新鋭機関車なのだよ。とある条件の中で」

「条件って、なんの条件なんですか。物理法則が違うとかそういう異世界の話だったらまだしも」

「異世界にあらずなのだ!」

「じゃあ、不条理です!」

 そこで総裁は腕を組んで、すこし考えこんだ。

「うぬ、すこし今の御波くんには、さらなる説明が必要であろうの」

 総裁は語りだした。

「この機関車は、走りを極め、速度を競うための機関車なのだ」

「こんな機関車でそんなこと出来るわけがない! 動輪は小さすぎるし、車体のバランスもあちこちオカシイ。第一、重心も高そうだし。上手く走るのには技術が必要すぎる!」

「うぬ、通常はさふであるな。高速走行を目指す蒸気機関車は動輪の直径を拡大するのがセオリーなり。低重心化もその一環であるの」

「それなのに高速化って」

「御波くん、聡明な君ならわかるはずだ。この機関車が必然となるのは、そのセオリーを『禁じ手』とする世界なのだ」

「禁じ手? なぜ?」

「禁じ手を作ることで、ある技術の工夫もまた競っておるのだ。速度とともに」

「競う? 競争用の蒸気機関車?」

「さふなり。そして、競争、ゲームには、ルールが絶対に必要であるの」

「ルール……」

 御波は考えこんだ、

 そして、一つの結論に至って、驚愕した。

「まさか、その条件って」

 御波は慎重に、言った。

「レギュレーション?」

 みんな、うなずいた。

「そう。この蒸気機関車は、競技走行用の蒸気機関車なのだ」

 総裁は語りだした。

「蒸気機関車の高速化は、電気機関車やディーゼル機関車の台頭で研究されなくなった。

 だがしかし! 蒸気機関車の保存と、基礎技術の可能性追求のため、国際的なレースが開催されることになった。

 それにあたって、厳しいレギュレーションが設けられた。

 動輪直径は一般電車並みの950ミリ以下、動軸は4つまでに制限された。そして低重心化も『ローボトム規制』で制限、というのがそのレギュレーションの基本。

 国際鉄道連合UIC・Union Internationale des Chemins de fer.)が決定した「動輪径と動軸が限定されたうえにそれがほぼ露出している」という規格(フォーミュラ)に沿った、レーシング・スチーム・ロコ、『』なのであるな」

「まさか、それを」

「そうだ。

 この機関車は、スチームフォーミュラグランプリに参加するためのものなのだよ」

 御波は、絶句した。

 そして、しばらくして、声が出た。

「ええええ!」

「そんな驚くことであろうか。これも我が目的のテツ道の一環でもあるのだが」

「これもテツ道……ええええっ」

「なぜそんなに驚くのかがわからぬ」

「それがわかりません!」

「まあ、御波くん、それはそうと、この機関車の整備を終えなくてはならぬ」

「で、でも!」

 御波は抵抗する。

「腑に落ちません! 第一、なぜパンタグラフが?」

「うむ、そこは、去年のレースの動画を見ながら説明するのであるな」

 総裁はiPadで動画を見せる。

「えええっ、扇形庫でピットウォーク!? しかもそれを案内するレースクイーンにマナちゃんが!」

「彼女がああ言うのが好きであるからのう」

「えええっ、乗務員が整列して点呼を受けたところからタイム計測開始?

 えええっ、ボイラーに火がついてない機関車の点火のためにパンタグラフ上げるの?」

 御波は愕然としている。

「パンタ上げて、今度はボイラーの加熱、蒸気圧上昇までにもパンタからの電力による電熱器使うの? 出区からレースなの? そしてパンタ下げて出発!?」

「扇形庫にはこのための架線があるが、ターンテーブルにはないから、下げるしか無いのう」

「そのままパンタ下げてラリーレースみたいにスタート?

 ええっ、そのうえ先行してた別の蒸気機関車をその給水作業中に追い抜くの?」

「そのための巨大水タンクであるからの。ノンストップ作戦であるな」

「ピットインみたいに駅で給水作業って……。でも復水器つかえばいいのに」

「復水器の重量増と不具合発生のデメリットと、水タンクの大型化のデメリットどちらを選択するかである。しかもこの競技蒸気機関車はテンダー(炭水車)禁止であるからの」

「なんという……それに、ええっ、なにこの中継画面へのファンの投票数表示……まさか、ファン・ブースト!?」

「さふなり。次善の投票数の多さで、ボイラーを過熱させて加速するボーナスとしてパンタグラフを上げられる秒数が変わるのであるな」

「ええっ、さらに牽引する砂利貨車の数でウエイトハンデがつくの?」

「1位が一番多く、2位3位と減っていくのであるな」

「ええっ、C形やB形蒸気機関車も!」

「動軸を減らした機関車には大きくボーナスタイムが計算されて有利になり、勝負の行方はわからなくなる好ゲームとなるのであるな」

「パンタグラフ無いのも?」

「さふなり。ボーナスタイム狙いもそこまで行くのであるな」

「ええっ、それに途中にナローゲージみたいな急なS字カーブ!? そこでシケインみたいに大減速! しかも減速失敗で脱線事故まで起きてる!」

「往年の『あーっと! 河合さん! どうなってます!?』であるの。脱線対策で乗務する機関士と機関助士は特製ハーネスで体を固定して乗務するのだ。運転室もこんな古風なデザインながらカーボンインナーとロールバーで事故対策をしておる」

「そのなかをスイスイと走る機関車はボギー式台車架装シリンダ……。あれは急曲線対策だったの?」

「そうであるな」

「で、タイム集計して優勝が決まるなんて……」

「さふなり。これがSFグランプリ『スチームフォーミュラ』の概要であるな」

 御波は呆れて、打ちひしがれていた。

「こんな……こんなことが」

 総裁は語り始めた。

「他にも規制がある。重油併燃禁止、自動投炭置禁止などもであるな」

「だからキャブが2つ……」

「うむ、ワタクシも我がテツ道の成就のためにはこのスチームフォーミュラも極めねばならぬ」

「総裁が、競技蒸気機関車の機関士に!? しかもそのトップ機関士を目指すんですか!」

「さふであるな」

 そこに構内移動機でさらに蒸気機関車が運ばれてきた。

「この黒いボギー式蒸気機関車はドイツ生まれでアメリカ育ちのドイツ代表の乗る機関車なのだな。乗るのはマアムくん。代わりに私が乗るのが日本代表の機関車ミルヒ号。そしてイギリス代表は、ティーフェスト号を駆る」

「まさか」

「さふなり。英国チームの競技機関士は元・森の里高校鉄研の美里くんなのである」

 御波は打ちひしがれている。

「こんなことが」

「あるのだな。さあ、御波くん、投炭練習の時間なり」

「私が!?」

「他に誰がおる? レース本戦では華子くんとツバメ君とともに3交代で投炭するのであるのだな」

「勝手に決めないでください!」

「む、先に同意してあったと思うたのだが。蒸気機関の可能性開発と地方活性化のためのスチーム・フォーミュラ。君がその趣旨に賛同して、それでこうしてわがエビコー鉄研も参加、ワタクシもテツ道の鍛錬の一環として参戦と相成ったのに」

 そう言いながら、総裁は「競技運転」の種別看板を持ってきた。

「この競技機関車に乗れ。嫌なら、帰れ」

「なにエヴァの碇ゲンドウみたいなことを! それまた言いたいだけじゃないですか!」

 御波は続けてさけんだ。

「こんなの、どっか、おかしいよ!」



 御波は、そしてまた眼を覚ました。

「あ……」

 いつもの部屋の天井が見えた。

「夢だったの? これ」

 御波は息を吐いた。

「夢か……変なの」

 そう言うと、机の上に、機関車の模型があった。


「そういや、思い出せば、総裁が作ってくれた模型機関車だったなあ、あれ」

 見ると、たしかにパンタグラフも付いている。

「総裁、いつもながらキテレツすぎる。だいいち、総裁がこんな変な模型作るから、夢に出ちゃったじゃない」

 カレンダーを見る。

「初夢がこれって、ヒドすぎるわよ」

 そして、パジャマ姿で部屋を出て、洗面所に向かった。


 すると、リビングの流しっぱなしのテレビに、スポーツニュースが流れている。

「さて、ここからシーズン開幕まであと3ヶ月と迫ったスチームフォーミュラの話題です」

「今年はエビコー鉄研チーム、前回の放送時には投炭練習に燃えてましたからね。ここは大きな期待が持てそうですね」

「去年は最終戦・久大本線グランプリで、惜しいところで表彰台を逃しましたからねえ」

「そこで、今年も日本チーム初のスチームフォーミュラの表彰台が期待されているわけですが」

「初戦・武蔵野線グランプリのコースについての解説を、JR東日本の雪井さんにしていただきます」


 御波は、声を上げた。

「だから、こんなのおかしいって!」


〈了〉

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鉄研、バーズアウェイ!/鉄研の高校3年女子が謎の機械で空飛んで戦う話・でも横浜駅は増殖しないよ。 米田淳一 @yoneden

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