第23話 御茶ノ水駅、運命の神田川橋梁

 列車の周りが、白く開けた。


「神田川、通過!」

 

 列車は中央線御茶ノ水駅の下を通り 神田川橋梁を渡った。

 神田川の川面の上、地上に一瞬出る区間である。


 爆破コマンドによって、すべてが爆発する危険はあった。

 カオルが防いでいるとしても、やはり不安はあった。


 だが、カオルの仕事の確かさは、それを上回ったのだ。


 何事も起きずに、列車は橋を渡った。


 そして、そのまま再びトンネルに入る。

 第三軌条と集電靴のガチャガチャという音が、突然戻ってきた。

 不思議と、神田川を渡るときに、何も聞こえなかったのだ。

 緊張とは、そういうものなのかもしれなかった。

「そのまま御茶ノ水を通過!」

「はい!」

 カーブで車輪を軋りながら、列車は御茶ノ水駅に入っていく。

「御茶ノ水駅、通過!」

「通過!」

 ホームには警官と駅員がいた。

 彼らも本来、避難すべきだが、使命とは、そういうものでもあるのだ。



 そして、列車は茗荷谷に近づいていく。


 長い長い、丸ノ内線の道のりだった。

 総裁も、緊張の連続で、疲れを隠しきれない。

「止められるか」

 初代が太い声で聞く。少しでも総裁を安心させようと無理をしているのだ。

 みんなが、無理をしていた。

 駅で救急隊と爆発物処理隊が待機しているらしい。

 もうすぐ、これが終わる。

「はい」

 総裁は、そう答えた。

「よし。停車定着をやってみろ。ブレーキ3。いま」

「ブレーキ3」

 総裁が停止位置目標を見つめ、減速を確認しながら、ブレーキを4に入れ、3、2、1と減らしていく。

「1段制動階段払い」と呼ばれる操作だ。

 そして、ブレーキをすべて解除し、微速で位置を合わせる。


 列車は、静止した。


 停車した後に、ブレーキ1,そして4までブレーキを入れて転動を防ぐ。


 列車は、本物の運転士の運転のように、ゆっくりと、優しく、停止位置に止まったんのだった。


「茗荷谷、停車」

「停車」


 総裁が息を吐き、顔を上げた。


「乗務、ご苦労だった。良い運転だった」


 そう言うと、初代は微笑んだ。

 初代と総裁は、アイコンタクトしあった。


 そしてそのまま、初代は、床にばったりと倒れた。


「初代!!」

 みんながとりつく。

「救急隊は!」


 ツバメが装甲側開戸をあけると、すぐに救急隊が入ってきて、竹警部と初代に取り付く。


「私は大丈夫、それより、彼を!」

 竹警部も叫ぶ。


 すぐに救急隊が担架を用意し、べつの隊員が初代の脈をとる。

 一瞬、その顔が曇った。


「初代!!!」


**


 救急車に初代は収容され、すぐに病院に運ばれていった。

「緊張と使命感で、あれだけの深手なのに、なんとか意識を保ってワタクシを誘導しておったのだろう。まさにすさまじい鉄道員魂なり」

「さすがは初代ってことですね」

「さふなり」

 総裁は、声を震わせた。

「もっと、初代のお話を聞きたかった」

 総裁には珍しく、動揺している。

「聞けますよ」

 御波がいう。

「そうでなきゃ、総裁にはなれません。今も昔も」

「そうであるのか」

「そうですよ!」

 みんなが一斉に声を上げた。


「そうか」


 総裁は、その言葉を噛み締めた。


「さふであるな」



***


 その1ヶ月後。


「板谷峠で当時まだ珍しかったビデオを回して、ビデオを撮ったんだ。夜中の3時だったんで、『3時のあなた』じゃなくて、『3時のわたし』って」

 初夏近しを思わせる、明るい日差しの入る、笑い声の絶えない病室。

 そこでは、初代が病室でベッドに横たわったまま、鉄研のみんなに話している。

「あのころは50系客車最後の夏だったな。あのあとすぐに山形新幹線の工事が始まったから」

 初代はかつての鉄研の話を懐かしむ。

「その板谷峠で駅寝もしたのですな」

 聞き役は総裁だった。

「ああ。したさ。でも、キミタチはやっちゃダメだぞ」

「恐縮である。しかし、実はやってみたくも思うのです。羨ましいのであるな」

 初代は笑った。

「あの99-900形、装甲列車が自動運転で走ってきたあの時は驚いた。おそらく横須賀あたりであの爆弾を積み込んだんだろうな。出処は竹警部が調べてくれるだろう。案外この日本であの特殊爆薬は開発されているかもしれない」

「なぜでしょう」

「核も作らず、持たず、持ち込ませることもない日本だったが、いつまでもそうやってもいられない。だから核以外の手段を考えたのかも知れない」

「その秘密もまた、この争いの動機に」

「多分そうだろうな」

 ため息が漏れた。

「で、主席助役のオレは指令所に操作を頼んで、横浜駅で停車させた。そして無人だと思って車内に入ったら」

「テロリストが乗っていたのでありますな」

「そうだ。それで人質となってしまった」

「でも、爆弾は処理され、こうして命は無事で済んだのである」

「ああ。キミタチのおかげだ」

「恐縮なり」

 総裁のいう間に、鉄研のみんなは病室に花を活けたり、差し入れのリンゴを剥いたりしている。案外女子力はあるのだ。

「おそらく、例の内通者も、あの装甲列車に便乗しておったのだ。それで不可解な移動経路を残したのであるな」

「ああ。あの99-900形、自衛隊の輸送だけでなく、要人輸送にも使えるように考えられてるからね」

「なるほどである」

「竹警部の捜査もだいぶ進んでいるそうです」

 竹警部からのメールを詩音が見て言う。

「そうか。彼女も相変わらず頑張っているなあ」

「しかし、初代が都営地下鉄に進んでいたなんて」

「驚いただろう? 偶然とはいえ、どっかでつながっているんだろうなあ」

「それがレールというものなのかもしれぬ」

「ああ。オレがいなくても、鉄道員ならみんな、ああしただろう」

「でも、それが初代であったことに、心から感謝したいのであるな」

「そうですわ」

 詩音が同意する。


「レールは、どこまでもつながっておるのだ。一つのテツ道として」


 初代も、総裁の言葉に、深くうなずいた。


「そうだな」

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