第23話 御茶ノ水駅、運命の神田川橋梁
列車の周りが、白く開けた。
「神田川、通過!」
列車は中央線御茶ノ水駅の下を通り 神田川橋梁を渡った。
神田川の川面の上、地上に一瞬出る区間である。
爆破コマンドによって、すべてが爆発する危険はあった。
カオルが防いでいるとしても、やはり不安はあった。
だが、カオルの仕事の確かさは、それを上回ったのだ。
何事も起きずに、列車は橋を渡った。
そして、そのまま再びトンネルに入る。
第三軌条と集電靴のガチャガチャという音が、突然戻ってきた。
不思議と、神田川を渡るときに、何も聞こえなかったのだ。
緊張とは、そういうものなのかもしれなかった。
「そのまま御茶ノ水を通過!」
「はい!」
カーブで車輪を軋りながら、列車は御茶ノ水駅に入っていく。
「御茶ノ水駅、通過!」
「通過!」
ホームには警官と駅員がいた。
彼らも本来、避難すべきだが、使命とは、そういうものでもあるのだ。
*
そして、列車は茗荷谷に近づいていく。
長い長い、丸ノ内線の道のりだった。
総裁も、緊張の連続で、疲れを隠しきれない。
「止められるか」
初代が太い声で聞く。少しでも総裁を安心させようと無理をしているのだ。
みんなが、無理をしていた。
駅で救急隊と爆発物処理隊が待機しているらしい。
もうすぐ、これが終わる。
「はい」
総裁は、そう答えた。
「よし。停車定着をやってみろ。ブレーキ3。いま」
「ブレーキ3」
総裁が停止位置目標を見つめ、減速を確認しながら、ブレーキを4に入れ、3、2、1と減らしていく。
「1段制動階段払い」と呼ばれる操作だ。
そして、ブレーキをすべて解除し、微速で位置を合わせる。
列車は、静止した。
停車した後に、ブレーキ1,そして4までブレーキを入れて転動を防ぐ。
列車は、本物の運転士の運転のように、ゆっくりと、優しく、停止位置に止まったんのだった。
「茗荷谷、停車」
「停車」
総裁が息を吐き、顔を上げた。
「乗務、ご苦労だった。良い運転だった」
そう言うと、初代は微笑んだ。
初代と総裁は、アイコンタクトしあった。
そしてそのまま、初代は、床にばったりと倒れた。
「初代!!」
みんながとりつく。
「救急隊は!」
ツバメが装甲側開戸をあけると、すぐに救急隊が入ってきて、竹警部と初代に取り付く。
「私は大丈夫、それより、彼を!」
竹警部も叫ぶ。
すぐに救急隊が担架を用意し、べつの隊員が初代の脈をとる。
一瞬、その顔が曇った。
「初代!!!」
**
救急車に初代は収容され、すぐに病院に運ばれていった。
「緊張と使命感で、あれだけの深手なのに、なんとか意識を保ってワタクシを誘導しておったのだろう。まさにすさまじい鉄道員魂なり」
「さすがは初代ってことですね」
「さふなり」
総裁は、声を震わせた。
「もっと、初代のお話を聞きたかった」
総裁には珍しく、動揺している。
「聞けますよ」
御波がいう。
「そうでなきゃ、総裁にはなれません。今も昔も」
「そうであるのか」
「そうですよ!」
みんなが一斉に声を上げた。
「そうか」
総裁は、その言葉を噛み締めた。
「さふであるな」
***
その1ヶ月後。
「板谷峠で当時まだ珍しかったビデオを回して、ビデオを撮ったんだ。夜中の3時だったんで、『3時のあなた』じゃなくて、『3時のわたし』って」
初夏近しを思わせる、明るい日差しの入る、笑い声の絶えない病室。
そこでは、初代が病室でベッドに横たわったまま、鉄研のみんなに話している。
「あのころは50系客車最後の夏だったな。あのあとすぐに山形新幹線の工事が始まったから」
初代はかつての鉄研の話を懐かしむ。
「その板谷峠で駅寝もしたのですな」
聞き役は総裁だった。
「ああ。したさ。でも、キミタチはやっちゃダメだぞ」
「恐縮である。しかし、実はやってみたくも思うのです。羨ましいのであるな」
初代は笑った。
「あの99-900形、装甲列車が自動運転で走ってきたあの時は驚いた。おそらく横須賀あたりであの爆弾を積み込んだんだろうな。出処は竹警部が調べてくれるだろう。案外この日本であの特殊爆薬は開発されているかもしれない」
「なぜでしょう」
「核も作らず、持たず、持ち込ませることもない日本だったが、いつまでもそうやってもいられない。だから核以外の手段を考えたのかも知れない」
「その秘密もまた、この争いの動機に」
「多分そうだろうな」
ため息が漏れた。
「で、主席助役のオレは指令所に操作を頼んで、横浜駅で停車させた。そして無人だと思って車内に入ったら」
「テロリストが乗っていたのでありますな」
「そうだ。それで人質となってしまった」
「でも、爆弾は処理され、こうして命は無事で済んだのである」
「ああ。キミタチのおかげだ」
「恐縮なり」
総裁のいう間に、鉄研のみんなは病室に花を活けたり、差し入れのリンゴを剥いたりしている。案外女子力はあるのだ。
「おそらく、例の内通者も、あの装甲列車に便乗しておったのだ。それで不可解な移動経路を残したのであるな」
「ああ。あの99-900形、自衛隊の輸送だけでなく、要人輸送にも使えるように考えられてるからね」
「なるほどである」
「竹警部の捜査もだいぶ進んでいるそうです」
竹警部からのメールを詩音が見て言う。
「そうか。彼女も相変わらず頑張っているなあ」
「しかし、初代が都営地下鉄に進んでいたなんて」
「驚いただろう? 偶然とはいえ、どっかでつながっているんだろうなあ」
「それがレールというものなのかもしれぬ」
「ああ。オレがいなくても、鉄道員ならみんな、ああしただろう」
「でも、それが初代であったことに、心から感謝したいのであるな」
「そうですわ」
詩音が同意する。
「レールは、どこまでもつながっておるのだ。一つのテツ道として」
初代も、総裁の言葉に、深くうなずいた。
「そうだな」
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