第22話 国会議事堂前駅・総裁と総裁


 自衛隊、それも鉄道自衛隊の装甲列車は、大量の爆薬を積んで、国会議事堂駅や霞が関といった首都中心へ進んでいく。


「そういや、昔、オレが高校生の頃だ。鉄研の旅行で行った、田舎の折り返し駅で、運転士さんにブレーキ弁を操作させてもらったな」

「ええっ」

「運転室の遮光幕全部閉めて、運転士さんがその中に呼んでくれてな。『おお、鉄研か』って言ってくれた運転士さん、運転室のなかで折り返しの時刻まで缶コーヒーを飲んでいた。今だったらあんなことは絶対許されない。あの頃は、おおらかでのどかな時代だった」

 初代総裁は思い出を話す。

「それがこんな時代になっちまうとはな。オレたちもオレたちなりに、いろいろ手をつくしたんだが」

 初代総裁は、言った。

「そしてこうして、事情により、こんな無資格運転させてる」

 総裁はそれを聞きながら、前をキッと見つめている。



「こんな時代にしてしまったのは、つまるところオレたちだ。すまないな」



 総裁は、それに答えた。

「よいのであるな」

「そうか」

 総裁と初代総裁は、うなずいた。


「まず、目的地に安全につくのが大事なのであるな」


「そうだ。国会議事堂前、通過!」

 初代総裁が声にする。

「国会議事堂前、通過!」

 総裁がマスコンを握ったまま、復唱する。

 そのとき、列車電話が鳴った。

「取ってくれ」

 初代に言われて、詩音が列車電話を取る。

「列車指令より、茗荷谷付近で爆発物処理の準備をしているそうです」

「そうか。よし。茗荷谷までの乗務だ。総裁、できるな」

「やるしかないのであるな」

「ああ。次、制限60。ノッチを入れろ」

「徐行しなくても?」

「ああ。少しでも速く都心から離れさせるんだ。霞が関、通過!」

 初代の、ベテランらしい喚呼の声。

「霞が関、通過!」

 総裁の初々しい喚呼が運転台に響く。

「ここから先はずっと人口集中地だ。絶対に爆発させる訳にはいかない」

 初代の声は、振り絞るような声なのに、力があった。

「今、マゼンダがアスタリスクとともに、爆破プログラムの解体をやってます」

 カオルが報告する。

「AIか?」

 初代が聞く。

「はい!」

「そうか。そういう時代だもんな」

 初代は壁に体を寄りかからせて、なんとか姿勢を保っている。

「大丈夫ですか!」

 思わずツバメが声をかける。

「大丈夫じゃないが、ここでムリしないでいつムリするんだ?」

 初代は微笑んだ。

「次、制限40。ブレーキ4、用意!」

「用意!」

「今!」

 総裁がマスコンを押し込んでブレーキをかける。

「うまいぞ。銀座、通過!」

「銀座、通過!」

「カオルくん、と言ったね。大手町までにプログラムを解体できるか?」

「なんとか……出来ると思います」

「大手町の地下街をふっとばすと、あそこは地下鉄路線が集中している。後が厄介だ。テロリストの親玉はそれを狙っている可能性もある」

「わかりました!」

 カオルはそう言うと、前にいる詩音を呼んだ。

「なんですの?」

「これ」

 カオルは巻いていた腕時計を外し、渡した。

「預かって」

 本気モードに入るのだ。

「ええ。預かりますわ」

 カオルの目が鋭く光りだした。

 そして御波が気づく。

「大手町も戦略目標ですけど、その先の淡路町-御茶ノ水間の神田川橋梁も危険では」

「ああ。なるほどな。あそこは地上に一旦出るから、通信手段が一斉に蘇る。爆破指示を受信させるには絶好の場所だ」

「中央線・中央緩行線も巻き込んでしまいます」

「させるわけにはいかんな。それまでに出来るか?」

「やってます。大手町での爆破タイミングライブラリは解体しました」

「よかった! 大手町はこれで通過できる。制限解除。ノッチ入。目標速度60」

「目標60、ノッチ4」

「いいぞ。東京、通過」

「東京、通過!」

「プログラムの解体がうまくいかなかったら淡路町で止める」

「でも、淡路町で吹っ飛んだら」

「ただ、神田川橋梁はオレだったら狙うところだ。大手町での爆発はないかもしれんが、神田川はヤバイ。それだけは阻止したい」

「さふなり」

 総裁は、運転しながら、言った。


「みな、淡路町で停車したら、MUで脱出するのだ」


「えっ」

 みんな、思わぬ言葉に、声を上げた。


「ワタクシが最後に脱出する」


 みんな、言葉を失った。


 だが、それを御波が破った。


「やだなー、そんなの認めませんよ」

「なぜなのだ?」

「総裁のはじめての運転仕業、見てたいですもん」


「そうですわ。丸ノ内線の運転、詳しく見たいですわ」


「そうよ。みんな、ずっと一緒だよ」


「せっかくだもん、いっしょにいたいー」


「”ズッ…友…だよ…”みたいな」


「何フラグ立ててんの。バカねえ」


「バカってゆーな!」


「そういう華子ちゃん、本当に愛らしいですわ」


 いつもの様子をみせるみんな。

 その無理さは、明らかだった。


 だが、総裁は言った。



「ありがとう。ここまでキミタチの総裁になっていて、よかったのだ」



「そうだな」


 初代も言った。

「いい仲間だ。だから、死ぬ訳にはいかない」

「そうですな」

 その後ろでカオルががんばっている。

「大手町を通過したら、徐行に入る」

 初代がそう指示した時だった。

「その必要はないです!」

 カオルが声を上げた。

「これで、フィニッシュ!!」

 カオルが空中のホログラフィのキーを押した。

 途端に、この運転台のマルチディスプレイが一旦消灯する。

 そして、再起動した。

「プログラム除去に成功しました」

「でも、別系統の爆破手段があるんじゃないか」

 初代が懸念する。

「ないです」

 カオルは即答する。

「なぜ」

 思わず初代が聞く。

「アスタリスクが車内のセンサーでトリプルチェックしました。たしかにそれを考えた痕跡はありましたが、それも除去しました」

「そうか。そういう時代だもんな」

 初代の言葉に、感慨と、そして若干の寂しさが載っていた。

「ええ」

 それでも、カオルはあえて、明るく答えた。

 それが彼女の精一杯なのだ。


「じゃあ、先を急ごう。大手町、通過!」

「大手町、通過!」

「このまま先を急ぐ」

「はい!」


 列車は丸ノ内線の第三軌条からの集電で走っている。

 その集線装置、集電靴のガチャンガチャンという音が装甲運転室内まで響く。

「ノッチ4で淡路町、通過!」

「淡路町、通過!」

「神田川を渡るぞ!」

「はい!」

 トンネルの出口が見えてきた。


 みんな、息を呑む。


 呑んでどうなるわけでもないが、呑んだ。


「神田川橋梁に出ます」


 すべてが、白く暴れる光になっていく。

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