第21話 赤坂見附駅・首都直下15メートル
カーブの急な丸ノ内線に入って、速度を上げられない装甲列車に、MUで追いつき、乗り込む。
その手すりに取り付いた。
慎重に後尾のオープンデッキの上に忍び込む。
そして、総裁は鍵で、装甲運転台の忍び錠を開けた。
「その鍵、鉄道員がプライベートで持ち歩いたらいけないものでしょ!」
小声でツバメが咎める。
「うぬ、さふなり。しかし、これは緊急事態であるから、しかたがねいのだ」
開いた扉の中をさぐり、突入する。
その運転台には窓がない。
防弾ガラスを使うよりも確実に運転士を守るために、装甲板で完全に覆われているのだ。
その代わりに外部を映す液晶モニターが、運転士のために幾つも並んでいる。
まるで、ガンダムのモビルスーツのコックピットのようだ。
運転装置は見慣れたマスコンとブレーキになっているが、あまりにも未来的だ。
だが、
「なんということだ!」
「総裁、どうしたの!」
総裁が運転室後ろ、車掌スペースで驚いている。
「赤玉、車掌弁の引き紐が切られておる! これでは車掌弁を引いて、ここからこの列車を停車させることができぬ!」
「なんてこと!」
「カオルくん! マゼンダとアスタリスクは!」
「マゼンダでは対抗できません! アスタリスクは応答していません!」
「なんですって!」
御波が胸のペンダントを握る。
「しかし、どこかで運転を制御しておるはずなのだ」
総裁は意を決して、車内に通じていると思われるドアを開けた。
室内は、つり革も手すりもない。だが固定フックが埋め込まれ、様々な資材や、おそらく折りたたみ椅子を固定できるようになっているようだ。
その床の上に、何かの資材が大量に積み込まれている。
みんなはMUに乗ったまま、慎重に貫通扉をあけ、前の車両へと移っていく。
「でも、なんだろう、この積み荷」
「なんかの化学物質なんかなあ」
カオルが表情を変える。
「これは! オクタニトロキュバン!」
「カオルちゃん、なにそれ!」
「理論上最も強力な爆弾です。TNTの2.7倍の爆発力のあるとされる爆弾です! 合成するのが難しいために非常に高価で、作る費用が500グラムで100万円超えるって。でも、どこかで高効率の経済性のいい合成技術が開発されてたみたいです!」
「まさか!」
「多分、この列車で自爆テロをするつもりですよ! この量でこれが地下で爆発したら、地下だけでなく地上にも甚大な被害が出ます!」
「うぬ! このまま国会議事堂前や霞が関で停車させる訳にはいかぬ!」
「これが先頭車両ね」
「うむ、この装甲列車はおそらくTc-M-M'-T-T-M'-M-Tcの8両編成で、2・3号車と6・7号車は電動車になっておるのだな。4・5号車には大きな乗降扉と積み込み用の大きなシャッターがあった」
「そうでしたね」
「うむ、ワタクシが先に入る」
「ええ。次に私が入りますわ」
「詩音ちゃん!」
「華子ちゃんとツバメちゃんは支援して。御波ちゃんとカオルちゃんはこの列車の運転システムを調べてください」
詩音が指示を出す。こういうところは、さすがみんなより年上らしい姿だ。
虚弱体質で学齢を遅らせた詩音だが、今はそれが頼もしい。
「はい!」
「じゃ、扉を開けます」
「うむ」
そして、扉があいた。
「竹警部!」
総裁が見ると、覆面をしたテロリストが銃を向けてきている。
その向こうにはもう一人のテロリストに銃をつきつけられた鉄道職員と竹警部が見えた。
「うぬ!」
総裁が拳銃を構える。
「キミタチは入るに及ばぬ。ワタクシが相手するのだ」
「総裁!」
総裁は拳銃を片手に構え、後ろ手で、貫通扉を閉めた。
テロリストは、その総裁にゆっくりと銃を向ける。
『撃てるわけがない』とバカにしたように。
恐怖を演出して、いたぶるかのように。
そして、
乾いた音が響いた。
「総裁!!!」
何が起きたか、それは一瞬だった。
総裁が銃を撃ったそのとき、
それで動じたテロリストに竹警部がタックルを決めた。
もう一人がサブマシンガンを連射しようとするが、それを鉄道職員が止め、後ろから首を絞める。
首を絞められたテロリストが銃を連射する。銃弾が車内で弾かれ、飛び跳ねる。
その破壊は、平等に車内の皆を襲った。
総裁はようやく気づいた。
「竹警部!」
竹警部は傷ついていたが、うなずいた。
「大丈夫。テロリストは無力化した。でも、それより」
男性の鉄道職員が倒れている。
「大丈夫ですか! 聞こえますか!」
意識を失っている彼の肩をたたいて、声をかける総裁。
「……正しい救急法だね」
彼は気づいた。
「意識ありますか!」
「ああ。だが、この体じゃ、この列車を運転できない。このままだと列車は永田町地下で爆発してしまう」
「どうすれば」
「手動運転でできるだけ都心から離して時間を稼ぐんだ。とりあえず自動運転を切れれば、爆発は遅らせられる。自動運転は手動での運転操作すると自動的に切れる」
「でも、誰が手動運転を!」
竹警部は手に怪我をしている。
「君がやるんだ」
「総裁、大丈夫ですか!」
後ろの車両から、みんなの声が聞こえる。
その総裁に、その鉄道職員が言った。
「君は、『総裁』って呼ばれてるのか」
「はい」
「まさか、君は、鉄研?」
「はい。エビコー鉄研でした」
「神奈川県の?」
「はい、海老名高校です」
「そりゃびっくりだ」
「なぜ」
「オレもエビコー卒で、昔、鉄研総裁だったんだ」
「なんと! あなたは!」
「ああ」
彼は、言葉を区切った。
「オレは、エビコー鉄研の初代総裁、ってことになる」
「なんと!」
「それなら、話が早い」
彼は薄れ行く意識の中で、息を整えて、言った。
「君ならこの装甲列車、99-900形を運転できるはずだ」
「でも、シミュレーターでやっただけで」
「それで十分だ。運転席に座ってノッチを入れろ」
「でも、ワタクシは駅員バイトで」
「『でも』がいくつあっても何も動かんぞ。オレが許す。やるんだ」
それを聞いて、総裁は、唇を引き結んで、決意したようにうなずいた。
そのとき、後ろで貫通扉が開いた。
「総裁! 無事だったんですね!」
「うむ。しかし、この列車の運転をやらねばならなくなった」
「なんてこと!」
竹警部が説明する。
「流石だな、総裁。マスコンの握り方でもう、筋の良さは解るよ。その持ち方は心得のある人間のマスコンの持ち方だ」
初代総裁がそう褒める。
「力行、ノッチ4を入れろ」
「ノッチ4!」
総裁がマスコンを引き、減速し始めたこの装甲列車を再加速させる。
同時に表示ランプのAATO表示灯が消灯し、手動運転の表示灯に切り替わる。
「この先制限35だ。ブレーキのタイミングはオレが指示する。従ってくれ」
「はい!」
総裁は真剣な目でトンネルの先を見つめている。
「いい返事だ。ブレーキ3、用意……いま!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます