第18話 落合南長崎駅、衝撃の回送列車

 大江戸線落合南長崎駅に自動放送が流れた。

 回送電車が通過します、というものだった。


「何が来るんだろう」

 エビコー鉄研のみんなは、列車の来る方向をじっと見ている。

「いつも、ワクワクしちゃうわよね。列車が来るって。テツの血が騒ぐってやつ」

「でも大江戸線は全部12形でしょ」

「同じ12形でも、12-000形か12-600形かって違いがありますわ」

「似てるけど微妙に違うのよね」

「その違いが楽しいのです」

「だけどこうしてホームドアがあると、通過する電車が見えにくいよね。つまんないー」

「デスヨネー」

「安全のためにはしかたがないのですわ」


 だが、来た列車に、みんなは言葉を失った。



「……船!?」



「で、でも、これ、何でしょう!」



 驚いている眼の前を、その奇妙な列車は轟音とともに通り過ぎていった。



「行っちゃった…」

「でも、たしかに船でしたわ!」

 みんな、驚きにしばらく言葉を失った。

「華子ちゃん、撮影してた!?」

「はい!!」

 さすが撮り鉄の華子、ちゃんとカメラに納めていたようだ。


 その撮影動画のプレビューをみんなで覗きこむ。


「何この車両……」

「船というより、第2次世界大戦の戦艦みたい!」

「運転台、これ、装甲されてるの?」

「その前に大昔の機関車みたいなオープンデッキがある!」

「これ、防弾板かしら」

「なんか、雰囲気が昔の艦艇の露天艦橋みたいですよ」

「それにその後ろ! なんかロゴが書いてある!」



「じぇ、JRSDF!?」


鉄道自衛隊Japan Rail Self-Defense Force、って!」



 みんな、再び言葉を失った。


「うむ、これで『新宿を行く船』の謎は解けたかもしれぬ」

「まさか」

「正体は、大江戸線の『特殊車両』であったのだ」

「とはいっても、これが成田に行くってこと、あり得るの?」

「うぬ、そこは、大江戸線から他線への短絡線があるのではないか?」

「……新橋で話してた汐留短絡線!」

「たしかにあります。大江戸線の車両を浅草線馬込車両基地での検修作業に回送するための短絡線が汐留にあります。これで都営浅草線に出られます。しかも、そこから先は京浜急行と京成線につながり、それは」

 カオルがスラスラという、

「成田空港!」

「でも、成田空港から汐留を経由して大江戸線に入っても、霞が関には行けぬぞ」

「大江戸線は霞が関を大きく迂回してしまいますものねえ」

「でも、なんであんな車両が走ってたんだろう」

「うむ。そこは大江戸線の性格によるであろうの。もともと大江戸線は光が丘、練馬と都内を結んでおる」

「あ!」

「練馬には陸自第1師団、即応師団とも政経師団とよばれる首都防衛師団が駐屯しておる練馬駐屯地がある。彼らはゲリラコマンドの首都急襲を防ぐ目的で改組されたものであるな」

「その移動手段?」

「さふであろう。かつてビッグレスキューなる東京都と自衛隊の防災救助合同演習があったが、その時に第1師団を輸送したのはこの大江戸線の電車であった。

 しかし、おそらく大江戸線の電車では、車内が一般車仕様ではフル装備の隊員を収容するには狭かったりといろいろと不都合があったのであろう。そこで輸送専用車両を極秘裏に作ったと思われるのだな」

 総裁の目に怜悧な光が宿る。

「そして作った以上は、汐留短絡線を使えるように、大江戸線のリニアモーターのリアクションプレート走行と、浅草線のパンタグラフ方式の運転ができるようにしたのであろう。事実、都営地下鉄は大江戸線の車両を牽引して浅草線を走行し、馬込車両基地と往復することのできる電気機関車E5000形を2編成保有しておる。おそらくさっきの自衛隊専用車両も動力車はさふいう構造の形式なのであろう」

「でも」

「それに、一般人は案外鉄道車両を見ておらぬのだ。我々が喜ぶような珍しい事業用車が走っていても、関心のない人間は『何だ電車か』で済ませてしまう」

「どんな秀逸なゲームミュージックでも、ゲームに関心のないお母さんには『ピコピコ』としか聞こえないのと同じですね」

「そうかなあ」

「でも、おそらくそうであろう。特にホームドアがしっかり設置されている区間ではわかりにくい」

 総裁は言葉を切った。

「電車の形式を、世の中の全ての人がすぐに理解できると思うのは、テツゆえの誤解なり」

 みんな、だまりこんだ。


「でも、あの列車はどことどこの間を走っているのかなあ」

「む、それはわからぬ。ただ、竹警部のいう内通者の位置情報から察するに、練馬から成田空港まで走行しているのであろう。途中新宿なども経由しておる。おそらく、あれに便乗しているのだから、地下鉄の乗り換えコンコースを使うこと無く移動できるのであろう」

「とはいえ」

 カオルがさらに澄んだ瞳で言う。

「霞が関や永田町にはどうやって? どこかで乗り換えるはずですが、大江戸線と浅草線は、やっぱり霞が関も永田町も走ってないですよ。途中経路も大きく離れています」

「さふであるな」

 総裁は考えこんだ。

「む、ともあれ、我々はこの結果を竹警部に知らせねばならぬ」

「でも、竹警部、なんであの列車を知らないんでしょう?」

「それもわからぬ」

「竹警部、公安部なんかにも顔が利くみたいな感じでしたよ」

「それに、秘密列車作っといて、いまの世の中、自衛隊の秘密にしておけるのかなあ」

「それもわからぬ。ただ、実際にはかつての『マニ30』の例があるからの」

「え、あの現金輸送客車?」

「で、あるのだな。大蔵省保有の私有客車にして現金輸送客車。大量の紙幣を輸送する目的で作られ、荷物列車や客車列車に連結されておった。形式名マニ30。末期はコンテナ列車などの高速貨物列車に併結され、JR貨物に継承された後も当時の鉄道公安官や警察の厳重な警備とともに、非公開扱いのために運用もダイヤも、それどころか存在も鉄道雑誌でも取り上げられず、また当時の国鉄の在籍車両一覧『両数表』にも掲載されることはなかった」

「あれは実在してるもんなあ」

「鉄道ファンの間では、そのミステリアスさから、逆に『見ると金運が逃げる』というジンクス化されたり、雑誌でも存在はほのめかされても具体的な形式名や写真は掲載されなかったり。噂は噂を呼び、『その存在を知ったものは国家から抹殺される』とか、『走行写真を始め、取ったものは公安当局からマークをうける』とか『ショットガンを持った警備員が警備している』などという噂になったけど、それも公には言われなかった」

「そのマニ30の模型を作ったら、それを掲載しようとした模型誌の編集長が国鉄から呼び出されたって話もありましたね」

「扉のハンドルに高電圧の電気が流されてるとか、サイレンが装備されてるとか、自爆装置があるとか」

「でも現実には防犯用の電気はなさそうとの話ですわ。サイレンはマニュアルにあったといわれますが、自爆装置は日本ではありえないですわね。今じゃ現金輸送客車自身の運用はなくなり、現在マニ30は小樽市総合博物館に展示されております。日銀の金融資料館とタイアップ展示などもされたりするようですわ」

「あれは乗ってみたいよねえ。警備員さん用に荷物室監視モニターがあったり、居住室には洗面所にトイレにリクライニングの出来る座席にA寝台相当の寝台があるって。窓ガラスは厚さ18ミリの防弾ガラス。でも全部の鍵は内側からしか開け閉めできないんだよね」

「今は鉄道での大量現金輸送はなくなり、日銀所有の防弾トラックがパトカーに護衛されながら高速道路で現金を輸送してるもんねえ」

「さふであるな。しかし、斯様な秘密車両があっても存在を隠し続けておられたのは昭和という、メディアが少ない時代だからかもしれぬ。いまであれば、写メを撮られ、動画を撮られ、ツイッターだのFacebookだので拡散されてしまうであろう」

「それで『公開は禁止のはずだ』って突っ込み入れるのがわいて、馬鹿な炎上騒ぎになっちゃうわよね。ああ、ヤダヤダ」

「でも、あのさっきの地下鉄を征く艦のような車両は、なぜ存在が隠れておるのだ? いまは平成の世の中なり」

「おかしいですわねえ」

「でも」

 御波が言った。

「もしそういう秘密車両があるなら、使う理由はいろいろあるでしょうね。自衛隊の輸送だけでなく、高価貴重品の輸送、重要人物の輸送にも使えるかもしれない。とくに地上の自動車だと警備体制が大きくなりすぎて困るようなときは、ほとんど地下を行けるから、使い勝手がいいかも。現金輸送もその一つかもしれないし」

「そうかも知れぬ……」

 みんなは、押し黙った。

「ともあれ、これから海老名へ帰還しよう。お腹も空いたので途中で食事もして」

「総裁、こんなことがあったのに食べたいなんて」

「驚きで余計血糖を消費してしもうた」

「ほんとですかー」

 その時、大江戸線の普通の列車の接近を知らせる放送が鳴った。


「こんどは、アレじゃないわよね」

「あんな列車が何本もあったら、驚き過ぎますよ」

 でも、みんな、それにはため息しかなかった。


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