謎の新宿港町編

第16話 新宿港町、謎の位置情報


「うぬ、ここでまさかのエンドマーク突破である!」

 総裁がそう高らかに言う。

「ええっ、この話、終わったんじゃないの? あの東京湾決戦で! これまであれが最終回だったじゃない!」

「さにあらず! このたび『局所的好評』につき、新エピソード追加が決定されたのだ!」

「なんですかその『局所的好評』って!」

「ヒドイっ! なんて計画性のない!」

「うむ、最終話の東京駅からの北海道への旅立ちまでの2ヶ月の間、我々が何をしておったのか、それが明らかにされるのであるな。それまであの旅立ちのシーンは暫時封印なのである!」

「それ、エピソードの後付けじゃない……」

「そうともいう。そもそもうちの著者に、もともとまともな計画性があるわけが、ねいのだ」

「ヒドスギル! でも事実はそうだけど」

「否定出来ないですわねえ」

「というわけで、あの東京湾の直後からの話なのだ」


* *


「ほんと、あなたたちって、どんだけなのかしら」

 東京湾の事件の数日後、海老名扇町の地域センターで、竹警部が溜息をつく。

「そりゃないですよ、私たちがいなければ、あの事件、解決できなかったじゃないですか」

 鉄研のみんなも集まっている。

「そうだけどねえ」

「で、あの核爆弾、本物だったんですか?」

「公式には伏せたけど、本物だった。IAEAの管理のもと、アメリカに引き渡したけど、外交ルートはもうむちゃくちゃに揉めてるわ」

「そうですよねえ」


「でも、なんで核爆弾の位置がわかったんです?」


「それは、私たち警視庁と警察庁の特別チームで、核兵器、それも持ち歩けるサイズの小型核兵器の取引を監視する国際ネットワークと連携して、とある人物の位置情報を常に監視できるような仕掛けをしたの」

「マルウェアですか」

 カオルがすぐに察する。

「どうしてそうなの!」

 いきなり秘密を突かれ、竹警部は怒った。

「マルウェアなんだ」

 御波が詰める。

「だって、そんなこと言えるわけないじゃない!」

「やっぱりマルウェアなんだ」

「そんなこと国家権力が仕掛けてるなんて、バレたら大騒ぎよ!」

「やっぱりマルウェアなんだ」

「……はい、そうですよ! そう、私たちが仕掛けたマルウェアですよ! なんなの一体!」

 竹警部も半べそになっていた。

「御波ちゃん、怖い―」

「確認しただけ! 人をドSみたいに言わないで!」

 御波も真っ赤になって怒った。


「まあ、それはよいとして、そのマルウェアの発信する位置情報を傍受して、東京湾フェリーに核爆弾が移動したことは判明したとして、警部殿が察知しておることはまた別の位置情報であろう?」

「ほんと、あなたたちって!」

「でなければ東京の警視庁から管轄外の神奈川県のこの海老名扇町に警部が来る理由がないのだ」

「……すいません、って、ほんとに!」

 警部は鉄研のみんなにこうしてオモチャ扱いされて、ため息をつき通しである。


「でも、実際はそうなのよね。実際、今追跡している位置情報がある」

「いいんですかそんなこと言って」

「あなた達だから言うわ。それは成田から首相官邸まで頻繁に移動している位置情報で」

「内通者ですね」

「そうみたいなんだけど、何かがおかしいの」

「まっとうな内通者などいるわけがねいのだ。でも内通者は内通をしておることを隠すのも当たり前なのであるな」

「そうだけど。でも、成田から首相官邸を頻繁に1時間ちょっとで移動しているのは不思議なのよ」

 竹警部はそうブゼンとする。

「それってやたらと速くない?」

 と御波が言う。

「だって、私たちがLCCで大阪行くのに成田使ったら、随分遠かったわよ」

「速くないですね」

 カオルは一刀両断する。

「スカイライナーで日暮里まで36分、そこから西日暮里まで京浜東北線、そこから千代田線で乗り継ぎが良ければ最短で合計で1時間4分しかかからない。

 成田エクスプレスでも東京駅まで1時間、徒歩で東京駅から大手町まで5分で移動してそこから千代田線で霞が関、合計で1時間17分。

 ざっくり1時間30分あれば成田空港と霞が関の間は移動可能ですね。

 もっと言えば、渋滞がなければ自動車で高速道路使えば、計算上は成田と霞が関を59分で移動可能なはずです」

 カオルが明晰に暗算する。

「あなた、頭のなかにGoogle地図が入ってるの?」

「いえ、ぼくの使っているAI・マゼンダが調べてくれました」

「はい、そうでした」

 竹警部がため息をまた吐いた。


「ただ、その対象者がメールで頻繁に書いている不思議な話があって。


 やたらと『新宿から船に乗る』って言うのよ。

 『新宿港町』って」


「やだなー、新宿に港なんかないですよ」

「まあ、森進一の曲にありましたね。「新宿・みなと町」って。1979年7月発売のシングル」

 またカオルがマゼンダに調べさせる。

「私たち、生まれてるどころか、影も形もなかった時代の話じゃない!」

 鉄研のみんなが呆れる。

「でも、なぜかその言葉がメールに頻出するのよ。新宿港町って」


「なにか居酒屋の名前なんじゃないですか? 密会に使ってるとか」

「さすがにそれは見当たらなかったわ。でも、ログを見ると、確かに新宿から霞が関、そして成田を移動している」

「新宿も普通に用事があれば行くところであろう。そこになんの不思議もないのであるな」


「でも、何かがおかしいのよ」

「警部ー、おかしいおかしいって言ってばっかり。刑事なんだから、ほんとに足使って捜査してます? 警視庁のセンターで座りっぱなしでログ検索してるだけじゃないんですか?」

「あなたたちにいわれたくないわよっ!」

 警部はまた怒ったが、でも言った。


「調べたけど、警察公安の尾行は毎回失敗しているのよね」

「そりゃ、内通者は尾行に引っかからないよう工夫しておるのであろう」

「でも、監視カメラネットワークで駅構内や繁華街を常に監視しているのに、ぷっつり追跡が途切れるのはなぜ?」

「うぬ、それは不思議なり。日暮里駅や大手町駅で見失う理由がない。クルマなら警察の誇るナンバー追跡システムが把握するであろう」


「でしょ! でしょ!」

 竹警部はここでようやく嬉しそうな顔をする。


「いったい何が嬉しいのだ?」

「ヒドイっ」


 警部は表情をまた変えた。

「私が言いたいわよっ!」



 竹警部は帰っていった。


「うぬ、駅の乗り換えコンコースも使わず、クルマも使わず、どうやって新宿と成田と霞が関を移動しておるのだ?」

「不思議ですねえ」

「しかも、時間帯は地下鉄の運転していない時間もあると聞いた」

 総裁はそう言うと、一人うなずいた。


「うむ、これは我が鉄研の研究にふさわしい題材であろうの」

「そうかなあ」


「では、各員、この謎を調査するのであるな。総裁命令なのだ」

「えー!」

「いやなのか?」

「ええよ!」

 ずるっとみんな、コケた。



「なんだろうねえ。新宿で船に乗るなんて」

「まあ、「新宿・みなと町」って曲、聴いてみましょうよ」

「うむ、今はネットですぐに聴けるから便利な時代なり。しかし歌詞をここにのせるわけにはいかぬでの。JASRACが飛んで来るのだ」

「こんな場末にはこないんじゃない?」

「ネットの海は広大であるが、ネット検索は天網恢恢疎にして漏らさずであるな。すぐに追手がやってきて炎上となるでの」

「そうよねえ」


 みんなで聴く。


「『生きる辛さ』ねえ……」

「確かにそうかもしれないですわ」

「どことなく悲哀のある歌ですよねえ」

「すごく昭和の薫りがするー」


「さふなり。しかも、みな、気づいたか?」

「なんです?」


「このままだと、すでにうち著者が一番苦手とする、推理パートに突入なのであるな!」

「ああっ、ホントだ!」

「著者、推理作家協会に入っても、推理ど下手ですごくヒンシュク買ってましたよ!」

「ヒドイっ!」

「うわっ、なんかすごくいやな予感がする! 地下に巨大空洞があって空中艦船がそこに隠れてるとかの、推理的にもダメなダメSF的超展開の予感がぶわっと!」

「それとか瞬間移動とか!」

「そんなことになったら大ヒンシュクよ!」

「さふであるな。ワタクシは著者をそういうところでも、全く信頼しておらぬのだ」

「そりゃそうですわねえ」


「だいたい、うちの著者は背中から翼を生やして空を飛ぶ女性型女性サイズの宇宙戦艦などというSFを代表作として書いている上に、量子力学をこじつけて反重力装置を作ったり、謎の理屈をつけてこの話でもMUなんて超便利ギミックを作ってしまっておる。

 すでにそういう前科があるので、このままでは大変先行きは甚だ危うい!」

「危険領域よねえ」


「あ、著者が知恵熱出してるー!」

「うむ、慣れない推理など書こうとするからそうなるのだ」

「ヒドイっ」

「でも、ここまで書いた以上、納得の行く話に帰着すると想定して、我々も各自研究推理のことであるな」

「それ、「各自研究工夫のこと」って、鉄道模型メーカーのカタログの名文句みたい……」

「まず、都内をうろついて、現場で検証なのであるな。皆、今度の休日にSuicaをチャージして、東京都内を観察に行くのだ」

「それ、ロケハン……」

「そうともいう」

「ヒドイっ」


 それでも、総裁は目を輝かせた。

「ともあれ、旅といえるほどの距離ではないが、今度、ひさびさに皆でお出かけなのである! 各員、準備されたいのであるな!」

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