第14話 横浜エアポート離陸


 みんな、MUを積んだトラックで移動していた。

「でも、テロリスト、銃持ってるんでしょ? 私たち、どうやってそれに対抗する? 基本手ぶらだし、また雨傘とかじゃ対抗できないわよ」

「だいたい私たちが銃持っても、ど下手だから同士討ちしたり暴発させるだけで、少しもいいことないし。ヒドイっ」

「それに、そもそも警察は銃、私たちに貸してくれないー」

「そうね。あなたたちに銃は貸せないわ。いつも使っている防犯用ネットランチャーが限界ね」

 竹警部はそう言った。

「ほんと、できるならハリネズミのように武装させてあげたいけど」

「でも、横浜ヘリポートで合流する、って言われても、なにと合流するの?」

「教授はほかになんか言ってた?」

「いえ、あれからとても忙しそうで訊けなかったのです」

 詩音が申し訳無さそうに言う。

「なんかわかんないことだらけだなあ。これで解決できんの? ヒドイっ」

「うぬ、そこはいつもなんとかなってきたのだ」

「でも、今度という今度は、なるかなあ」

「わかんないわよっ」



 ヘリポートにつくが、ヘリがいない。

「え、ヘリが待ってるんじゃないの?」

「やだなー、ヘリって運航するの高価いのよ。ビンボーな私たちのために仕立ててくれるわけないじゃない」

「そりゃそうだけど」

「それに、この持ってきたMUの電池、Lバッテリ1個だよ。これじゃ東京湾口までぜんぜんもたないよー」

 華子が半べそになったその時、上空にローター音を響かせながら何かが来た。

「ええっ」

 でも、それはヘリコプターではなかった。

「『あれ』、ってことは、『あれ』で来るのはいつものあのヒト!?」



 降りてきたMV-22オスプレイに乗っていた女の子が、腰に手をやって仁王立ちしている。

「あ、あなたは! この『鉄研、バーズアウェイ!』ではまったくここまで出番のなかった、我々のライバル校鉄研の部長だった、美里さんじゃないですか!」

 鉄研のみんなでそう声をかける。

「あなたたちって、著者ともども、揃いもそろって、ほんと、読者を大事にしないわね! ふんっ!」

 美里はさっそく激怒している。

「でも美里さん、なぜ?」

「MUの開発資金がないと聞いて」

 美里の合図で、オスプレイのクルーによって、機内のブルーシートがめくられた。

「すごい数のMU!」

「LLLバッテリもどっさり!」

 そこにあったのは新品のMUとLLLバッテリの山だった。

「お金はあるところにはあるのです。わが実家の扇宮グループの潤沢な資金を開発と生産資金に投入し、MUのセットをここに揃えましたのですわ。さあ、このゴージャスな新品MU12台LLLバッテリ・スペア付フルセットで、すっかり貧乏なれした眼が潰れないよう、お気をつけあそばせ! をーほっほ!」

 高らかに笑う美里。

「美里さん……。さすがいつも多額の現金の匂いさせてるだけある……」

「でも、こんな多くのMUに、誰が乗るんですか?」

 そこに、後ろからブルーグレーの装備を身につけた隊員が整列して入ってきた。

「ええええっ!」

「教授と連絡しつつ神奈川県警警備部特別急襲部隊SATより選抜した、特設MU分隊ですわ」

「いつの間に!」

「『誰でも』乗れるMUですもの」

 誰でも、の言葉を美里はやたら強調する。

「優秀なSATのみなさん、ちょっとの練習ですぐにMUを乗りこなしましたわ」

「でも美里さんは? MU、美里さんのぶん、ないっぽいけど」

「もしかすると……美里さん、MU乗れないの?」

 いたずらっぽい御波の言葉に美里はギクッとする。

「わ、私はみなさんの支援役をするのですわ」

「乗れないんだ」

「でもオスプレイに誰かがいないと」

「乗れないんだ」

 御波が詰める。

「だって、だって……」

 美里は身動き取れなくなって、とうとう言った。

「はい、私はMUに乗ーれーまーせーんっ!」

「やっぱり」

「だって、私、昔から体育で行進するときに、同じ方の手と足が一緒に出ちゃうんだもん…」

 半べその美里である。

「御波ちゃん、あなた、アイドルみたいな顔して、ドSね……」

「こわい……」

 それに、おなじ鉄研のみんなまでドン引きしている。

「やだ、こんなことで引かないでよ!」

 逆に御波も泣きそうになった。


「鉄研の皆さん」

 SATの隊長が訓練の行き届いた体格らしい、太い声で改めて言った。

「あなたたちが海老名での運用でさまざまなデータを取ってくれたおかげで、我々もこのMUの実運用にこぎつけられました。感謝します」

 その直後、SATの皆が、鉄研のみんなに、さっと敬礼した。

「いや、それほどでもー」

「でも、照れるところよね」

「ともあれ、これで東京湾フェリーを奪取したテロリストの排除の手は整ったのであるな!」

「そうです」

 隊長が総裁に同意する。

「ここからこのMV-22で一気にフェリーの上空まで行き、降下急襲します。幸い日没が近い。薄暮攻撃で解放作戦は有利です。木更津からはすでに支援のために第1ヘリコプター団の戦闘ヘリも出撃しています」

「うぬ、ここまでやれば、鎧袖一触であるな」

「でも、総裁、あれやりましょうよ。こういう時こそ」

 総裁はうなずいて、手をさし上げた。

 鉄研のみんながハイタッチする。

 そして、それに、美里と、SATの隊員たちが加わった。

 コールが揃った。

「ゼロ災で行こう、ヨシ!」



 オスプレイが離陸した。

 飛行コースをかえるオスプレイから見える、黄昏の金色に揺らめく横浜港の風景が、めまぐるしく変わる。

 そして、オスプレイはランドマークタワーをかすめて、ローター前向きのプレーンモードになった。

 飛翔するその機内では、鉄研のみんなとSAT隊員たちで、MUのヘッドセットを使って、突入の手順が検討されている。

 SATの隊員がその装備、サブマシンガンなどを最終確認している。

「うむ、装備の重量増加が問題になっている昨今だけに、MUの防衛・警備部門への応用は必然的に有り得る話であるのだな。動作音も殆ど無く、浮上しているために床にも荷重をかけない」

「ヘッドセットも小さいのでヘルメット被っても使えますもんね。軍用の騒音が大きいこの機内でも声が確実に通りますし」

「技術の進歩はやはり正義なのであるな」



 その時、御波は東京湾口へ急行するオスプレイの窓から、見た。

「すごく綺麗な夕日……」

 みんな、その言葉に、外を見た。

「そうであるな」

「そうだね」

 みんな、一瞬、見つめた。


「お父様が、話してくれました」

 その鮮やかな夕日を見ながら、詩音がつぶやく。

 彼女の横顔がとても複雑な表情に陰っている。

「アスタリスクの開発者は、お父様と大学同窓だったそうです」

 みんな、驚いた。

「そして、近いことの研究をし、卒業後彼は企業へ、お父様はそのまま大学で研究を」

 みんな、顔を知らないアスタリスクの開発者であり、そのアスタリスクの事件の犯人となった男の姿を想像した。

 そして、彼と教授の若き大学での日々を想像していた。

「これまで、実はこの世の悪循環のことについて、お父様は全く同じ思いだったそうです」

 それに、みんな、複雑な気持ちだった。

「お父様は仰いました。『詩音がいなければ、おれはあいつになってた』って」


 みんな、それに言葉を失って、オスプレイのローター音だけが響いていた。


「うぬ!」

 総裁はその沈黙を破った。

「にもかかわらず! 我々は征くのだ!」

「そうです!」

 御波が続いた。

「救いようのない世の中であっても、この世の中を救いたいのは、みんな、同じだから」

「そうよね」

 ツバメが続く。

「ヒドイのをもっとヒドイことで上書きしても、結局はヒドイままだもんね」

「おとーさんが『どんなときも、あきらめて感情の奴隷になったら本当のおしまいだよ』って言ってたー」

 華子も口にする。

「プロはどんな終局図からでも、相手によっては逆転は出来るんですよ。それが本当の強さです」

 カオルもいう。

「世の中にはそれぞれのプロがいます。でも、その能力を最大限に活用することができてないんです。それができるだけで凄く大きいのに。今の世の中で、可能なのにできてないことは、まだいっぱいある。策はまだあります。諦めるには早すぎます」

 詩音は、うなずいた。

「ほんと、そうですわね」


「明日朝には、決着が全部つく。東京でこの事件を引き起こしていた連中も全て検挙した。あとはフェリーのテロリストと核爆弾だけだ。明日朝、東京が焦土になるか、それとも希望の朝になるか」

 SATの隊長が覚悟を決めているとはいえ、少し不安を口にする。

「うぬ、我が先手必勝、見敵必殺、神州不滅、勇猛果敢、焼肉定食、南国酒家、麻婆春雨の信念を持ってすれば、結果は希望の朝しかないのであるな」

 総裁は一切迷いない口調だ。

「なんかもっといろいろ混じってる……」

「でも、そうだな。悪い結果を想像していいことはないな」

 隊長が深く同意する。

「さふなり」

「でも、君たちはここから降下せず、退避していて欲しいのだが」

「そうはいかぬ。さすがに突入作戦の銃撃戦では、素人の民間人たる我々は足手まといになると思われるのだが、MUの操縦については我々はやはり少し熟練しておる。MUにもしものことがあればバックアップできるのだ。そして偵察の目は、やはり多いほうが良いのだな」

「とはいっても」

 SATの隊長は鉄研のみんなを心配している。

「む。我々もそこは自重に自重をするのだ」

「そうしてほしい」

「了解なり」



 インカムにオスプレイの海兵隊パイロットの声が聞こえた。

「降下ポイントまであと3分。降下準備開始!」

「ここまでありがとう」

 SAT隊長の言葉に、パイロットが答えた。

「幸運を!」

 パイロットのその声に、みんな、はい、と答えた。


 ホバリングするオスプレイのリアハッチが空き、ローターの吹き下ろす猛風の中、MUにのったSAT隊員と、鉄研のみんなは、次々と空中に滑りだした。

「行こう! これは決して打ち切りマンガではないぞ!」

「そりゃそうでしょ」


 いよいよ、最後の戦いが始まる。




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