第14話 横浜エアポート離陸
みんな、MUを積んだトラックで移動していた。
「でも、テロリスト、銃持ってるんでしょ? 私たち、どうやってそれに対抗する? 基本手ぶらだし、また雨傘とかじゃ対抗できないわよ」
「だいたい私たちが銃持っても、ど下手だから同士討ちしたり暴発させるだけで、少しもいいことないし。ヒドイっ」
「それに、そもそも警察は銃、私たちに貸してくれないー」
「そうね。あなたたちに銃は貸せないわ。いつも使っている防犯用ネットランチャーが限界ね」
竹警部はそう言った。
「ほんと、できるならハリネズミのように武装させてあげたいけど」
「でも、横浜ヘリポートで合流する、って言われても、なにと合流するの?」
「教授はほかになんか言ってた?」
「いえ、あれからとても忙しそうで訊けなかったのです」
詩音が申し訳無さそうに言う。
「なんかわかんないことだらけだなあ。これで解決できんの? ヒドイっ」
「うぬ、そこはいつもなんとかなってきたのだ」
「でも、今度という今度は、なるかなあ」
「わかんないわよっ」
*
ヘリポートにつくが、ヘリがいない。
「え、ヘリが待ってるんじゃないの?」
「やだなー、ヘリって運航するの高価いのよ。ビンボーな私たちのために仕立ててくれるわけないじゃない」
「そりゃそうだけど」
「それに、この持ってきたMUの電池、Lバッテリ1個だよ。これじゃ東京湾口までぜんぜんもたないよー」
華子が半べそになったその時、上空にローター音を響かせながら何かが来た。
「ええっ」
でも、それはヘリコプターではなかった。
「『あれ』、ってことは、『あれ』で来るのはいつものあのヒト!?」
*
降りてきたMV-22オスプレイに乗っていた女の子が、腰に手をやって仁王立ちしている。
「あ、あなたは! この『鉄研、バーズアウェイ!』ではまったくここまで出番のなかった、我々のライバル校鉄研の部長だった、美里さんじゃないですか!」
鉄研のみんなでそう声をかける。
「あなたたちって、著者ともども、揃いもそろって、ほんと、読者を大事にしないわね! ふんっ!」
美里はさっそく激怒している。
「でも美里さん、なぜ?」
「MUの開発資金がないと聞いて」
美里の合図で、オスプレイのクルーによって、機内のブルーシートがめくられた。
「すごい数のMU!」
「LLLバッテリもどっさり!」
そこにあったのは新品のMUとLLLバッテリの山だった。
「お金はあるところにはあるのです。わが実家の扇宮グループの潤沢な資金を開発と生産資金に投入し、MUのセットをここに揃えましたのですわ。さあ、このゴージャスな新品MU12台LLLバッテリ・スペア付フルセットで、すっかり貧乏なれした眼が潰れないよう、お気をつけあそばせ! をーほっほ!」
高らかに笑う美里。
「美里さん……。さすがいつも多額の現金の匂いさせてるだけある……」
「でも、こんな多くのMUに、誰が乗るんですか?」
そこに、後ろからブルーグレーの装備を身につけた隊員が整列して入ってきた。
「ええええっ!」
「教授と連絡しつつ
「いつの間に!」
「『誰でも』乗れるMUですもの」
誰でも、の言葉を美里はやたら強調する。
「優秀なSATのみなさん、ちょっとの練習ですぐにMUを乗りこなしましたわ」
「でも美里さんは? MU、美里さんのぶん、ないっぽいけど」
「もしかすると……美里さん、MU乗れないの?」
いたずらっぽい御波の言葉に美里はギクッとする。
「わ、私はみなさんの支援役をするのですわ」
「乗れないんだ」
「でもオスプレイに誰かがいないと」
「乗れないんだ」
御波が詰める。
「だって、だって……」
美里は身動き取れなくなって、とうとう言った。
「はい、私はMUに乗ーれーまーせーんっ!」
「やっぱり」
「だって、私、昔から体育で行進するときに、同じ方の手と足が一緒に出ちゃうんだもん…」
半べその美里である。
「御波ちゃん、あなた、アイドルみたいな顔して、ドSね……」
「こわい……」
それに、おなじ鉄研のみんなまでドン引きしている。
「やだ、こんなことで引かないでよ!」
逆に御波も泣きそうになった。
「鉄研の皆さん」
SATの隊長が訓練の行き届いた体格らしい、太い声で改めて言った。
「あなたたちが海老名での運用でさまざまなデータを取ってくれたおかげで、我々もこのMUの実運用にこぎつけられました。感謝します」
その直後、SATの皆が、鉄研のみんなに、さっと敬礼した。
「いや、それほどでもー」
「でも、照れるところよね」
「ともあれ、これで東京湾フェリーを奪取したテロリストの排除の手は整ったのであるな!」
「そうです」
隊長が総裁に同意する。
「ここからこのMV-22で一気にフェリーの上空まで行き、降下急襲します。幸い日没が近い。薄暮攻撃で解放作戦は有利です。木更津からはすでに支援のために第1ヘリコプター団の戦闘ヘリも出撃しています」
「うぬ、ここまでやれば、鎧袖一触であるな」
「でも、総裁、あれやりましょうよ。こういう時こそ」
総裁はうなずいて、手をさし上げた。
鉄研のみんながハイタッチする。
そして、それに、美里と、SATの隊員たちが加わった。
コールが揃った。
「ゼロ災で行こう、ヨシ!」
*
オスプレイが離陸した。
飛行コースをかえるオスプレイから見える、黄昏の金色に揺らめく横浜港の風景が、めまぐるしく変わる。
そして、オスプレイはランドマークタワーをかすめて、ローター前向きのプレーンモードになった。
飛翔するその機内では、鉄研のみんなとSAT隊員たちで、MUのヘッドセットを使って、突入の手順が検討されている。
SATの隊員がその装備、サブマシンガンなどを最終確認している。
「うむ、装備の重量増加が問題になっている昨今だけに、MUの防衛・警備部門への応用は必然的に有り得る話であるのだな。動作音も殆ど無く、浮上しているために床にも荷重をかけない」
「ヘッドセットも小さいのでヘルメット被っても使えますもんね。軍用の騒音が大きいこの機内でも声が確実に通りますし」
「技術の進歩はやはり正義なのであるな」
*
その時、御波は東京湾口へ急行するオスプレイの窓から、見た。
「すごく綺麗な夕日……」
みんな、その言葉に、外を見た。
「そうであるな」
「そうだね」
みんな、一瞬、見つめた。
「お父様が、話してくれました」
その鮮やかな夕日を見ながら、詩音がつぶやく。
彼女の横顔がとても複雑な表情に陰っている。
「アスタリスクの開発者は、お父様と大学同窓だったそうです」
みんな、驚いた。
「そして、近いことの研究をし、卒業後彼は企業へ、お父様はそのまま大学で研究を」
みんな、顔を知らないアスタリスクの開発者であり、そのアスタリスクの事件の犯人となった男の姿を想像した。
そして、彼と教授の若き大学での日々を想像していた。
「これまで、実はこの世の悪循環のことについて、お父様は全く同じ思いだったそうです」
それに、みんな、複雑な気持ちだった。
「お父様は仰いました。『詩音がいなければ、おれはあいつになってた』って」
みんな、それに言葉を失って、オスプレイのローター音だけが響いていた。
「うぬ!」
総裁はその沈黙を破った。
「にもかかわらず! 我々は征くのだ!」
「そうです!」
御波が続いた。
「救いようのない世の中であっても、この世の中を救いたいのは、みんな、同じだから」
「そうよね」
ツバメが続く。
「ヒドイのをもっとヒドイことで上書きしても、結局はヒドイままだもんね」
「おとーさんが『どんなときも、あきらめて感情の奴隷になったら本当のおしまいだよ』って言ってたー」
華子も口にする。
「プロはどんな終局図からでも、相手によっては逆転は出来るんですよ。それが本当の強さです」
カオルもいう。
「世の中にはそれぞれのプロがいます。でも、その能力を最大限に活用することができてないんです。それができるだけで凄く大きいのに。今の世の中で、可能なのにできてないことは、まだいっぱいある。策はまだあります。諦めるには早すぎます」
詩音は、うなずいた。
「ほんと、そうですわね」
「明日朝には、決着が全部つく。東京でこの事件を引き起こしていた連中も全て検挙した。あとはフェリーのテロリストと核爆弾だけだ。明日朝、東京が焦土になるか、それとも希望の朝になるか」
SATの隊長が覚悟を決めているとはいえ、少し不安を口にする。
「うぬ、我が先手必勝、見敵必殺、神州不滅、勇猛果敢、焼肉定食、南国酒家、麻婆春雨の信念を持ってすれば、結果は希望の朝しかないのであるな」
総裁は一切迷いない口調だ。
「なんかもっといろいろ混じってる……」
「でも、そうだな。悪い結果を想像していいことはないな」
隊長が深く同意する。
「さふなり」
「でも、君たちはここから降下せず、退避していて欲しいのだが」
「そうはいかぬ。さすがに突入作戦の銃撃戦では、素人の民間人たる我々は足手まといになると思われるのだが、MUの操縦については我々はやはり少し熟練しておる。MUにもしものことがあればバックアップできるのだ。そして偵察の目は、やはり多いほうが良いのだな」
「とはいっても」
SATの隊長は鉄研のみんなを心配している。
「む。我々もそこは自重に自重をするのだ」
「そうしてほしい」
「了解なり」
*
インカムにオスプレイの海兵隊パイロットの声が聞こえた。
「降下ポイントまであと3分。降下準備開始!」
「ここまでありがとう」
SAT隊長の言葉に、パイロットが答えた。
「幸運を!」
パイロットのその声に、みんな、はい、と答えた。
ホバリングするオスプレイのリアハッチが空き、ローターの吹き下ろす猛風の中、MUにのったSAT隊員と、鉄研のみんなは、次々と空中に滑りだした。
「行こう! これは決して打ち切りマンガではないぞ!」
「そりゃそうでしょ」
いよいよ、最後の戦いが始まる。
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