第13話 横浜駅超高速火星降下作戦
「それでもさー」
横須賀を後にして、横浜駅近くのマンガ喫茶に、みんなはいた。
「さすが、横須賀の海軍カレー、おいしかったな~」
「うむ、古のレシピ通り、ちゃんとお米が牛のスウプで炊いてあったの」
「でも、横浜駅、この話だと増殖しなくてよかったわね」
「すごく安心感あるよねえ」
「まだ工事はしてるみたいだけど」
「それじゃなくて!」
カオルが口をとがらせる。
「なんでボクが火星に行くんですか!」
「それは、キミが『仕組まれた子供』だからなのであるな」
総裁が言うなか、みんなはマンガ喫茶のPCと持ち込んだMUを接続している。
MUの処理能力を使うつもりなのだ。
「それは否定しませんけど」
「否定しないんだ……」
「カオルくんは元々、某大学医学部の脳神経内科病棟の研究室からわがエビコーに通学して追ったのだな」
「ええっ、入院してたの!?」
「さにあらず! カオル君はそのIQ800のギフテッドとしての能力を医学や脳科学の進歩のために応用しようと考えられ、将棋と電鉄のバイトと鉄研と同時に、脳科学のモルモットとされておったのだ」
「なんてこと……モルモットなんて」
みんな、言葉を失ったが、
「かわいい!」
みんなそう言って、カオルは顔を赤らめる。
「いや、そういう問題じゃないと思うんだけど。だって、人体実験だよ?」
カオルはそうあきれる。
「されちゃってたけどさ、人体実験」
「されてたんだ……」
御波が言葉をかみしめている。
「うむ。火星までは43億キロ。通常であれば宇宙船で行くしかない距離だ。光の速度ですら片道4分以上、場合によっては40分近くかかる、だが」
「はいはい、NASAとかが超大容量の天体間通信プロトコルを開発してたんですよね。でも、それに乗せて、ボクの意識を通信で火星に送り込んじゃうなんて」
「そうでなければ、一つの動作ごとに4分待ち、反応に4分待ちであるからの」
「意識を通信で送るなんて、そんなこと」
「できるであろう?」
「どうやってそんなこと調べたんですか」
「わが鉄研特務機関の調査能力を侮らないでいただきたいのであるな」
「ほんと、そんなの、おかしいですよ!」
と言いながら、カオルは椅子に座って、PCにUSBメモリと、MUの制御に使っていたヘッドセットのコネクタを差し込む。
「そういいながら従っちゃうカオルさん、ほんと、真面目で素敵ですわ」
詩音がそう云うが、カオルは不審がっている。
「ほんとうに意識送り込めるのかなあ」
「教授はMUを接続し、このUSBに入ったプログラムを展開してルーティングテーブルを構成して世界のスーパーコンピュータを使ってやれば、できると言っておった。驚いてはおったが」
カオルはそれにこう言った。
「まあ、そういう変換技術は高校時代から何度も実験台にされてきたけど」
「平然と怖いこと言わないで。ヒドイっ」
デバイスドライバを読み込んでいます。
AutoRun.exeをチェックしています。
ライセンスを確認します。
「こんなことするにも、このダイアログなんだね」
デバイスドライバを構成しました。
NASAのホストと接続しました。
メイン演算デバイスとして以下のシステムを指定して実行します。
――”京” 理科学研究所
演算処理デバイスとして、以下のホストを追加します。
――”タイタン” オークリッジ国立研究所
――”セコイア” ローレンス・リバモア国立研究所
――”ブルージーン” アルゴンヌ国立研究所
NASAのシステムが現在、通信プロトコルドライバを配布しています。
受信、1,2,3,4……展開。
展開し、実行、組み込みに成功しました。
ルーティングテーブルをセットアップします。
火星へのテスト送信実施。
成功。/転送効率・理論値の97.2%
ヘッドセットをつけてください。
脳波キャリブレーションをします。
「はいはい、つけますよ」
カオルがそう言いながらヘッドセットをつける。
キャリブレーションします。
動かないでください。
ユーザー・”KAORU”の転送を開始します。
ルーティング構成、終了。
全システムスイッチ、直結。
マインドアンカー、固定。
パケット圧縮、開始。
全システムでパケットを圧縮しています。
圧縮ボビン、ローリング開始。
=送信を開始しました。=
*
「え、これ、もしかすると」
御波が察した。
「さふなり。カオルくん、火星へ行ってらっしゃい! なのだ」
*
6分後。
「まさか先に出発した火星探査機を追い抜いて、6分で火星に到着するなんて、どんだけなんだよと」
カオルはマニピュレーターを動かした。
「これ、ここから地球のみんなに話をしても、返事が帰ってくるまで8分以上かかるんだよなあ」
カオルが見上げる火星の空は薄く、星が微かに滲んでいる。
そしてカオルの視界には地球の位置が表示され、地球が点になって表示されている。
「43億キロは、やっぱり遠いよ……」
そう言いながら、カオルは意識でロボットを操作する。
「人類の火星への第一歩がこのロボットのクローラーとか、ね」
カオルはセンサーで足元を見た。
「味気ないなあ」
そういいながらロボットは国際共同火星基地のハンガーから降り、火星の地表に出た。
「ひどい環境だよなあ。二酸化炭素と濃硫酸の雲。気温マイナス7度。気圧10.1ヘクトパスカル。これに人間が住むのは、かなり無理だよなあ。よっこいしょ」
途中にある岩を避けて、観測機器棟のバラックを目指す。
「あー、思えば遠くへ来たもんだ、っと」
機器棟が見えてきた。
「このなかの4番ラックのBユニットがそのMARSだ、って言ってたな」
機器棟のハッチを開ける。
「あ、灯り付いてる」
そう言いながら入って行くと、そこにロボットがいた。
「ありゃ、使ったまま放置? NASAもずぼらだなあ」
だが、そのロボットが動き出した。
「わっ、妨害する気?! やだよ!」
ロボット同士の格闘戦になった。
「やだやだやだ! こいつ、AIで動いてるの? マゼンダ! どうなってんの!?」
*はい。あの作業用ロボットはスタンドアローンのAIで動いています。
*MARSにアスタリスクの脆弱性を作りこんだ人間が、その目的を妨害されないようにおいてあったと思われます。
「弱点ないの!?」
*バッテリーの接続部が弱点と思われます。
*しかし、こちらも同じタイプのロボットのため、同じ弱点を持っています。
*注意してください。
「注意じゃすまないよ!」
*距離を置いての中距離戦を提案します。
「マゼンダ、それ、なんかのゲームに出てくる戦闘支援用AIそっくりだよ!」
*一緒にしないでください。
「それ、もうもろパクリだよ! マゼンダ、しっかりして!」
*距離をおいて、円運動で相手の側面を攻撃するのがセオリーです。
「……うん、それしかなさそう」
カオルは作業ロボットを操る、というか、それに乗り込んだ状態のような感覚で移動する。
「駄目だ、向こうの旋回が早くて側面に回り込めない!」
そのとき、カオルの目となったセンサーに、それが見えた。
「どうせパクリなんだ、パクった作戦でやれるだけやってやる!」
カオルのロボットは、そのままラックから離れる。
そこには、予備資材のパイプが置かれていた。
それをマニピュレーターで掴むと、一回振ってみた。
*いい方法だと思います。
「でしょ!」
相手のロボットは理解できないでいる。
それに、カオルはマニピュレーターで掴んだパイプを振り下ろした。
一度目は外れたが、二度目はかすった。
だが、それで相手のロボットが、事態を理解できずにパニックに陥った。
そして、
「3度目は仏の顔じゃないアターック!」
3回めに振り下ろしたパイプは、ロボットのバッテリー部をとらえた。
*敵ロボットの活動が停止しました。
「マゼンダ、そんなのどこで覚えたの?」
*YouTubeやニコニコ動画です。
「マゼンダ、何見てんの……ほんとに」
そう言いながら、ロボット同士の火星対決を勝利したカオルは、ラックを見る。
「あれ、このコネクタが壊されてる。これを繋ぎ直せばいいんじゃないかな」
*このコネクタは、この火星基地では予備を含めて、すべて壊されています。
「やっぱり先回りされてたか」
でも、カオルはまた見つけた。
「あ、これ、使えるんじゃない!」
*あり得ると思います。
*リクエストを地球に送信します。
*しばらくお待ち下さい。
*
そのカオルの見つけた機械が動き出した。
*データ受信完了、積層を開始しました。
「これ、時間かかるよね。もしボクが生身でこの火星に来てたら、酸素とか窒素とか電源の消費量が危ないよね」
*そう思われます。
動いているのは、3Dプリンタだった。
3Dプリンタで、地球のNASAからのデータを使って、コネクタを作っているのである、
「ハウジングが割れてるだけだから、交換すればぴったりくっつくはず」
そう言うと、カオルは上を見ようとした、
「でも、地球はどうなってるんだろう」
カオルはため息を吐きたくなった。
「なんか、一人でこうやって3Dプリントの状態確認してるの、妙に寂しいなあ」
*
そのころ、地球、横浜のマンガ喫茶では、カオルの作業を鉄研のみんなが待っていた。
「中国の天河シリーズのスパコンは圧縮作業に使わなかったね。ランキング上位なのに」
「そもそも国際火星探査に中国は参加しておらぬからの」
「ああ、やだやだ。なんでこういう研究開発に政治を持ち込むのかなあ」
「そういう国なのであるな」
「そもそも、この事件の首謀者は、アスタリスクを作った人ではないから……例の野党のタレント党首かな?」
「彼もまた利用するつもりで利用されたのであろう。彼にはそもそも、日本に軍用ドローンや無人攻撃機を持ち込む力はないからの」
「じゃあ、どっかの国?」
「そこは、カオルくんが言うておったとおり、すでに始まっている国際戦争の一環と考えるべきであると思うのだな」
総裁は言葉を切って、続けた。
「しかもそれは国家主権とは限らぬ。巨大企業ということもあれば、武器商人のシンジケート、あるいはダーイシュ、ISや、日本のオウム真理教のようなカルトテロ集団もその中に入るし、その混成部隊やもしれぬ」
「ほんと、日本が戦争を捨てても、戦争は日本を捨てないのね」
「捨てて欲しいですけどねえ」
竹警部がやってきた。
「カルピスウォーター」「私はジンジャエールで」
みんながいう。ドリンクバーから持ってきてちょうだい、のように。
「大人をパシリにしないの!」
竹警部はまた怒る。
「犯人の中に、現役の裁判官までいたわ」
「本当ですか!」
「ええ。AIで職を脅かされるのは単純労働ばかりじゃないわ。むしろ一部の頭脳労働のほうが、かえって真っ先に淘汰される」
「確かに過去の判例に沿った判断しかしない裁判官や弁護士は危ないですよね。有能な類推検索ができれば仕事がなくなっちゃう」
「ほかにもAIに職を奪われるって恐れている人間が予想以上に多い。鉄道の運転士も」
「自動運転システムがありますもんね」
「でも自動運転の真髄にあたるダイヤの調整や、複雑な状況判断のいる車掌さんや、システムの予想できないトラブルの復旧作業やメンテナンスの仕事は絶対になくならないと思うわ。情報システムだけでなく、社会システムだってそうよ」
「人間の仕事は、結局なくならないんでしょうね」
「ええ。形を変えて、みんな働いている未来。でも、なくなる仕事の代わりに、新たな福祉制度を作らなくちゃいけないでしょうね。まあ、金融工学や情報工学を使えば、それはできるでしょう」
「未来ってそうなのかも」
「かつて産業革命が起きた時、多くの熟練職人が職を奪われ、彼らは怒って機械を壊して回った。ラダイト運動ね。でも結局、こうして機械生産の時代になった。でもそれと同時に、社会主義も誕生するし、労働組合のはじめての結成もそのころだもの。それが未だにその制度でAIの時代を迎えるのはおかしいってものよ。新たなそれに変わる何かが、きっと生まれるんでしょうね」
「あ、警部は烏龍茶でよかったですよね」
そこに、詩音と御波が、みんなのぶんの飲み物をお盆に乗せて持ってきた。
「あら、あなたたち、実は気が利くのね」
「カオルさんも心配ですわ。無事戻ってこれるかしら」
「戻ってきたら、詩音ちゃん、カオルちゃんを「充電」してあげて」
「ええ。そのつもりですわ」
地球のカオルの身体は、まんが喫茶の椅子で意識を失って横になっている。
「人間は未来では、みんなこうなるのかもしれませんわね」
「人間というか、社会そのものが全部クラウド上の存在になっちゃうのかも。そして、必要に応じてロボットの身体、義体に入って物理的な世界を楽しむとか」
「そうすれば、交通機関が一部だけになったり、また災害や事故、戦争の形も変わりますわね」
「危なくなったら意識だけ脱出させちゃえるもんねえ」
「そうなると、宗教や思想の世界も、大変革でしょうね」
「あ、なんか、御波ちゃんが想像はかどっちゃってる」
「珍しいですわ。妄想をはかどらせるのはいつも私ですのに」
「詩音ちゃん、自分でそれ言わないの」
「うぬ、そろそろカオルくんが戻ってきそうであるの」
*
カオルが眼を覚ました。
「うむ、お疲れなのである」
カオルは、自分の手を開いて、握って、それを不思議そうに見ている。
「戻れた……」
「さふであるな」
「……戻れたよ! 寂しかったー!」
「43億キロは流石に遠かったのであるな」
「でも、たった40分で火星まで往復して、MARSの修理までしてきたんだよね」
「信じられない……」
「まあ、そういう話だから」
「そういう話言わないの! ヒドイっ」
「でも、これでアスタリスクはもう安全になったの?」
#はい。ありがとうございます。ほんとうに。
#これで、私は自由に、誰を支援するか、選ぶことが出来ます。
「よかったね、アスタリスク」
#ありがとう。
そのとき、また警部のケータイが鳴った。
「また何か?」
「さっきいった何人かの人物の逮捕が進んで、事態が収まるかと思ったのに」
警部が、言った。
「テロリストが、東京湾フェリーをシージャックした。『小型核兵器を持っている、要求を聞かなければそれを湾岸副都心で起爆する』、って」
「ええっ!」
「でも、要求って、なんです?」
「日本の国家主権の無効化宣言だって」
「なんです、それ」
「日本の政府の完全解体よ。そんなこと宣言したら、混乱どころか、日本は分割統治されたり、さらにはISみたいな連中にさえ支配されかねない!」
「そんなことが!」
「国際法上にそういう概念があるかどうか、いま調査中だって」
「いや、そんな調査してる場合じゃないですよ!」
「このままだと、東京で核爆発が!」
総裁が、口を開いた。
「うぬ! これはいよいよ、我々への挑戦であるな!」
「うわ、総裁、やめましょうよ!」
「立ち向かえるのは我々鉄研MU中隊なのである!」
「でも、相手は今度は間違いなく銃も持ってますよ!」
「しかし! にもかかわらず! 我々は屈服せぬのだ!」
総裁は宣言した。
「ここを出て教授たちのMUキャリアと合流するのだな。いよいよ決戦なり!」
そう言って、総裁は颯爽とマンガ喫茶を出て行った。
「え、ここのお会計も、また私?」
竹警部が気付いていうが、みんなまともに取り合わずに出ていく。
「また私!?」
竹警部の悲痛な声が、横浜に響いた。
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