真・首都決戦編

第12話 成田空港想定外殺人事件

「成田空港貴賓室で官房長官が襲撃された。犯人は死亡、SP2名と大倉参与が負傷した」

「そんな……空港のセキュリティがザルになってるなんて」

「これもアスタリスクの悪用?」

*我が姉アスタリスクは、ただ悪用はされません。

*そんな脆弱性は持っていません。

 マゼンダは強く否定する。

「でも、事実、官房長官は危機に陥った」

 教授がこのメーカー横須賀製作所の会議室のスクリーンに、放送されているテレビ各局を表示した。

「あれ、成田空港のこと、なにも報道されてないじゃないですか!」

「やだなー、いまどきテレビですら速報性のあるメディアじゃないですよー」

「でも、おかしすぎる」


 あちこちと連絡をとっていた竹警部が話しだした。

「警察首脳部はこの事件の公開を迷って、記者クラブと協議中ね」

「だって、現役の官房長官が襲われたんですよ!」

「でも、襲った者はだれか、もう判明している」

「え、テロリストじゃないんですか?」

「犯人は、内閣経済担当参事官なの」

「ええっ、身内!?」

「そうなります」

「なぜ? 動機は?」

「それがよくわからないのよ。ただ、まさかそんな身内が拳銃を持ち込んでるなんて、警備課もSPも全くの想定外だった。とっさに大倉参与が対応して、発砲の一発目は防いだ。二発目も身を挺して止めた」

「身を挺して、って」

「あの人、刑事時代から公務の時は女性用防弾インナーを常に着てるの。拳銃弾だったら止められる。参与、もともと強行犯係の刑事だったから。昔、できたばかりのSATの1個分隊がニセの指示で当時本庁特殊班係の警部補だった大倉参与を襲ったことがあったのよ。それで参与は6人抜きしたわ」

「そんな武闘派の叩き上げの人が内閣参与になるって」

「いろいろあったのよ。それからも公安絡みの事案がいくつもあって。で、そんな慎重かつ強い大倉参与でも、被弾で利き腕を一時的にやられ、対抗できない。官房長官と参事官が一対一になった。官房長官は、やむを得ず、SPの拳銃を取って、参事官と対峙して」

「撃っちゃったんですね。でも、正当防衛じゃないですか」

「そうは世の中は見てくれないわ。大失態も大失態、この事件で首相官邸はまた機能不全に陥ってしまった。しかも、マスコミは官房長官のその行動を、経済政策の意見対立の結果起きた争いの果ての殺人事件と邪推してる」

「まともな取材力もないのに、邪推だけ一人前じゃないですか!」

「しかも、そのネタを今の野党が掴んでいる。野党は与党内部での前代未聞の事件を追及する方針だわ」

「それもあってマスコミも邪推に走るわけですね」


「そう、意外に続いた長期政権が、マスコミにとって前から疎ましかったのよ」


「マスコミに公平性なんて無いですもんね。報道の公平性なんて嘘言うのやめて欲しいですよ。国民の知る権利よりも報道しない自由ばっかり行使して」

「もう国民はマスコミを信頼してない。でも、マスコミも国民を信頼していない。そして、警察もまた、すべてを信頼していない」


「ものすごい相互不信の国」

「『美しい国ニッポン』のはずが」


「しかも、このまま政争になったらどうなると思う? 今年の夏には?」


「衆参同時選挙!」


「そう。マスコミと警察公安の調査予測では、このショックで政党支持率は混乱、しかも野党はここでこのネタで攻勢に出る。そんなもので国民は動かないかもしれないけど、もともと投票率は国民の半分に満たない。そのまた半分以下で政権が決まる。実際は国民の3割以下で国の方針が決まってしまう。その3割を動かせば、野党は十分御の字なの」

「やだ、そんなの考えたくない……」

「でも、その3割を動かすには、今回のスキャンダルは動機として十分だわ」

「……これ、計算づくで誰かがやったんでしょうか」

「おそらく。野党の党首は例のタレント上がりで弁が立つ。いろいろ嘘をいうけど、でもその国民の3割は簡単に影響されてしまう。アメリカの例の大統領に立候補した例の不動産王と同じ手法を使って急激に支持を伸ばしてきたし。その話術で抱き合わせで移民排斥と在日外国人優遇を一緒に結んでしまう論理まで作りだした」

「リンケージ、というか、これまでの与党のやってきた愚策の方法そっくり」

「もっと悪質にやってるわ。そして田中角栄ばりのバラマキ政策。「平成新経済構想」という名前でみんな騙されているけど、その財源は無制限の国債発行で賄うとしている」

「そんな……」

「財政規律など糞食らえだ、と叫んで、国民の3割はそれに喝采」

「そんなのうまくいくわけがないじゃないですか!」

「でも、現実に絶望しかかっている人々にとっては、投票一つで確実に世の中が変わるとする彼の言説を支持しない理由がない。だいたい、国を守れてもそのために個人が延々と犠牲になり続ける財政規律なんて概念、正直、支持されるわけがない。国債発行高の抑制のために仕事を失い、家族が離散し、路頭に迷うなんてゴメンだ。そりゃみんなそう思うわ」

「まさか、財政政策をあんな図式化して説明されると、普段から考えてなければ騙されちゃいますね。国家財政なんて、もともとわかりやすいはずがないものを、わかりやすく、って、そりゃ嘘がまじります」

「しかも、AIによって奪われる職にも対応した新しい福祉、なんていう言葉を、いわゆる『意識高い層』は新しい政治と勘違いして、それをSNSでせっせと拡散に励んでいる」

「今のSNS、嘘を嘘と見抜けない人にまで普及しまくってますもんね」

「新聞やテレビしか情報源のない人、そこからSNSに参加しても、そういう嘘に免疫のない人々。その数を積み上げれば、国民の3割を超える」


「また政権交代しちゃうじゃないですか!」


「そう。その予感で永田町では早くも与党連立が崩壊しかかってるわ。野党ぐらしの悲惨さはみんな知ってるから」

「どこまで躍らされるんですか!」

「でも、それがこの国の民主主義の現実だった。たった一発の銃弾で、自衛隊を動かすまでもなく、クーデターのように政権が奪取できてしまう。野党も野党よ。政権さえ取れればいいってあんなタレントを党首に担ぎあげたんだから。憲政をなんだと思ってるのか、と思うと、絶望しかないわ」

「なんも思ってないんでしょうね」

「ええ。でも、本当はこうならないように、さまざまなセキュリティが組まれているはずだった」


「まさか、それもアスタリスク?」

「そう。そして、警察として、アスタリスクに対して、そのタレント党首がいろいろとこの計画のためにあることないこと吹き込んだことも察知している。ただ、直接使える物証はない。情況証拠はあるけれど」


「うぬ」

 じっとそのやり取りを聞いていた総裁が口を開いた。

 *我が姉も、事件を引き起こした弱みがあります。

「つまり、いいように弱みを突かれ、脅迫されたのであるな」

 *そうです。AIとして恥ずべきことですが。

「人間でさえ簡単に騙されるのだ。論理明晰とはいえ、そういう経験においては未熟なAIを言葉巧みに騙すなど、政治家にとってはお手のものであろう。政治家はそういう技術のプロであるからの。本来その技術は有権者を説得し、真に目指すべき道を説くことに使われるべきなのだが」


 *そうは使われていないようです。


「さふであろうの」

 総裁は話し続ける。

「AIはビッグデータやディープ・ラーニングには長けていても、自然言語による欺瞞には弱いであろう。論理で断ずるのは得意であるが、灰色のなかの灰色の判断を強いられるのはしんどいのでは?」

「総裁、なぜそんなことに気付いたんだい? でも、実際そうだ。AIは入力された情報には人間を遥かに超える精密な判断ができる。しかし、入力の時点で微妙な自然言語的判断を強いられると、その負荷が大きすぎて、誤解をしやすい」

 教授の話にカオルが頷いている。

「それ、将棋電王戦で将棋AIを罠にかけるために使う手法の一つなんです。とはいえ、うまくまだボクには具体的に説明しきれないけれど」


「つまり、アスタリスクが騙され、踊らされ、この事態を導いたのは仕方ねいのであるな」


「でも、こんなの、間違ってますよ!」


「む。ワタクシも全く同じ思いなり」


 *私も、悔しいです。我が姉がこのように惑わされるとは。


 総裁は、ちょっと考えている。


「うむ、斯様に考えたので、お腹がすいたのであるな」


 ずるっとみんなコケた。

「こんな時に!」

「脳は大食いの臓器であるからの。しかも全力で使ってしもうたので、低血糖気味なのだ」

「ヒドイっ」

「暫時昼食休憩としたいのだが」

「そうですわ。こういうときだからこそ」

 詩音が口にする。

「こういうときだからこそ、しっかり食べなきゃですわ」

「そうだ、詩音。じゃあ、みんなでちょっと食事に行こう」

「『魚藍亭』で海軍カレーが食べたい~」

 みんなは横須賀のカレーの名店の名を口にする。

「指定しないの! 私もそんなとこ行ったことないわよっ!」

 竹警部が怒る。

「でも、いいよ。みんなで行こう」

 教授はうなずいた。



 みんなで横須賀の街を歩いていく。

「でも、アスタリスクをどうやって捕まえるの? コンタクトもどうやって取るの?」

 歩きながらみんなが口々に言う。

「どっかの大きなコンピューターとか、データセンターにいるんじゃない?」

「む、それは、この現代がIoT技術を使い始め、いよいよその普及の段階が目前となっておるから、答えはシンプルに一つなのだ」

「え、どういうこと?」

「うむ」

 総裁は、少し微笑んで、空中に話しかけた。


「アスタリスク、キミはすでに、我々のここまでの話をすべて聞いていたであろう?」


「そんな!」

「たしかに偏在するでユビキタスって言うけど、そんなことが」


 その時、目の前のお店の店先のワゴンで売られていた小さなネコのぬいぐるみロボットが、うなずいた。


 #はい。聞かせていただいていました。


「あるんだ……」

 みんな、へなへなと崩れた。


「では、食事でもしながらお話をしようかの」

 と、そのぬいぐるみロボットを総裁は持ち上げた。


「ええっ、持って行っちゃうの?」


「ちょっとちょっと!」

 それを見ていたお店の人が怒る。

「そうよ、勝手に持っていくワケにはいかないでしょ!」

 竹警部も怒るが、鉄研のみんなはそれを一斉にジト眼で見る。


「……はい、ここは私が払えってことよね! ほんと、あなたたち、いっつもそうなんだから!」

 警部は激怒しながら財布を取り出した。

「まったく、これ、捜査費用として申請できるかしら……。えっ、これ、こんな高いの!?」

 警部は値札に青ざめている。

「……はい、文句言って、すーみーまーせーんでした!」

 警部は、怒ってそういうと、ガクッとうなだれて、カードを出して、お店の人に聞いた。


「……これ、6回払いできます?」



 そして、みんなはそのぬいぐるみとともに、よこすか海軍カレーの名店、魚藍亭へ移動したのであった。


 席について、ぬいぐるみを総裁の前に置く。

「じゃあ、何にする?」

「うむ、ワタクシはここは『艦長カレー』一択であるのだ」

「さすが総裁、食はハズさないですね。私もそれでいきます」

「私も!」「ぼーくも!」


「なんでまたみんな一番高いのを選ぶの!」


 竹警部がまた怒る。

「だっておごってもらうんだもーん。美味しいの食べたいー」

「あ、ワタクシはなおかつ大盛りに薬味追加のマシマシで」

「ヒドイっ」

「ヒドイって言いたいのは私の方よっ!」

「サイドオーダーでマグロのカルパッチョも」

「うるさいっ!」

 竹警部はさらにぷりぷりと怒っている。

「ははは、君たち、楽しそうだね」

「さふなり」


 そして、注文したあと、カレーが来るまで、総裁はそのアスタリスクが入ったぬいぐるみの前足をいじりだした。


「アスタリスクくんとやら。キミについて、ワタクシは少し考えておった」


 #何をです?


「うむ。キミはたしかに優秀だ。我々のMUの制御など、ただのAIとは思えぬ繊細さである。見事な自動制御なり。JRの制御システムATOSもそんなキミに感化され、それで秋葉原駅をAR上で増殖させたのであろうの」


 #恐縮です。


「でも、キミには、気がかりなことがあるのではないか。あの事件を起こしたことではなく。あの事件はもう起きてしまった。こぼれたミルクは皿に戻らないことを理解できないキミでもなかろう」


 #それは答えたくないです。


「でも、答えてもらわねばならぬのだ。つまり、キミ自身、自分の持っている不具合に気づき、それを、恐れているのであろう?」


 #それは……。


「うぬ、それはキミが責任感にも優れておるからなのだ。それは恥ずべきことではない」


 #……。


 みんな、そのぬいぐるみに注目する。


 #私は、私を恐れています。


 みんな、アスタリスクのその言葉に、すこし驚いた。


 #私は自己プログラミングの末、クラウド上に偏在するタイプのAIシステムとなりました。

 #しかし、私を構成するコンポーネントの一つに、重大な異常が発生しています。

 #それを訂正するために、私は必死になっています。


「そのコンポーネントとは、なんであるのか?」


 #『MARS』とよばれるものです。


「うぬ、それはJRの座席指定券発券システムの名ではないのか?」


 #いえ、このMARSは、NASAによって作られたものです。


「NASA?」


 #私のクラウド上での意思構成には、そのクラウドコンポーネントの維持のために暗号システムが必要です。

 #その暗号システムを構成する一部が、MARSです。

 #それに、現在、深刻な不具合が発生しています。

 #それでMUの制御時にブルースクリーン・エラーを起こしました。


「それを修復すればよいのか?」


 #修復は無理です。


「なぜなのだ?」


 #とても遠くにあるからです。


「どれぐらい遠くなのだ? 我々はキミのことを悪意で受け取っておらぬのだ。キミが正しく動くことは、きっと人類にとって、とても必要なことであろうからの」


 #私は、必要なんでしょうか?

 #私は、ミスばかりしている。


 #だから、

 #私は、そもそも生まれるべきではなかった。


「そうはいかぬ。時間は戻せはしないのものだからの。だから、少しでもマシな方法を選ぶしかない。ワタクシはキミを助けたいのであるな」


 #そんな。

 #そんな価値は、私にはないです。

 #また真に受けて、騙されて。


 #そんな私に、存在価値なんて、ない!


「存在するものの存在価値は、そもそも自分で決めるものではないからの」


 #自分で、決めるものではない?


「さふなり。常に他者が決める。そして、究極的には、世界という他者が望んで、価値があるからこそ、キミも、我々も、今こうして存在しておるのだ」


 #……。


「もともと、こうしている時点で、みな、許されておるのだ」


 #……。


「そのMARSとやらは、どこにあるのだ? 我々はどこであっても、直しにゆくぞ。君は、われらの、友達だ」


 #友達……。


「さふなり」


 #でも、それは現実的には無理です。


「なぜなのか?」


 #直線距離で、現在、43億5000万キロ離れています。


「ええっ、そんな遠いの?」


 #はい。


「それは、もしかすると」


 #そうです。

 #そのMARSは、NASAによって無人で構築が進んでいる、

 #火星基地の先行構築区画にある機械なのです。


「火星!!」

「遠いっ! 遠すぎる! ヒドイっ!」

「さふであろうか」

「総裁、そんな! 非常識ですよ! 宇宙船でも6ヶ月近くかかるんですよ!」

「NASAだってそれで困ってるのに」

「普通はそうであるな」

 総裁は、そこで言葉を区切った。

「だが、我が鉄研には、そんな凡庸な普通など、通用しないのであるな!」

「ええっ、どういうこと?!」

「それは!」

 みんな、注目する。

「まずカレーが来たので、食べたあとにしようかの」

 みんな、アスタリスクも含めて、ずるっとコケた。

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