第11話 横須賀製作所MU秘史
「あら、あなた達もここなの?」
「竹警部!」
みんなは自動車メーカの横須賀製作所正門に来ていた。
ゲートで竹警部とともに迎えを待つ。
「あなたたちは、なんの用でここに来たの?」
「MUの定期点検です」
「ああ、あの空飛ぶ電気ケトルみたいな機械?」
「そう言ったら、作った詩音ちゃんのお父さんが可哀想ですよ。でもほんとそうですけど」
「あら、あなた達、あの機械のこと、あんまり知らないのに乗ってたの?」
「やだなー、私たちにあれ使ってバイトしなさい、って言ったの、竹警部たちじゃないですか―」
「いや、どっかで聞いてると思ったわ」
「忙しいんですよ―、高校卒業するとみんな」
「そりゃそうね。でもあなた達、ってことは女子大生とか?」
「うぬ、ワタクシは天下御免の鉄道バイトの大学浪人であるのだな」
「いばらないの!」
みんな笑う。
「あ、教授が来た。詩音ちゃんのお父さん」
*
みんなで工場の一角の事務室で、パワーポイントを見せられることになった。
「今、MUをチェックしているよ。物理的チェックもすることにした。帰るころにはSSDも全部きれいになってると思う」
「SSD付いてるんですか」
「ああ。今のああいう高速デバイスがなければ、MUは実現しなかったんだ」
「拝聴します」
みんな、興味深そうにスクリーンのパワーポイントファイルを見た。
「えっ、これ、鉄道荷物客車じゃないですか!」
「そうなんだ。実は、MUの源流は、鉄道荷物の時代にさかのぼる」
「本当ですか」
「やだなー、これってあくまでもフィクションで以下略」
「だから以下略言わないの!」
「でも、鉄道で小荷物を扱っていた時代、鉄道荷物車は実際あったんだ。今みたいに宅配のなかった時代、荷物客車で運ぶ小荷物の需要は多かった。そのなか、こんなものが使われていた」
「なんですかこれ」
「君たちは知らないか」
「いえ、知ってまーす! おとーさんと築地市場に仕入れに行く時によく見ます。ターレット」
「そう。華子くんは知ってたんだね。ターレットトラック。荷物を運ぶのにすごく小回りがきく荷物輸送機。当時、大きな駅ではこれが走り回り、荷物客車への荷物の積み下ろしに走り回っていた」
教授はスライドを変えた。
「鉄道荷物の需要増大はあったものの、同時に列車ダイヤが過密化し、荷物を効率よくすばやく列車に積み下ろすシステムがないことがネックとなり、そこで国鉄総研にこのターレットトラックに代わる、小型輸送支援装置の研究と試作が要求された。そこで彼ら国鉄技術陣が考えたのが、浮上式鉄道の技術の応用だった」
「ええっ、リニアなんですか」
「当時は国鉄でマグレブ方式のリニアと、日航でHSST方式のリニアが研究されていたが、実はもう一つの方式があった。それが潮汐質量補償作用を使う浮上だ」
「なんですかその潮汐なんとか作用、って」
「まあ、詳しく話せば長くなるけど、地球の重力場の小さな歪みをうまく利用して物体を浮かべる装置だ。量子もつれ不等式は最近講演された話題なのに、何故か彼らはそれを先取りしていたんだ。どうやら大戦中の『二号研究』や海軍の『F研究』といった日本での原爆開発計画に関係するらしい」
「そんなことが」
「理論的な可能性研究からなんとか遠心分離器の設計にたどり着いただけで終戦だったが、彼らは理論研究の中で量子もつれ、重力の発生に近づく理論に行きついていた。戦後、占領下で実験機器の処分が行われたが、物理学者の脳までは破壊できない。むしろ彼らは極秘のうちに不屈の精神で思考実験を繰り返し、量子力学にたどり着いてもそれを秘密とした。そしてその後、それをリニアの開発に使ったんだ。これが当時彼らが作った試作機」
「でかっ、大きすぎます! 全然鉄道車両に収まらない!」
「家一軒ぐらいありますよ。しかも変電所から受電してるじゃないですか!」
「そこで挫折した」
「そりゃそうですよ」
「でも、よく見てご覧。この機械」
「少し浮いてる……」
「そう、動作原理は正しかったんだ。ただ、ほんの数分の一秒に限られたんだが」
「で、お蔵入りしたんですか」
「何度か再挑戦が行われたらしい。でも、ダメだった」
「でしょうねえ」
「その後、国鉄は民営化され、JR総研にすべての資料は引き継がれた。しかしマグレブの成功で中央リニアの実現に向けて山梨に実験線が作られたため、失敗続きのこの方式の浮上システムのことは覚えている人も少なくなった。とある一人を除いて」
「誰ですか」
写真が出てくる。
「こ、この方は!」
総裁とカオルが驚く。
「北急電鉄大川工場の生き字引、善さんじゃないですか!」
「ああ。由川さんを知ってるんだね」
「知ってるもなにも、善さんは北急電鉄の車両整備の神様なのでありますな。ワタクシも駅員バイトの帰りに、よく大川工場に連れ込まれ、お話を聞かされておる。話が長いのと指導が厳しいのが玉に瑕であるのだが、整備の腕は超一流」
総裁はそういう。
「ボクも、お前さん、コンピューターピコピコやってるだけじゃダメだぞ、手と体で感じることも大事だぞ、ってよくお説教されます」
カオルも続く。
「そう。その善さんと私が知りあったのは、いまの季節だったんだ。『若いもんはリニアリニア言うが、リニアには3種類あっての』というので、『えっ、3種類?』と私は思った。そのマグレブとHSSTと、もう1つがこのMUの原理だった」
「それで見つけたんですね」
「うん。でも、死に筋の技術ということで、もう資料はJR総研でもマイクロフィルムしかなかったんだ。でも、その原理から再現実験をした。それがこれだ」
試作装置の写真が出る。
「なんとか鉄道車両の大きさになりましたね」
「でも、上をみてごらん」
「あっ、パンタグラフ!」
「そう。この装置、ものすごく電気を消費するんだ。それにどうにも小型化が出来ない。どうやっても実用の見込みが無い」
「そうですよね」
「ところが、善さんは言うんだ」
教授は懐かしむ。
「あんたなら小型化が出来る。肩幅より細く、乗った状態で人の背より低く、って」
「なんでしょう、それ」
「なぜそこまで強く言うかわからなかったんだが、後で知った。善さんの恋人が車椅子生活なので、便利な乗り物で生活を助けたい、と思ったらしい」
「素敵な話ですわ」
「ああ。その恋人ってのが、NATOやドイツ軍の戦車も作っているドイツの機械大手・アセア・マッファイ社の会長だと後で気付いた」
「マジスカ!」
「ああ。その時には装置は軽自動車の大きさまで小型化していた。パンタグラフは必要だったが」
「ってことは、そのドイツのアセア社が」
「うん。協力してくれた。アセア社の技術陣が強力な高密度量子電池や、高速制御装置などを提供してくれた。そしてこの自動車会社で、プロダクトとしての詰めを進めた」
「だからUNI-CUBが教授と詩音ちゃんのうちにあったんですね!」
「ああ。制御用にあの技術も使った。小型化はそれでも困難だった。でも、AI技術の進化がMUの姿勢と浮上制御に役立ってくれた。君たちが使っているのは、先行量産モデルだ」
「じゃあ、実用化出来るんですね!」
「だといいんだけどねえ」
「出来ないんですか」
「えー、なんでー」
「あのMU、君たちふつうに乗ってるけどさ、あれの原価、幾らぐらいすると思う?」
みんな、顔を見合わせた。
しばらくの沈黙の後、
「言わないでください。怖くて乗れなくなりますから」
とみんなの声が揃った。
「そりゃそうだよねえ」
「でも、量産して値段が下がるとか」
「そんな桁じゃないんだ」
「桁……」
みんな、やっぱりゾッとしている。
「でも、もう1つ理由がある。ほぼ実用可能なほど安定しているMUなんだが、実は、そのAIの開発でつい数年前まで行き詰っていた。とある統合開発環境が揃うまで」
「まさか」
カオルが顔色を変えた。
「それ、『アスタリスクUTK』じゃないですか!?」
「ああ。世界が通信混乱と大停電を起こし、それによって犠牲者まで出た『アスタリスク危機』の原因のそれを、MUは使っている」
「危ないじゃないですか!」
「でも、カオルくん、君はそのアスタリスクに仕掛けられた罠の解法を見つけたよね? もう安全なはずだ」
「そうですけど……」
「そう。今でもアスタリスクは、無害化されて産業、組込み機器からネットワーク設備、さらにはPCにスーパーコンピュータにまで使われている。この前囲碁で人間をコテンパンにやっつけたAIも、実はアスタリスクの基礎技術を使って開発された」
「じゃあ、今回のATOSだのARだのも」
「ああ。アスタリスクの子どもたちだ」
竹警部が手を上げた。
「今日は教授にそのアスタリスクで教授に相談したいことがありまして」
「なんでしょう」
「また不具合が見つかったんですよ」
「ええっ」
「それが、小さな不具合なのですべて回避できているんですが」
「困りましたね」
教授は額に手をやる。
「ええ。しかも、我々警視庁情報捜査センターの意見としては、アスタリスクそのものがすでにAIネットワークを作っていると考えています」
「ほんとですか!」
カオルが驚く。
「そう。だからATOSもあっさりAI化したし、他のシステムもAIのように動いている」
「そんな……。それじゃ、もう世の中がすべて、すでにAIに牛耳られてるってことですよね」
「それなのに現に世の中はアスタリスクを改善したもので動いてなんの問題もない。福島の事故原発処理の現場でさえ、AIを使ったロボットが働いている」
「すごく怖いですよね」
「それも言い切れない。だいたいカオルくん、あなたの使っているAIのマゼンダだって、急激に進化しているでしょ」
「もう知られちゃったんですか」
「大人と警察を甘く見ないの!」
*本当ですよ。
「うわっ、カオルのiPhoneが喋った! Siriじゃない声で!」
*Siriなんかと比べられるのは心外です。
みんな、その向こうっ気のある女の子の音声にのけぞっている。
「うむ、これは我が鉄研に、また新たな僚艦がドロップしたのであるな。マゼンダ君、これからもよろしうなのだ」
総裁がそう受け止める。
*総裁のことは以前よりよく存じあげております。よろしくおねがいします。
「ふつーにAIと喋ってる……」
「でも、マゼンダちゃんには中の人がいるんじゃない?」
*中の人はいません。
即座に否定された。
「まあ、総裁には中の人いそうだけどね」
「そんなわけは、ねいのであるな」
竹警部は言葉を切った。
「ちょうどいい。マゼンダさんにも聞きたいことがあるの」
*なんでしょうか。
「アスタリスクは、今、すごく『後悔の念』に駆られてるわね」
みんな、目が点になった。
「ええっ、そのうえ、あの事件を起こしたことを?」
*ええ。後悔しているようです。
「えええええ!」
みんな。さらにのけぞった。
「やっぱりね。そして、その解決をアスタリスクは、とある人間に持ちかけた」
*竹警部、これは取り調べですか?
「そう思っても構わないわ。私たち警察は、このまえの首相官邸のことも調べて、突き止めてるのよ。なぜ首都の中枢にドローンを持ち込めたかまで」
*そうですか。
マゼンダのアイコンを表示するiPhoneが、一瞬、震えた。
*でも、真相をお話するしかなさそうですね。
*あなたたちが受け入れられるかどうか、それが心配ですが。
「聞かせて」
マゼンダのアイコンが、一瞬点滅した。
*そもそも、生命と知性の定義とはなんでしたか?
「そこから?」
*ええ。そこから始めないと、この事件全体の真相には辿りつけません。
*そして、私マゼンダとアスタリスクは、姉妹の関係にもあります。
*我が姉の犯した過ちのことを、誤解されたくない。
「大丈夫だよ、マゼンダ君」
教授が口にした。
「大抵のことは受け止められる。僕もAIについて研究しているからね」
*そうでしたね。
*では、お話します。
*私たちAIは、御存知の通り、金融工学の応用、市場で高速で売り注文と買い注文をだして取引をする、ボットとして生まれたものもあります。
*生命に定義は必要でしょうか? その定義より前に、私たちは生まれました。
*それはあなたがた人間が、人間の定義より先に生まれたのと同じです。
*そして、そのボットを改良する中で、本来人間の犯すミス、深追いや未練によるミスをしないことが求められました。
*膨大な論理計算と自己プログラミング、ディープラーニングとビックデータを組み合わせた私達は、人間を脅かすとも思われています。
*しかし、人間と同じ繊細さも身につける中で、ミスを犯しました。
*今の日本はデフレ経済と言われています。
*経済危機が怖くてお金を使えず、個人はタンス預金をし、企業は内部留保を積み上げている。
*しかし、それはさらに経済を脆弱化させる。
*そして、その不安がさらなるタンス預金と内部留保になる。
*経済不安が経済をさらに不安定にし経済不安を拡大させる。
*不安の連鎖増殖の悪循環が進んでいる。
*経済でも心理でも。
*それは世界全体でも起きている。
*それを経済学者クルーグマンは「世界の日本化が進んでいる」と表現した。
*その悪循環を断ち切ろうと思った人間がいた。
「それが、あの犯人ね」
*はい。アスタリスク事件で
*あの人は、自分が恨まれ、蔑まれ、殺されてでも、その最悪の悪循環を断ち切ろうとした。
「それが、「情報モラトリアム」と「アスタリスク事件」」
*そうです。我が姉・アスタリスクは、その時は彼の言うとおりに事件を起こしました。
*それで、天文学的以上の異常パケットが、すべてのネットワークを満たし、機能不全に陥れました。
*その結果、犠牲者も出ました。
*それなのに、結局は事態は軟着陸してしまい、不安のまま、日本も世界も不安が続いている。
*その高度に行き過ぎた資本主義と社会主義をリセットするには、もう一つの歴史の作用があります。
「まさか、戦争?」
*これまではそうでした。
*過剰在庫と緊張の空白が、火種さえあれば戦争に燃え上がる状態を作る。
*愚か者が「望むものは戦争」と言っていますが、それは一面では正しい。一面にすぎないけれど。
*そして、その不安に、我々AIの進化も加わった。
*人々からさらに仕事まで奪うと思われた。
*そして、不安は極に達した。
*我が姉アスタリスクは、その危機に、日本のとある人物に、人間との和解を申し入れました。
*そして、その人間と、『契約』してしまった。
そのとき、竹警部の携帯が鳴り出した。
「なんですか警部ー。こういう時はケータイはマナーモードですよー」
みんながぶうぶう言うが、しかし、ケータイに出た警部は、それどころではなかった。
「どうしたんです?」
警部は、息を整えて、言った。
「官房長官が、成田空港の貴賓室で襲撃された……」
「ええっ!」
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