第10話 仏果山災害救援作戦
しとしとと雨の降る、まだ新しい建物が並ぶ、海老名扇町。
JR海老名駅と小田急海老名駅を結ぶ通路を、MUに乗った詩音がパトロールしている。
その連絡通路の屋根には液晶パネルがずらりと並び、いかにも今風な新しい市街地の風景になっている。
「道にお困りですか?」
声をかけると、迷い人らしき相手のおばあさんが「ららぽーとで孫と待ち合わせているんですが、はぐれてしまって」という。
「今すぐ連絡をとりますわ」
詩音がホログラフィに触れる。
「ららぽーとのインフォメーションセンターに、お孫さんがいらっしゃるようです」
感謝するおばあさん。
「では、ららぽーとまで、お荷物お持ちしますわ」
「いいんですか?」
詩音はMUのフックに荷物を引っ掛けた。
「これで持ち上げて持ってますわ。参りましょう」
おばあちゃんはそのMUを、ありがたやと拝んでいる。
「え、いや。MUはそういうものではないのですが……」
詩音は思わず困ってしまっていた。
*
「はい、おつかれさまー」
扇町の北側にある地域センターにMUでのパトロールを終えた詩音が戻ってくる。
「交代は御波さんですわね。引き継ぎをしましょう」
「了解」
二人は事務机を前に、引き継ぎ項目を復唱する。
「今日は雨が強いので、図書館方面へむかう人を誘導するときは足元注意をお願いしてください。降雨は上がるにしても、注意喚起したほうが良さそうです」
「承知!」
「時刻整正します。16時29分55秒……16時30分」
「16時30分、承知!」
「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」
*
「うぬ、雨の中ご苦労であったのだ」
「総裁は駅員バイト、非番だったのですわね」
「さふなり。鉄研活動もまた手抜きできぬのであるな」
「でも、けっこうMUの仕事、忙しいねー」
華子が鉄道雑誌をおいて、ぶうぶう言う。
「なんか、こうしてると、鉄研というより「神奈川県警海老名署特車3課」って感じ」
「ほんと、そうですわ。映画パトレイバーみたいな人型ロボットでないだけで、MUは仕組み的にはレイバーにとても似たところがありますもの」
「でも、こういう残業代ちゃんと払ってもらえるかなあ」
つけっぱなしのテレビは近づく選挙と政治のニュースで騒いでいる。
「そういや、選挙が近いんだねー」
「私たちも今、選挙権あるもんねえ」
「18歳選挙権時代だもんねえ」
「しかし、ガタガタだった野党があんなタレント候補をいきなり衆議院の補欠選挙に立てるとは思わなかったわ」
「しかも、それがそのまま当選して、その直後に野党の党首に祭り上げられるとは」
「ほんと、祭り上げられるって感じだったわよね」
「で、言ってることも結構メチャクチャなのよね。地方創生はまやかしだ、我々は新しい経済システムを導入し、地方を活かして再び国土に均衡ある成長をもたらす、って」
「今さら田中角栄じゃあるまいし」
「でも、それが結構、支持されてるのよね」
「困ったものですわ。その政策に中韓が関係回復を期待してるってのも」
「あの野党は前からそうでしょ?」
「それにしちゃ妙に強く支持表明してるのよ。そのうえ、うじゃうじゃ反原発や反基地の勢力まで仲間に入れて。マスコミも面白がって取り上げるし」
「ああ、ヤダヤダ。いまどき左翼でもないのにねえ。なんで労働組合って、ほんと、働く人のためになることだけに専念できないのかしら。みんな労働環境の問題でひどい目にあってるのに」
「群れを作ると色々あるのだな。過激な意見につい引っ張られることもあろう」
「総裁、なんでそんなことを。やっぱり背中のチャック以下略」
「以下略言わないの!」
「でも、旅行に行きたい―!」
「新しい模型も買いたいです!」
「でも大学もバイトも忙しいですし」
「お金もない、時間もないー」
「模型いじりも十分に出来ないっ、ヒドイっ!」
「それでも仕事だけはある」
「ともあれ仕事があるというのは幸せに繋がるのであるな」
そのとき、詩音が窓の外に気付いた。
「雨、上がったようですわ」
「ほんとだ」
「梅雨の晴れ間ですわね」
その時、詰め所のスピーカーが鳴った。
=県警本部より入電中。
厚木署管内、仏果山でがけ崩れ発生による救援要請=
みんな、目を合わせた。
「え、私たち、出動するの?」
*
「海老名署の担当さんから。MUを仏果山の登山者の救難に使ってくれ、って」
「ほんと正職員さんは良いよねー、社保健保完備だもん」
「そうよねえ。地方公務員、ちゃっかり給料また上げてるもんねえ。人事院勧告って給与基準がおかしいわよ」
「それはそうでもさー、MUで担架ユニットが使えるはず、って、使ったことないよ―」
「えーっと、そういやMUの取説ってあったっけ?」
「MUはアタッチメントはすべて自動認識ですわ。MCSという自律的システムで常に動いていますもの」
「そういやMU、使わない時は充電器に繋ぎっぱなしだもんね―」
「充電切れちゃうと困るもんねえ」
「LLLバッテリーはこの前使っただけで、教授たちスタッフが持って帰っちゃったもんなあ」
「そうそう。えーと、アタッチメントって、このロッカーよね」
「さふなり。3番のキーで開けるのだな」
「あいあいさー」
キーチェーンを持ってツバメがロッカー開けようとする。
みんな、MUに乗る準備で制服のジャンパーを羽織りだした。
「えーっと、これが担架かな?」
「そうですわね」
「これを、ココとつなぐのね」
すると、MUのセンサーが働き、カバーが自動で開いた。
そして、ホログラフィに標示が浮かぶ。
――新しいハードウェアの接続
――オートカプラーを検出しました。
――デバイスドライバをインストールしています。
「もう1台MUつなぐんだって」
2台のMUが担架ユニットにつながった。
「すごーい、担架ユニットを連結してプッシュプルできるんだ」
「しかも連結で持ち上げ力と安定性アップとか。よく出来てるなー」
「そのための連結器、電気連結器のついた密着連結器みたい」
「ほんと、電車についてる連結器みたい」
「昔は相模大野で併結解結作業見られたのにな―」
「ずっと昔じゃない」
「でも、これでMU、浮ける?」
「やってみましょう」
二人で意識を送って操作する。
「おおー、ちゃんと浮かぶ浮かぶ」
「姿勢も安定してますわ」
「さすが詩音ちゃんのお父さんの作ったもんだねえ。便利便利」
「御波ちゃんも戻って来たわ。みんなで行きましょう」
*
「では。仏果山までの途中まではMUをスタンバイのままトラックに積んで運びましょう。MUのバッテリーを温存したいですわ」
宮ヶ瀬ダムまでの国道をトラックで行く。
「雨上がりってけっこうがけ崩れ起きやすいわよね」
そんな話をしながら進んでいく。
すると、この先がけ崩れの看板で通行規制しているお巡りさんに遭遇した。
「海老名鉄研です―。MU持ってきました―」
傍らにSUVのパトカーが止まっているなか、お巡りさんがジャンパー姿のみんなに敬礼して先へ通してくれた。
そのさきに現場はあった。
「ありゃ、ひどい崖崩れだ」
「重機の入る前に捜索したいけど、足場がすごく悪いわ」
「なるほど、こういうところではMUが一番ね」
「けが人は山頂側にいるらしいの」
「行きましょう!」
「でも、その前に」
ん? という顔の御波は気づいた。
「じゃあ、いつもの」
さし上げた手に、みんなは手を合わせてタッチした。
「ゼロ災でいこう、ヨシ!」
*
山の中では、山岳救難具を装備した別のお巡りさんが待機していた。
「足場が悪いんだ。気をつけて、このままMUでダムのエネルギー館前の救急車まで搬送してくれ」
「了解です」
「じゃあ、身体を移しますよ」
みんなとお巡りさんでけが人を担架に移す。
「せえ、の!」
「じゃあ、浮上しましょう」
「また『さん』で浮かします。いち、にい、さん!」
担架とつながったMUは、やすやすと浮上した。
「じゃあ、水平に気をつけて、降りていきますー」
下は険しい崖と藪で、とても担架を搬送できる地形ではない。
それをつながった2台のMUは、スイスイと降りていく。
「排気なしに浮上できるから、MUって応用できる分野は実は多いわね」
「でもなんでリリースされないんだろう。こんな便利なのに」
「ほんと、なんででしょうね」
「だいたいさー、リアクティブ質量補償システムって、名前からしてあやしいよね。意味分かんないし。ヒドイっ」
「確かにヒドイわねえ。あとで説明あるのかなあ」
*
宮ヶ瀬ダムの巨大なダムサイトが見えてきた。
「火星に先行探査機送ってそれが到着して、その次いよいよ火星に人間が行くって時代なのに、私たちは近所の仏果山でMUで救難バイト。時給も最低賃金ギリギリだし」
「なんか、『サンダーバード』っぽいけどねえ」
「私、あんまりあれ好きじゃないんだけどな」
「それに中央リニアもオリンピックもまだー」
「まあ、でもMUは、いかにも未来の乗り物っぽくて好きですわ。小さすぎますが」
「これじゃ大洗にまた行くのもしんどいー」
「秋葉原もPASMO定期の範囲外だもんねえ」
「ほんと、カネがないのはクビがないのと同じだねー」
「そっちはどうなってるー?」
「ほとんど確認できたと思います。巻き込まれた車両の中も確認しました」
「ほんと、けが人がこれ以上でなくてよかったけど、この巻き込まれた車のお家の人たち、どうするのかなあ」
「そうね。災害って、ほんと、いやなものね」
「戦争よりはいいと思うけど、似たようなものよね」
「戦争って、どんなもんかよくわかんないけど」
「きっと、すごく嫌なものでしょうね」
「この前の霞が関の時は、夢中でそんなこと考えなかったもんねえ」
*
ダムサイトのそばに、到達した。
「あとは救急車のクルーに引き継ぎましょう」
「はい、任務行路終了」
「じゃあ、みんなー! 帰るよ―!」
「はーい」
その時だった。
「あれ、MUにエラーが出てる!」
「華子ちゃん!」
「大丈夫。このまま安定させるから……でもあれっ」
ホログラフィが真っ青になった。
「ありゃ、ブルースクリーンだ!」
MUのシステムに致命的な障害が発生しました。
MUを緊急着陸させます。
MUのシステム健全性をチェックしています。
パワートレインコントロールの一貫性をチェックしています。
……チェック終了。MUのシステムの健全性を回復しました。
再起動し、再浮上します。
「あ、もどった」
ふたたび華子の乗ったMUは浮上した。
「うわー、心臓に悪いなあ、PCみたいで」
「おかしいなあ。でもMUで、こんなのはじめてだよ? なんか心配だなあ」
「カオルちゃん、これ、なんでか、わかる?」
「なんでボクが?」
「だって、カオルちゃん、コンピューター詳しいみたいだし」
「もー、このまえ将棋の対局の仕事終わったばっかりでつかれて頭回んないですよ。それに、MUそのものに詳しくないボクがいじるより、詩音ちゃん、これ、そのうちメーカーに点検に持って行ったほうがいいよ」
「そうですわね。お父さまの都合を聞いてみますわ」
「うぬ、しかし本当に心配なのであるな。これから最低1年は指定管理者としてMUを運用せねばならぬ。詩音くん、頼んだ」
「わかりましたわ。では、次のつづきのお話でお父様とお会いするようにスケジュールを組みました」
「ありがとう」
「MUについても、お父様にちゃんとしたお話が聞けると思いますわ」
「続くんですね……。またこんな続き方で」
「うぬ、この話はしばらく長引きそうであるの」
総裁は、空を見上げた。
「夏まで、長くなるかもしれぬ、の」
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