第9話 吉祥寺隔靴掻痒-原作者がちゃぶ台を返すとき
「うむ、再び部誌の編集会議なのである!」
地域センターの詰め所。すっかり鉄研のみんなの部室となったそこで、総裁が宣言する。
「ここでワタクシの発案で、鉄研部誌に増刊を作りたいのであるな。すなわち『エビコー鉄研文庫』の創刊なのだ」
「えー、なんで唐突に?」
「最近拝見した御波くんの最新作、現代装甲列車をテーマにした鉄道冒険小説があまりにも秀逸での。それを原作とし、ツバメくんの秀麗イラストで飾って文庫化し、それを鉄研の新たな収益事業としたいのであるな」
「あ、ありがとうございます!」
御波は恐縮している。
「制作担当は詩音が行うのであるな。まさに鉄研オールスターズの仕事としたい。だが、ツバメ君は目下、吉祥寺のアニメスタジオのバイトで身動きが取れぬ。その連絡と制作進行は詩音くんにがんばってもらいたい」
「光栄ですわ。御波さんの本格的な鉄道冒険小説、拝見して私も感服しました。子どもたちを守り、戦乱の大地を駆けるあの現代装甲列車の孤軍奮闘ぶりは涙なくして読めませんでした。それでも戦い、守りぬいたラストシーンはまさに前向きな勇気に満ち溢れ、こんな時代だからこそ発表し読まれるべきという意義を感じましたわ。私もぜひ世の中に出したいと思ったのです。とはいってもBCCKSの電子書籍なのがちょっと残念ですが」
「それでも、みんなと一緒に世の中に出るだけで嬉しいですよ」
御波は照れていた。
*
「吉祥寺のスタジオのツバメさんから連絡がありましたわ。ツバメさん的にも『これ、アニメになっちゃうんじゃない? というか、スタジオの仲間もみんな、この話ほんとすごいね、って言ってるよー!』とのことです」
「ほんと?」
「で、これがそのツバメちゃんの描いた、第1話の扉絵です」
御波は目を見開いた。
「す、すごい力作!!」
「ツバメさんも本当に力入ってますわ。現代装甲列車とそのクルー、そして列車長の立ち絵。なんとも凛々しく素敵ですわ! シビレマス!」
詩音も興奮している。
「そうですね!」
御波は、その日、そのイラストを枕元にiPadで表示したまま、眠った。
――ほんと、いい原稿書いてよかったなあ。
それをツバメちゃんにいいイラストにしてもらえて、嬉しい!
これからも頑張って書こう!
*
しかし。
その次に送られてきたツバメのイラストのラフを見て、御波は正直、言葉に詰まった。
「あれ?」
でもきっとよくなるだろう。
とはいえ、ツバメちゃんの装甲列車とそのクルーのイメージ、かなり違う……。
御波は自分で自分に言い聞かせた。
ちょっと、絵全体に生々しさとエグみが強すぎる、けど。
――でも、きっと修正してくるよね。ツバメちゃんのことだもの。
だが、その期待と違い、次々と出来上がってくるイラストと御波のイメージのズレが大きくなってきた。
「ツバメちゃん、吉祥寺のスタジオに篭ってアニメの仕事してるだろうしなあ……。打ち合わせの時間ないし、制作管理は詩音ちゃんの仕事だし」
御波は、ぐっとこらえることにした。
「私がわがまま言っちゃダメよね。ツバメちゃんには考えがあるんだろうし」
しかし、それも儚いものだった。
どんどん回を重ねるごとに、ズレはひどくなった。
そして、もう解決できないほどイメージが違う。
――なんで分かってくれないんだろう。
――自由に書いてもらった前の絵はものすごく良かったのに……なんで?
――細かくいらない設定した原作者の私がそもそもいけなかったのかな。
「私の細かい設定が邪魔してるのかな……」
御波は自分を責めた。
「でも、全部私の細かい設定通りにって言ったら、ツバメちゃんの個性がなくなっちゃう。それに、ここまできて、リテイクは、言えない……」
御波は、悲しい気持ちになった。
「でも、この絵はちょっと……無理。話と違いすぎる。ツバメちゃんもこのズレで、ひどいことになる。ツバメちゃんにほんと、申し訳ない。詩音ちゃんにも」
御波は、仕上がり間近のツバメのイラストを見て、慟哭した。
「私、どこで間違えちゃったんだろう……」
*
新宿に近い都心の小駅、北急電鉄小前駅。ここで総裁は駅員のバイトをしている。
その駅員バイトの終わった総裁に御波は会いに行き、すべて、思っていることをぶちまけた。
「うむ、このままだとだれも幸せにならないのだな」
総裁はすぐに察した。
「結局、ツバメも作画担当として、明らかに話と違和感のある絵を描いたことで、絵師としての評価はマイナスにしかならない。善意でがんばって描いたのに、それではたまらないだろう」
総裁は着替えを終えて、傍らに洗濯に持って帰る制服の入ったバッグを持った。
「御波くんも、満足の行かない絵で勝負することになる。原作者は御波くんであるからの。結局は全体の責任を取ることととなり、損となる」
そして、総裁は北急電鉄資本のコンビニ・Hokkyu-HXで二人分の飲み物を買って、片方を御波に渡した。
「詩音くんも、調整役として間に板挟みになった上でその結果では、とても割にあわない」
御波は聞きながら、そのプルタブを開けた。
「メディアが違うということは、しばしば全員が斯様に割に合わない、皆が不幸になる結果になるのだな」
総裁のその言葉に、御波は、苦しげに言った。
「じゃあ、ヤメるしかないの?」
総裁はじっと聞いている。
「私が原作者として、『ちゃぶ台返し』するしかないの?」
御波は悲痛な声になった。
総裁はなおも聞いている。
「でも、みんなが不幸になるなら、そもそも、やめてしまうしかないと思う」
御波は、泣きべそだった。
「私は、みんなでいい作品作って、みんなで幸せになりたいのに」
悲痛な声になった。
「なんで、こうなっちゃうんだろう……」
総裁は、うなずいた。
「それは御波くん次第であるな。ここでヤメるか、ヤメないか」
御波は泣いて、眼を腫れさせていた。
「しかし、はたしてこの問題、答えはその2つしかないのであろうか?」
総裁は小首をかしげて御波を見た。
「ワタクシはそんな単純な問題を、君たちに単純に解決してもらおうとは思ってはおらぬ。君たち3人だからこそ出来る解決を期待しておるのだ」
「でも……」
御波は言葉に詰まっていた。
「みんなが善意で動いている。だれも悪意でやっていない。だからこそ困難が大きいのであろう。創作における感性とイメージの共有というのは、あまりにも難しい。それはもともと当然のことなり」
「総裁……」
「御波くん、答えは君の心のなかにある。解決は常に、掘り下げて考えることしかないのだ」
総裁はそう言うと、微笑んだ。
「そして、御波くん、君にはそれが出来るはずなのだ」
*
――ツバメちゃんと私の間で、何が必要なんだろう。
御波は自分の部屋に帰った。
その部屋の子供部屋の学習机は、高校時代以前からそのままにしてある。
そして、みんなとこれまで作ってきた鉄研の部誌をオンデマンドで出力した紙本がその机の上に乗っている。
御波は、それを見つめて、考えこむ。
――私の脳の中のイメージは絶対にツバメちゃんには見えない。
でも、私はツバメちゃんには、ツバメちゃんらしい、いい絵を描いてほしいと思ってる。
……そうだ、私の方から歩み寄るしかないんだ。
……だから、ツバメちゃんに、具体的に見せられるものを見せるしかない。
ツバメちゃんの意図をまず私がよく理解して、その上で私の意図を具体的にわかってもらおう。
そうやって、両者の意図をすりあわせるしかない。
「すりあわせるしかない」
――具体的な指示で、次善を考える。
――そうすればきっと、ツバメちゃんも方向を分かってくれるはずだ。
御波は、リテイクの指示図を作り始めた。
――正直、一番は全部やり直せればと思うけど、私にもそのやり直しの図は見えない。だからそれは絶対に要求出来ない。今さらそんなムシのいいことは言えない。
でも、イラストの部分のここを具体的に直せば、私の思う感じに近くかわると思う。
そもそも私が絵を描けば、全部を私の思った通りにできるけど、それがつまるところ、素人の落書きでしかないのは自覚している。
その限界を超えるには、ツバメちゃんのあのすごい作画力を借りるしかない。
そして、あの詩音ちゃんとツバメちゃんと一緒なら、たどり着ける高みがあるはず。
――だから、これが今の私の限界。
そして、御波はチャットで呼び出した。
「詩音ちゃん、ツバメちゃんにこの図の修正、お願いできない?」
一人で考えて一人で描いた絵は、確かに自分の思い通りになるけど、自分の殻の中でしかない。
二人で考えて二人で描いた絵は、どうしても思い通りにならないところもあるけど、でも自分の限界を超える部分もできる。
それに、期待しよう。
御波は、祈る気持ちだった。
*
そして、本が出来上がった。
みんなで部室にしている地域センターの詰め所でその仕上がりを見ている。
「指示以上にいい仕上がりにしたもんね。さすがはツバメちゃん!」
御波が言う通り、結果ツバメが描き上げたイラストは、途中で御波が見て危惧したものとは次元が違う、すばらしいものだった。
「言われてさ、私がそれだけ修正して『はい、いっちょ上がり』って終わらせるわけ無いじゃん。指示図見て、ああ、御波ちゃんが言いたいのは、本当なこういうことなんだな、と思ったら、ああ、私ずれてたなー、なるほどなー、って思えて。そしたら方向がわかって、そっちにさらにどんどん良くしようと思えてきたの」
ツバメはそう言いながら、絵の仕上がりに満足気だ。
「吉祥寺のスタジオの仕事は大丈夫なの?」
「やだなー、これぐらい抜けだしても怒られないわよ―。すぐ戻らなきゃだけど」
ツバメは笑う。
「私も御波さんとツバメさんの間に入って、ほんと、どうしていいかわからなくなりました。どっちの言い分も感性も、心底理解できるのです。どちらのイメージも解るのです。でも、それを私が具体的にどうマッチさせたらいいかわからない。けれど締切だけは着実に迫ってくる。私は常にお二人共すばらしい才能をお持ちと思っているからこそ、私はどんどん何も言えず、身動きが取れなくなっていく。それで本当に毎日、正直、胃が痛みましたわ」
詩音もそう思いを言う。
「うむ、今回はそれが、たまたまいい方向にまた回ったから良かったのであるが、これが万能処方箋であるとは思えぬ。おそらく世の中でこれまでも、きっとこういう原作者と制作側の軋轢はあったし、これからもいろいろなところで続くであろう」
総裁は頷く。
「とくにこの種の問題では、恐ろしいことに3者間のリスペクトの関係すらじゃまになることすらある。かといってリスペクトなしに好き勝手に意見をぶつけあった挙句、空中分解することもある。あるいは片方だけが言い放題で片方がゾーキン扱いになり、結果やはり不幸な大爆発が起きることもあり得る。かといって、ただコミュニュケーションがとれていればいいだけという単純で安易なものでもない」
総裁は続けた。
「そもそも創作とは一人の孤独な作業であるからの。人数多くしてするのは難しいのだ」
「ほんとうにそうですわ」
詩音が息を吐く。
「そして、他人とともに創作するということは、その軋轢を超え、一人の仕事を超える何かをともに作ることだ。それは3者それぞれに、とても力量のいることだ」
総裁はそう言った上で、みんなを見た。
「だが、だからこそ、あえて挑戦する意味があるのではなかろうかと思う。処方箋が定まっていることをただ繰り返すだけでは、なんの進歩も創造性もない。苦難を理解し、それでもそれを越えようと努力することにこそ、人は心打たれるのだ」
鉄研のみんなは、その言葉をかみしめている。
「今回、3者3様に努力できたことが、なによりもの成果であろう。そして、3者3様に限界まで出来たのだから、これ以上はもう、創作の神の絶対不可侵な領域であろう。3者それぞれに『もう少し』、と思えても、それは今、どうやってもできない。故に、また挑戦しようと思うのだ。もしその『もう少し』がなくなったら、もう芸事の伸びしろも進歩もなくなってしまうのだ。そのもう少しを見ようとする心こそ、本来の創作の魂ではなかろうか」
みんな、頷いている。
「そして、制作進行の詩音くんも、スケジュールに悩みながら、その板挟みをこらえ、二人の間を最後までとりもったのも、優れて創作的な、すばらしい仕事であったと思うのであるな」
「そうね。でも、ほんと、よくなった! いい本にできた! ありがとう!」
ツバメが喜んでいる。
「ほんとねー」
「これで売れればいいんだけどねえ」
御波もそう照れながら喜んでいる。
「それとこれとは別なり。ただ、ワタクシは、たとえ売れなくても、これを続けるつもりなり」
「ええー!?」
「このようなプロジェクトは、わがテツ道の研究の題材としては興味深いのだな。まだまだ、事例と経験として掘り下げていく価値があると見た」
「いいなあ、3人でそんなふうに一生懸命なものづくり出来るとか」
カオルが言う。
「ぼくもー!」
華子も続く。
「カオルちゃんのダイヤ解説とか、華子ちゃんの食レポで増刊できるといいなー」
「それも今後に期待であるな」
「でも、ここで、総裁」
そのとき、総裁を囲むみんなの眼の色が、変わった。
「今日という今日は、総裁の背中のチャック降ろさせてもらいます!」
「うぬ! 何をするのだキミタチ!」
総裁はみんなの気色に、慌てて逃げだす。
「総裁の中には、本当に総裁のキグルミ着てる『中の人』がいますよ、絶対!」
「そんなことは、ねいのである!」
総裁が悲鳴を上げる。
「もう否定してもダメ!」
「ゆるさん! もー許さん! ちょー許さん! 絶対許さん!」
みんなでそう口々に言いながら、総裁を追いかける。
「キミタチ、それはノーサンキュー、なのである! ヒー!」
そしてそこから総裁は小1時間ほど、みんなから追いかけ回されたのであった。
「うぬう、1時間もみなと追っかけっこして、いささかお腹がすいたのである」
「総裁、それでもほんと隙見せないなあ……」
「ともあれ、みなで食事にするのである。ここはワタクシのバイトの給料が出たので、みなにオゴるのだな」
「あー、総裁、それで買収する気でしょ!」
「安い買収だなあ」
「そんなことも、ねいのであるな。
そして、この物語もまた、続くのである!」
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