第8話 海老名扇町怪異譚


「編集会議を始めまーす」

 鉄研の新たな拠点となった海老名扇町、地域活動支援センターの詰め所。

 そこで部誌の編集会議がはじまる。編集長は詩音で、すぐ華子が書記の役を買って出た。

「いつものように表紙イラストはツバメさんにお願いしますわ」

「いいわよー。いま旬なネタと言ったら『トワイライト瑞風』かなー」

「お任せしますわ。いつもツバメさんのイラストは秀逸ですもの」

 でも、なにか部員たちがざわめいている。

 気づいた詩音が水を向ける。

「なにか、特記すべき話題があれば、部誌、特別編成もアリだと思うのですが」

「詩音ちゃん、詩音ちゃんはMUでのパトロールの時、見なかった?」

「見た? 何を、でしょうか?」

「幽霊」

「えっ、それは機関車に動力を積まず、客車に動力を積む形式の模型のこと?」

「それは模型のユーレイ。噂になってるのは、幽霊、ゴーストよ」

「そんなものが実在するのですか?」

「いや、そもそも私たち自身が実在しないから、なんともだけども」

「そんなこと言わないの!」

「でも読者の皆さん、揃ってツッコむところでしょ。『リアルな天狗』みたいなもんだし。架空のものにリアルもへったくれもないもん」

「まあねえ。MUなんて空飛ぶ電気ケトルみたいな乗り物に乗って私たちが警察の下請けのバイトしてる時点でリアリティもなんもないからねえ。ヒドイっ」

「ひどいかもなあ」

「かといって、完結したこの物語世界内で、登場する事件の辻褄の整合性については著者に第一の構築者責任があると思いますわ」

「詩音ちゃん、なぜにいきなりそんな難しい言葉を」

「あら、私としたことが。大学でちょっと勉強した言葉がつい」

「詩音ちゃん、ほんと真面目だもんなー」

「うむ、ともあれ、幽霊がこの海老名中心部にいるという噂は、ワタクシのネットで仄聞するところにも至っておるのだな」

「総裁も知ってるんですか」

「いかにも。はじめ我々MU操縦用のARヘッドセットを使っている者だけなら話は容易い。秋葉原駅で遭遇したAR壁と同じと思うのであるな。しかし、このヘッドセットをつけていない一般の方々も噂しておるのである。これは看過できぬ事態なり」

「でもさー、ただ見ただけじゃん。『えび~にゃ』が歩いたとか」

「え、『えび~にゃ』ってこの海老名のゆるキャラ?」

「そう。西口バス停にある『えび~にゃ』の銅像が、神奈中の終バスが行った後、駅前をうろついてるのを見たとか」

「え、東口のビナウォークの五重塔の上を人魂が飛んでいたことじゃなくて?」

「えっ、私もそんなの聞いてないわ。私が聞いたのは近くの厚木基地の旧軍のパイロットの幽霊が敗戦を悲しみながら乗るべき戦闘機を探して夜な夜な歩き回っているって話だけど?」

「じゃあ、ボクの聞いた秋葉山古墳群にUFOが頻繁に発着してるって話はなにー!」

「夜中に明かりをつけない幽霊電車がソロソロと走っているっていう話は!」

「うむ、怪異の話がこれ程とは。これは事情を整理したほうが良さそうなり」

「そうですわね。これが整理できたら、そのレポはいい研究成果として部誌に発表出来ますわね」


「じゃあ、ボクはちょっと友人にあたってみます」

「友人? カオルちゃんの友人っていっぱいいるからなあ」

「大丈夫です。彼女はよく働いてくれますから」

「総裁は?」

「うぬ、今夜はワタクシはこのセンターに泊まりこみなのだ」

「えっ、なぜ?」

「実家が旅行に出てしまうでの。駅員バイトに行くにも、ここのほうが便利なのだ。兵站確保もしやすい」

「兵站って、それ、コンビニに夜食買いに行きたいってことよね……」

「総裁、ホント食はハズサナイなあ」

「じゃあ、せっかくだからみんなでここに泊まりましょう」

「おおー! 合宿! いいねー!」

「うむ。このセンターも24時間運用できるよう守衛さんにもお話はしてあるのだな」


「じゃあ、私もここに泊まりますわ。

「え、詩音ちゃんも?」

「明日、大学の授業がまた1限からあるのですわ。各駅停車しか止まらない相武台前のお家からより、この海老名から快速急行に直接乗ったほうが楽に大学に行けるのです」

「なるほどねー」

「じゃあ、今夜、パトロールしながら、海老名に蔓延する幽霊の謎の解明を図りましょう!」

「じゃあ、あれをやるのであるな」

「あれ?」

「そう、あれである」

 みんなは、手を合わせて、コールした。

「ゼロ災で行こう、よし!」


 *


「久しぶりねー、合宿!」

 部屋はこの地域センターの詰め所を使い、寝室に隣の会議室を借りた。

 寝具は防災用の備蓄毛布と、体育用のマットレスを使う。

「せっかくだから、現役生へプレゼントするジオラマ用電気回路も仕上げちゃいましょう」

「あいあいさー」


 *


「はーい、合宿カレー!」

「おおー、久しぶりの食堂サハシ流!」

「味付けは総裁のお兄さんの乗り組む護衛艦「いずも」の調理班に倣ったんですけどね」

「この添えられたキャベツの千切りがいいよね―」

「いただきまーす」


 *


「しかし、幽霊ってホントなのかなあ」

「おそらく何かの誤認ですわねえ」

「詩音ちゃん、大学行く前からそうだったけど、大学行ってからさらに生真面目になった―」

「科学的な分析と検証に基づかないものは、全て憶測ですわ」

「うむ、まだ世の中には解明できぬものもあるが、とはいえ多くは人間の誤認であろうの。それについては現在カオルくんがあちこちに問い合わせて物証とデータから推論しようとしておる」

 そういいながら、みんな模型だの鉄道書籍だのを見ている。


 そして、夜まで、結局いつもの楽しい合宿となってしまったのだった。


 *


「む?」

 合宿のシメの夜食のカップラーメンの殻を片付けに、センターの廊下に出た総裁は、その人影に気付いた。


「はて、ここにだれかが入れる経路があったであろうか」

 独り言をいう総裁。


「誰かはわからぬが、こんばんは、なのだ」

 その人影は、しばらくもぞもぞしていると、


 なんと、総裁に斬りかかってきた。


 その切っ先をバックステップでかわし、すぐに雨傘を手にする総裁。


「クセモノさんなのであるのか?」


 また斬りかかってくるのを、総裁は雨傘で叩き返す。


「うぬ!?」


 寸時、視線を交える。


 また斬りかかってくる人影を、総裁は回避する。


 回避した総裁は、構えを整え、雨傘を剣道で言う中段に構えた。


 間合いを測り、呼吸を整えた。


 次の一撃がくる!


 総裁が構えたその時!


「総裁、何やってるんですか?」


 声をかけてきたのは、御波だった。


「何を、と」


 総裁は目を戻すと、


 その斬りかかってきた人影は、影も形もなくなっていた。


「御波くんは、見なかったのか」

「何をです?」

 総裁はしばらく考えこんだ。


 そして、肩を回した。

「うぬ、久しぶりに剣道の型でも思い出そうかと思うての」

「総裁、剣道もできたんですか」

「剣道4級」

「なんですか、その英検4級みたいな嗜み程度の剣道」

「まあよい。寝よう」

「そうですね」

 そうやって寝室に戻る時だった。


「あれっ!」

 みんな、声を上げた。

「線路! 見て、線路に列車が!」

 海老名の本線の線路を明かりをつけない真っ暗な通勤電車が、不気味にゆっくりと走っている。

「カオルちゃんは?」

「いません!」

「え、これ、どういうこと!」

「なんですか、もー」

 とぼけたカオルの声とともに、そこに光り輝く球体が飛んできた。

「人魂!」

「UFO!」

 そして、その下の路面をちょこちょこと歩いている奇妙ないきもの。

「ひゃあああああ!」


 *


「だれが人魂なんですか」

 光の球体は、光が弱まると、カオルの乗ったMUになった。

「MUのライト……?」

「UFOと人魂の正体は、MU!?」

「そうだったみたいです」

 カオルが降りてきた。

「MUの夜間衝突防止灯の誤認だったんでしょうね。で、あの幽霊電車は、電鉄さんの新車ですね。新しく搭載した誘導電動機制御装置が信号や踏切に誘導障害を起こさないかの調査のために、夜間、踏切を全部閉鎖して試運転してるんです」

「じゃあ、パイロットの幽霊は」

「それも見つけたんですよ。これ」

 カオルがiPadで写真を見せる。

 それには旧海軍のパイロットと思しき飛行服の人間が写っているのだが、

「あれ、なんか、この飛行服、破れてるって言うより、カットしてない?」

「というか、エロくね?」

「ぃゃらしい~!」

 御波がまた変な声を出す。

「ということは」

「おっかしいなー、KENZENなのになー」

 この声は!

「マナちゃん!」

 今年鉄研の3年生となったみんなの後輩・マナが現れた。

「そうです。マナちゃんが夜、公園で夏のコミケに合わせてコスプレの衣装合わせとダンスの自習をしてたんです」

「なんて人騒がせな」

「というか、マナちゃん、受験勉強は?」

「やだなあ、コミケと受験勉強は別腹ですよ―」

「そうなのかな」

「じゃあ、このえび~にゃは?」

「すみません」

 カオルが謝るとともに、カオルのiPhoneが激しくチャイムを鳴らす。

「まるでiPhoneが怒ってるみたい」

「紹介します。ぼくの仕事を手伝ってもらってるAIの“マゼンダ”です」

「AI!?」

「あのディープラーニングだのビッグデータだのの?」

「ええ。ぼくを育ててくれた大学施設に設置されているグリッドマトリックスタイプAIなんですよ」

「でもそれが」

「しばらくジョブを次から次へと投入してたんですが、マゼンダがこういうメッセージを」

 画面にエラーメッセージが出る。

 Error :  Given work is too many.

      Please Sometimes the rest.

 Warning :  I am also angry once in a while.

「ええっ、仕事が多すぎるから休ませろ、私もたまには怒るんだぞ、って?」

 iPhoneのチャイムが同意のように柔らかく鳴った。

「ええええ!」

「たしかにこの幽霊騒ぎまで、電鉄さんのダイヤ改正とかでマゼンダに仕事させすぎてたんです」

「……マゼンダちゃん可哀想」

「で、そのマゼンダくんが、ハードワークにキレて、ホログラフィ標示を使って、いたずらをしたわけであるな」

「ええ。そういうことです」

「うむ」

 総裁は考え込んでいた。

 そして、センターの裏口を見ると、そこには小さな工事現場があった。

「む、あとは警察と教育委員会に連絡が必要なのであるな」

「え、教育委員会?」



 翌朝。


 警察と教育委員会が工事現場に入っていた。

「ありましたー」

 作業員の人が見つけたのは、


 人骨だった。


「!!」


「詩音ちゃん! しっかり!」

 詩音は、本当に気絶した。



「詩音ちゃん、気がついた?」

 詩音は目を開けた。

「え、ええ。でも、あの人骨は」

「警察も事件性はないって。大昔、海老名の北側で合戦があって、その落ち武者がここで亡くなったんで、それを弔う祠があったらしいの」

 工事現場で作業のオバちゃんたちが発掘作業をさらにしている。

「でもそれを工事業者が間違えて壊しちゃったんだって。こういう大昔の埋葬物とかは教育委員会の仕事だから」

「でも、貴重な資料だ、って、資料館の先生が喜んでいたわ」

「資料……」

「でも、なんで総裁がこの祠のこと知ったのかなあ」

「む、大したことではないのだ」


「そういえば、昨日の夜、総裁が何か、チャンバラをしているような物音がしてたけど、あれは」


 みんな、眼を見合わせた。


「あっ、詩音ちゃんがまた気絶しちゃった!」

「詩音ちゃん、しっかり!」



「うむ、詩音くんがいくら癒し系正規空母とはいえ、刺激が強すぎたのであろう」

「でも総裁、その落ち武者と」

 御波が聞く。

「うむ、一戦交えておった」

「平然と言わないでください!」

「まあ、事実であるからの。もともとワタクシは幽霊をよく見る体質での。しばらく見すぎて、あまりにうざったらしいので見ないことにしておったのだが」

「本当ですか」

「本当も何も、ワタクシもこのセンターの戸締まりの時に何人かの馴染みの幽霊さんと挨拶するのが日課であるのだ」

「怖いこと言わないでくださいよ―」

「怖いことがあるのか? 幽霊はべつに人に危害を加えるほどの物理的な効力を持たぬ。それより現実の人間の酔っぱらいや基地外さんのほうがよっぽど危険なり」

「そりゃそうですけど」

「まあ、人間の意識や認識など、はなはだあやふやなものに過ぎぬ。その繊細さがあるからこそ、人の気持ちを解し、いたわり、気遣うことが出来るというものであろう。バッサリ否定したところでそれはタダの否定に過ぎぬからの」

 そのとき、またiPhoneが鳴った。

「そう。このようなマゼンダくんのような、AIも、いずれこういう不思議とはいかないまでも、人間の機微を理解するようになるであろう」

 総裁はそう言うと、付け加えた。

「それはまた、AIがAIであることと矛盾するのであるが、それもまたこの世界の多様性を増していく作用なのだ。AIを憎むのは、大昔産業革命の時に産業機械を憎んだのと同じことである。憎んでも解決はできぬ。適切な社会政策だけが時代の変化における人間の生存の道であろう」

 そして、総裁は微笑んだ。

「そしてそれもまた、我がテツ道の課題でもあるのだな」

「総裁……」

「うむ。我がテツ道の良いヒントになったといえよう。興味深い」

 そこに詩音が現れた。

「総裁……」

「うむ、よいよい。詩音くんがこういう話に弱いのはわかった」


「あ、あの」


「え?」


「逆です」


「えええっ!」


「私、こういうの、ものすごく大好きなんです! 小さい頃からもう、オカルト誌『ムー』のバックナンバーとか何年分も漁ってましたし!」


「じゃあ、倒れたのはまさか!」

「妄想がはかどりすぎて、興奮しちゃって」

「なっ、なんてこと!」

「詩音くん!」

「これで夏コミのオカルトネタの薄い本のネタのストックがどれだけ出来たかと思うと……」

「詩音ちゃん、妄想禁止!」

「妄想族ですわ!!」

 眼を輝かせて狂喜する詩音。

「だめっ!」

 総裁は、笑った。

「うむ。それでこそ詩音くんなり」

 みんな、笑った。


「では、ここらへんで自主規定字数オーバー。著者のネタの在庫が心配であるが、なおも続くのである!」

「つづいちゃうんだ……」

「いやなのか?」

 それに、みんな、答えた。

「ええよ!」

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