鉄研運転再開編(鉄研でいず4期)
第7話 迎えた新たなる季節
「そういや、テツやってると、駅でやたらと乗り換えとか聞かれなかった?」
御波が聞く。
「ああー、たしかに聞かれるわねえ。あれ、なんでなんだろうねー」
ツバメが答える。
「不思議不思議」
「でもこうやって、あんなことがあって、高校卒業した後も、あのときのMUに乗って、道案内のバイトしてるってのも、ねえ」
「総裁なんか、駅員のバイトして案内業務して、そのあとこの道案内と防犯のバイトやってるわけでしょ。どれだけ案内好きなのかって。ヒドイっ」
「ひどくないひどくない。でも海老名もバス停乗り場が神奈中バスと相鉄バスですごく離れてるから、迷う人多いのよね。だからすっかり必要とされちゃって」
その二人が海老名駅近くの歩道をMUで移動しているその時だった。
「御波ちゃん、あれ!」
自転車に乗った女性の背後に急激に近づく若い男の二人乗りの原付バイクが見えた。
ツバメと御波がMUで急行する。
その男の手が、狙われた女性の自転車の前カゴに届く寸前で……。
間に合った!
「はーい、原付きの2人乗りは道交法違反!」
MUで原付バイクの前に割って入り、立ちはだかる。
「な、なんだよ!」
「さーて、いったい何する気だったのかなー」
ツバメが声をかける。
「そしてその原チャリ、キーのところがなんで壊れてるのかなー」
御波がすぐにその異変に察知する。
「ちょっと止まってねー。お話し聞いてもらいに、おまわりさん呼ぶから」
「ふざけんな!」
その男がナイフを抜いた。歩道にいた周りの一般の人々が悲鳴を上げる。
「はい銃刀法違反だねー」
そのナイフが彼女たちに突き出される。
しかし、ツバメも御波もMUをたくみに乗りこなしてかわす。
そして、御波は拳銃のようなものを構えた。
「ナイフを置いて両手を地面について! 警告したからね!」
なおも男はナイフを振り回す。
ついに御波はその拳銃もどきの引き金を引いた。
銃口から乾いた音とともにネットが打ち出される。
そのネットが飛んで広がって、男を捕らえる。
ネットに包まれたナイフ男はもがくが、ネットは頑丈で、振り回すナイフで切れないばかりか、粘着性もあってますます絡みついてナイフ男の自由を奪う。
そして警官がやってきた。
「お疲れ様です。銃刀法違反の現行犯です」
「お疲れ様の毎日だよ。ほんと、これで今月4件目だもんな」
警官がぼやく。
「あと、よろしくお願いします」
*
そして、ツバメと御波は海老名駅の北側、最近開発の進む海老名扇町の「海老名地域活動支援センター」に戻った。
「うむ、おつかれなのである」
総裁はそのセンターのガレージで待っていた。ガレージには「海老名鉄道研究事業団」の表札がかかげられている。
「総裁きょうは明け番?」
「さふなり。いささか寝不足なのは否めぬ」
「結局卒業後は総裁の家のプレハブで鉄研活動の続きやろうと考えてたのが、あの『霞が関空中戦事件』のあと、私たち鉄研のメンバーで団体作ってMUの防犯目的での運用実証をさせられるとはねえ」
他の鉄研のみんなも集まっている。
「まあ、でもこれで行政から出る業務委託料が私たちの軍資金になるから」
「その委託料でまた鉄研のみんなで旅行に行けるっ!」
「新しく模型も鉄道資料も買えるっ!」
「鉄道模型コンベンションにも、大人の部に参加できるっ!」
「さすが総裁、後のことも抜かりないよねえ」
「抜かりないというか、悪知恵が働くというか」
「良いバイトになるもんねえ。しかも喜んでもらえるし」
「で、MUのメンテとデータ回収に詩音ちゃんのお父さん、教授もメーカーのエンジニアと一緒に来てくれるから、MUのメンテも安心だし」
「まさに一騎当千の海老名MU中隊発足なのであるな」
「でも、あの霞が関事件の捜査、難航してるんでしょ」
「さふなり。竹警部もあの仕事量ではますます婚期を逃すというものである」
「大倉参与も独身じゃなかったっけ」
「うぬ、それはノーコメントとされた」
「え、ノーコメント?」
「うむ。ノー・コメントと強く言われてしもうたなり」
「大倉参与、怖いとこあるわよね。昔刑事さんだったって?」
「公安関係にもツテがあったとのことであるな」
「その大倉参与の指示で、神奈川県警がこの海老名地域活動支援センターに海老名署地域課地域防犯推進班を作って、その実務組織として指定管理者制度で私たち「海老名鉄道研究事業団」を入れたのよね」
「結果、MUの防犯への運用は丸投げだし、私たちはバイト扱いだけどね」
「でもバイトだからいいんじゃないー。みんな大学とかの本業で忙しいし」
「そして! 祝! 特急停車! なのであるな」
「そうそう。海老名にロマンスカーが停まるようになった」
「便利になったー」
「しかもスーパーはこねを除く小田原線のロマンスカーはすべて本厚木か海老名のどちらかに必ず停車する! まさに県央地域の発展が見込まれておるのだな。その魁たるこの海老名の地に、我がテツ道の実践として斯様に拠点を持ち、地域防犯を加えつつ地域交通を研究できるのは、ますます弥栄なり」
「下北沢の複々線化も今年度だもんね―」
(注・この作品は2017年に突入しています)
「詩音ちゃんの大学への通学も今は44分で着いちゃうもんね」
「できれば下北沢にロマンスカーが止まってくれればいいのですが、無理ですものねえ」
「詩音ちゃん、そもそも電車で行かないで、お父さん、教授に例のマイバッハ・プルマンで送ってもらえばいいじゃん―」
詩音がかつて身体の具合を悪くした時に迎えに来たのが、詩音の執事が運転するマイバッハ・プルマンであった。
「あの車は手放してしまったのです」
「ええっ、本当!?」
「はい。乗り心地は良かったのですが、大きすぎるとのことで」
「確かに大きいよねえ、リムジンだもん」
「ところが、お父様が3日間だけ借りれたから乗ろう! って強く言うので、乗せられまして。この車に」
みんなで詩音のケータイの車の写真を見る。
「ランボルギーニ・ヴェネーノ!」
「4おく3200まんえん!」
「確かに速い車でしたが、でも、ちょっと私には室内の天井が低くて苦手でした」
「詩音ちゃん……」
詩音は鉄道には詳しいのだが、車にはほとんど関心を持ってないのである。
「知らないということは、げに恐ろしきことなりけり」
そう話しているみんなのガレージを御波は見渡す。
5機のMUが格納されているメインスペース。2機の予備のMUもある。
そしてそのMU予備電池を保管するバッテリーロッカー。
ひったくりナイフ男を捕まえるのに使った『ネットランチャー』などを保管する火工品ロッカー。
そしてMUに乗って委託業務をするときのための制服のロッカー。
この制服は専用のデザインで、素材には複合繊維が使われていて防刃性能があるというが、残念ながら防弾までは行かないらしい。軽い着心地はありがたいが、この前の霞が関のことを思うと、防弾チョッキがあればと一瞬思ってしまう。
そのガレージからドア一枚隔てて今みんなの話している詰所。
ここにも海老名鉄道研究事業団の表札があり、指定管理者認定証が掲出され、事務机が3つ、長テーブルが4つ置かれ、その事務机の一つが総裁の座っている席になっている。
事務机にはリユースのPCが1台。でもみんなWi-Fiを使って私物のPCやタブレット、ケータイで指定管理業務の書類を作ってしまうので、それで十分なのだ。
書類のたぐいはすべてスキャンして保管してあるので、原本はこの詰所の鍵のかかるロッカー内に収めてある。では事務机は何に使っているのかというと、電子工作や模型工作の作業机に使っているのだ。
事実カオルが今、そこでベートーベンの「第9」の鼻歌交じりに何か電子回路を作っている。
温度調整付きハンダゴテとコテ台は机の上だが、引き出しには細かく整理された電子部品がどっさり。
「カオルちゃん、それ、うちの鉄研の高校現役生へのプレゼント?」
「うん。今年の鉄道模型コンベンション向けにがんばってる現役生のために、本物そっくりに点滅する道路信号機作ってあげてるんだ」
「いいわねえ。そういやカオルちゃん、電鉄さんの今回のダイヤ改正の仕事、大変じゃなかった?」
「それほどでもー」
「でも、照れていいと思うわよ。この歳で鉄道会社のダイヤ組成の仕事しちゃうんだもの」
「もっと上手い人がいっぱいいますから。電鉄には」
「なるほどねえ。でもこれでカオルちゃんと総裁は電鉄のバイト仲間ね」
「うぬ、しかしカオルくんのほうは時給がワタクシの4倍なのだ」
「そりゃそうよね」
「解せぬ」
「仕方ないですよ―。同じバイトでも職種違うんだから―」
そういう華子の方には、詰め所の奥にある給湯室がある。
「でも、不定期とはいえ、こうやってみんなでまた会えるのって、嬉しいなあ」
そう言いながらお茶を淹れている御波。
「ほんと、またここも私たちの居心地の良い秘密基地にしちゃってるけど。ヒドイっ」
そういうツバメが座っているソファは清掃センターからもらってきた粗大ごみをクリーニングしたものだ。そこにぬいぐるみだのクッションだの置いてある。
そして三面鏡のある化粧台にテレビ、冷蔵庫。
「まさにフル装備なり」
「こんなことしちゃっていいのかなあ」
「まあ、十分地域防犯には役立ってるからいいんじゃない?」
「そうね。でも、もう1つ不安が」
「え、何?」
「ワタクシも気にしておったのだが」
「まさか」
「現在、著者の取材費が底をついておるらしい!」
「ええーっ!」
「それじゃ、いくら私たちがここで委託費稼いでも、シーン作れないじゃないですか!」
「ヒドイ、ヒドスギル!」
「もうだめ! もうこの話のPVは0よ!」
「ああっ、御波ちゃん、しっかり!」
「逼迫とはまさにこのことなり。でも」
「でも?」
「そこで電話で著者には苦情を入れるとともに、『取材費がなくても新エピソードを書けるように知恵を絞れ』と命じておいたのだな」
「キャラクターにそこまで命令される著者って一体……」
「うむ。『足りぬ足りぬは工夫が足りぬ』なのである」
「あ、総裁! それと、こんな便利なMUなのに、なんであれから量産化されないんでしょう?」
「それはワタクシの気にしているもうひとつであったのだな。そこは我が鉄研特務機関も調査中なのだ」
「なんすかその特務機関って……」
「まず、何らかの量産に向けての問題点があると推測されるのだな。それ故に我らに試験運用を委託されているのかもしれぬのだが、解せぬことも多い」
「そうですわねえ。お父様、そこについてだけはお話してくださいませんし」
「そして、まず部誌、じゃなかった、わが事業団の会報も作らねばならぬ」
「部誌の続きだけどね」
「うむ。あれだけ内容充実の部誌を卒業で終わらせるのはもったいないからの。というわけでさっそく詩音くんを編集長として、編集会議である」
「そこで、編集会議を始めたいのですが」
詩音が申し訳無さそうに声を出す。
「編集会議の内容については、次回ということで」
「えー、なんでー!」
そこに総裁が割って入る。
「これをなんと読む!」
「また字数制限!?」
「というか、『アメリカ横断ウルトラクイズ』とか、どんだけ昭和のネタなんですか!」
「総裁、もう背中のチャック、無理やり下ろすわよ!」
「苦情は著者へ! ともあれ、これにて第4期が始まり、続くのである!」
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