第6話 決戦・霞が関上空20メートル!



『すまない』


 教授の声が聞こえた。


『本当は、この事件の予兆を察知し、上野に正規のMUのパイロットを呼び、武装させてこの事件を解決するつもりだった』


 みんなは黙々と地下道を上昇していく。


『だが、ことごとく先手を打たれ、後手に回るしかなかった』

 

教授は沈痛な声だった。


『本当にすまない。君たちの命を危険に晒した』


 それに、みんなは答えだした。


「わかってたことですもん」

「スリルが一番です」

「デスヨネー」


 みんな、それぞれ別の地下鉄出口から地上に出る。


「ARネットワークはまだ味方ね。出口の待ち伏せは把握して回避できたわ」

「でもいつひっくり返るかわかりませんが。その上またAR壁がどばばばとできるかもしれないし」


「うぬ! しかし、いよいよ決戦である! 先ほど不遜にも我が水雷戦隊を奇襲した無人攻撃機にも一泡吹かせるのであるな!」


「総裁、その自信どっから出てくるのよ」

「というか、総裁絶対なかに昭和のオッサンが入ってるわよ! 背中のチャック見せなさいよー」

「そんなわけが、ねいのである」


 みんな、そう言いながら、外務省庁舎ビルと総務省庁舎ビルの背後をそろそろと前進していく。


「あ、そうだ!」

 ツバメが何かを思いついた。


「教授、これを解決できたら、教授の大学に『裏口入学』させてくださいよ!」


「ツバメちゃんナイスアイディア!」

「いいわね! 賛成!」

 彼女たちは口々に言い出した。


『ええっ』

 うろたえる声の教授。


「だってー、こんなか弱い乙女が、ミサイルに襲われたんですよ―」

「今さら大学受験なんか、かったるい―」

「それぐらいしてもいいじゃないですかー。ねえ」


『それは……その』


 みんな、くすっと笑った。

「詩音ちゃんのお父さん、本当に真面目だねー」

「やだなー、真に受けないでくださいよ~、もー」

「そんなわけないじゃない。裏口入学したら、その後が大変だって私たちだって知ってます」


「それより!」


「ええ」


「詩音くんはバックアップ、華子くんと御波くん、ツバメくんが合図とともに一気に挟撃すべし」

「あいあいさー!」

「わかりました!」


「でも総裁は?」

「うむ」


 総裁は、笑った。


「このワタクシは、これを機会に、鉄研総裁がなぜ鉄研総裁であるか、その証を立てるのであるな!」




 永田町上空に、中型の偵察ドローンがローターを回して静止している。


 その遥か上には3機の無人攻撃機がゆうゆうと鳶のように群舞している。

 はるか下の路上にはその無人攻撃機のミサイル攻撃で爆破されたと思しき、パトカーや機動隊バス。


 まさに首都・東京が制圧されている風景だった。


 官邸警備隊も無人攻撃機からのミサイルには勝てない。

 ただひたすら官邸の施設内に立てこもるしかないようだ。


 歩く人もない霞が関官庁街。


 その影を、MUに乗った鉄研のみんなが、じりじりと官邸に向けて接近していく。


 その気配を感じたかのように、偵察ドローンのセンサーヘッドが官庁ビルの影をむき、せわしなくスキャンしている。


 だが、その時だった。


 その左側、皇居の桜田濠に、何かが出てきた。


 それは、MUに乗って、雨傘を振りかざした、総裁だった。


 すぐに偵察ドローンが発見したその情報が共有され、無人攻撃機が2機、攻撃に向かう。


 そして堀の水面の上をMUで飛ぶ総裁に、無慈悲にミサイルが放たれる。



 だが、総裁はその瞳でミサイルを見据えると、着弾の寸前でMUをクイックターンさせてかわす。


 外れたミサイルが皇居の濠で爆発、水柱を上げる。


 その水煙の中を、総裁はなおも回避機動しながら突進する。


 続いてもう1機の無人攻撃機が翼を翻して降下し、襲いかかる。


 そして、またミサイルを放つ。


 総裁は迫ってくるそれをじっと見つめ、そして、やはりフェイントを掛けてまたかわす。


 爆発と水柱と水煙が上がるが、MUに乗った総裁は、その中をずぶ濡れになりながら、なおも濠の上を官邸に向かう。


 そのしぶとさにドローンたちは頭にきたのか、次々と総裁に向けて突撃する。


 まさに空爆を受けながらも、その波状攻撃を巧みに回避しつつ侵攻する巨大戦艦のような、壮絶な戦闘シーンとなった。


 そして、それを決着させようと偵察ドローンがさらにもう1機の無人攻撃機を呼び寄せた。



 だが、その時!



「ぬかったな!」

「天誅っ!」

「おごるドローン久しからず!」


 鉄研の4機のMUが偵察ドローンに襲いかかった。総裁を囮にして、その間に死角をついて接近戦に入ったのだ。


 だが、さすが陸軍偵察用ドローン、ローターの強度が高く、みんなが殴りかかる雨傘やデッキブラシにローターをフル回転させて反撃する。


「硬いっ」

「こんにゃろー!」

「なにくそー!」

「ブンブンうるさいのよ!」


 みんなドローンになおもゲシゲシと傘やデッキブラシを振り下ろす。


 それでも押し返されるかと思ったが、


「ロンギヌスの槍ーっ!」


 華子が物干し竿で一気にドローンを突いた。


 その一撃がドローンの本体に正確に命中する。


 しかし、ドローンはなおも落ちない。物干し竿に串刺しになったまま、なおも飛び続けている。


 だが、華子はそれを振り回す。


「ジャイアント・えばんげりおん・スイングーっ!」


 グルングルンと振り回した華子は、最後に、


「月軌道まで、飛んでけーっ!」


 とそれを放り出した。


 『ドローンの串刺し』は、そのまま、皇居の濠にたたきつけられ、そして水中に没した。


 しかし、彼女たちを無人攻撃機が襲おうとする。


 もう回避できる距離もない!



 だが、その時、無人攻撃機たちが突然、輝く何かに貫かれて蜂の巣になった。


 彼女たちが振り返ると、そこには、『陸上自衛隊』と書かれた迷彩色のヘリコプター。


「AH-64ロングボウアパッチ!」


「チェーンガン!」



 陸自の攻撃ヘリだ!



 2機のロングボウアパッチは、そのまま高速で飛び込む。

 そしてローターの先から雲を引きながら、無人攻撃機を追い回していく。


 無人攻撃機は必死に逃げるが、しかし攻撃ヘリのなかでもパワフルなアパッチの敵ではない。

 あっという間に追いつめられ、また1機、また1機と撃ちぬかれて落ちていく。


 そして、そのあと、攻撃ヘリは彼女たちの目の前に降りてきた。


 キャノピーの中、前席で銃手を兼ねるFE(飛行整備士)が片手を突き上げている。


 その遥か上を、飛行機雲が伸びていく。

 その先端で、閃光がきらめいた。


 無人偵察機が、撃墜されたのだ。


 鉄研のみんなは、すこし息を吐くと、それに敬礼した。


 すると、彼は手ぶりで、下の首相官邸に行けと示した。


 頷いた彼女たちは、MUで降りていく。


 足元は国会議事堂、そしてその向こうに首相官邸が見えている。


「終わった、の?」


 詩音が、ため息混じりにこぼした。


 だが、総裁は強く、高らかに言った。



「終わったのであるな!」




 それを見上げる首相官邸の会議室では、こんな会話がかわされていた。


「MUはこのように、卓越した優位性を持っています。警察としても制式採用すべきです!」


「とはいえ、君、ねえ」

「『誰でも乗れる』のなら、わざわざ正規の警官を乗せるまでもないんじゃないのかね」

「乗るのは、身分的には臨時職員でいいのではないかと思いますが」

「ちょうど、『巡査補』制度を導入するところだし。そこで予算を浪費することもあるまい」

「公務員の人数圧縮も人事院から言われているし、近頃は世論もうるさいからな」


「警察が非正規雇用を行うのは反対です!」


「ならば指定管理制度で外注すればよい」

「その子たちにそのMUを使ったさまざまな事業を発注しようじゃないか」

「ちょうど彼女たちは卒業後を見越して、海老名鉄道研究事業団とやらの創立を神奈川県に申請しているのだろう?」

「そんな彼女たちにもいい仕事になるんじゃないのかね」


「しかし、もしあの子たちになにかあったら!」


「その時は、責任を君に『取れ』とは言わないよ」


「じゃあ、誰が!」


「まあ、遺憾としながらも、そこで誰かを生贄にするのもどうかと思うところだがな」


 その会話の底、震えている女性刑事がいた。


「これが責任をもみ消す『東大話法』か……」


 それが、アスタリスク事件で鉄研のみんなとともに事態を収拾した、警視庁ハイテク犯罪対策センターの竹カナコ警部だった。


「カナコ」

 澄んだ声がした。

「コダマさん」


 コダマと呼ばれた長身のスーツ姿の女性。

 その首から下げた内閣府のIDパスには「内閣府参与・大倉コダマ」の文字。


「わかってるわ」

 彼女も腹に据えかねているようだった。

「でも、彼女たちを、出迎えましょう」

 竹警部は、その参与の顔を見上げた。

「今回の英雄、そして日本最強の女子高校生たちを」


 竹警部はうなずいた。


「そうですね」 



 総理の記者会見が始まるとのアナウンスがメディアに流れるなか、彼女たちは首相官邸前の中庭に降りた。

 すぐに竹警部と大倉参与が歩み寄る。周りをSPたちが警戒している。

「もう! あなたたち、いったいどこまでなの!」

 でも、竹警部は、直後に、すこし涙ぐんで言った。

「でも、助かったわ。本当に」

 そのあと、大倉参与が続いた。

「首相官邸スタッフとして、私からも言うわ。内閣府治安対テロ政策担当参与・大倉コダマです」

 彼女は総裁に握手を求めた。

「恐縮なり。エビコー鉄研総裁の長原キラなのであるな」

 握手に応える総裁。

「ありがとう。あなた達のことはカナコから聞いているわ」

「カナコ?」

「竹警部のことよ。私たち、ずっと昔、警視庁のとある部署で組んで以来、一緒に仕事してきたの」

 竹警部はその呼び名にムッとしている。

「カナコに言っておくわ。あなたたちに、好きなだけ、好きなモノ食べさせて、って」

 みんな、歓声を上げる。

「やったー!」


 そのとき、教授の声も聞こえた。

「あれ、無線じゃない声だ」

「そうだよ。上野からやっと追いついた」

「教授!」

 その教授に、詩音が寄っていく。

 そして、教授は詩音を抱きとめた。


「ほんとうによくやったね、詩音」


 みんな、もらい泣きしている。

 みんなは、詩音が、身体が弱くて、みんなより1年遅く入学したのを知っているからだ。

 そんな詩音が、こんな冒険に参加したのだ。

 父である教授が、どれだけ心配したことか。

 しかし、それを詩音がどれだけ気にかけ、そして強くあろうとしたか。


 父娘のその愛を、みんな、感じ入っていた。


「羽田のテロリストも制圧完了と報告があったわ。犠牲者も被害額も大きいけど、何よりもこの国がとても心配」

 そういう参与に、総裁は力強く言った。


「しかし! 我々はただ屈服はせぬのであるな」


 その言葉を、参与は噛み締めた。

「そうね。ただ屈服だけ、してはダメね」


「それより竹警部」

「おごってください―」

「オナカスイター」

 口々に彼女たちが言う。

「しょうが無いわねえ」

 竹警部はため息とともに言った。

「この近くで食べられるって言ったら、国会の食堂だけど、オゴるわ」

 だが、みんな、言った。


「すきやばし次郎~!」


 その銀座の超高級寿司店の名前の合唱に、竹警部は呆れて、そして怒った。


「うるさいっ! あなたたち、なんでそんなとこ知ってるの! 私だって行ったことないのにっ!」


 みんな、笑った。



 その数カ月後、鉄研のみんなは、卒業とともに進学と就職し、そして、立ち上げるのである。

 模型を作り、旅をするとともに、『戦う鉄研』を。


「うぬ! そして、まさかの『鉄研でいず第4期』が、いよいよ始まるのであるな!」


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