第5話 千代田線地下要塞飛翔


「でも、さっきの神田で、ドローンと交戦したから、多分、敵にマークされたわね」


 みんなは通りを南下し、大手町に向かっている。


「さふである。しかも、ここから首相官邸方面、永田町上空が見えるのであるが」


 総裁の視線をみんなが追った。

「遥か上に何かが飛んでいるなり」


「マスコミのヘリもいないけど、なんか飛行機が飛んでるねー」


 そのとき、教授が叫んだ。


『危ない!』


 同時にMUのヘッドセットに警報音が鳴り出した。


 とっさにみんな、ビルの合間に隠れようとする。


 直後、



 バーン!!


 爆発が起きた。


 彼女たちは激しい衝撃波と爆風に晒された。




 あたりが真っ白になっている。


「み、みんな! 大丈夫!?」


 MUは衝撃にもかかわらず、安定して浮上しているうえに、ビルの影にいつの間にか移動していた。


「MUが、守ってくれたんだ……」


 総裁が声を上げる。

「各員、状況報告されたし!」

「ちょっと痛かったけど大丈夫ですー」

「びっくりしたなあ」

「やだなー、本気出すことことないのにー」

「そういう問題じゃないと思うけど、ほんとにヒドイっ」


 目の前のビルの入口が薄い煙を吐き、炎が散っている。


「みみみ、ミサイル!?」

「本当に撃って来ちゃったの? でも、どこから!?」

「うぬ! あの飛行機からなり! あれはやはり、無人攻撃機であるな!」


 その翼を広げた無人攻撃機が、一撃を加えた余韻を味わったかのように、ゆうゆうと飛んでいる。

 そしてさらにもう一度こっちに旋回してこようとしている。


「ひゃー!」

「あんなのもう一発食らったら」

「洒落になんないわよっ」

「でも、どこに逃げたら!」


 すると、総裁はすぐに見つけた。


「ついてくるのである!」


 その総裁が見つけたのは、


「地下鉄入り口!?」


 みんな、浮かぶMUに乗ったまま、東京メトロの看板の下をくぐり、スイスイと地下道に入り、その階段の上の空中を滑るように降りていく。


「とりあえず、ここには無人攻撃機のミサイル攻撃は来ない」

「でも、これじゃ首相官邸に行けないですよ!」

「いや、むしろ楽になったのであるな」

 総裁は言う。

「現在地のこの大手町地下街からは、あちこちに地下鉄が伸びておる」


「地下鉄のトンネルを通るのね!」


「さふなり。地下街から地下鉄千代田線で二重橋前、霞が関、国会議事堂前に進めば、すぐに首相官邸に出られる。しかも上空からさとられずに」

「なるほど」


 みんなは地下街をMUで駆け抜ける。


「しかし、モタモタしていると刑事さんたちを襲っていたあのドローン共がやってくるかもしれぬ」

 地上の騒ぎに気づいているのかいないのか、歩いている人々の間をスイスイと移動する彼女たちのMU。

「巻き添えを増やすのはよろしくない。全速で千代田線ホームへ向かうぞ」

「はい!」

 みんなの声がコーラスになる。


「見えた! 千代田線改札!」

 みんな、改札口の自動改札の上をMUで飛んで通る。

「駅員さんすみません―」

「事情が事情なので」

「後で精算しますー」

 駅員は呆然と、次々と目の前を飛び抜けるみんなを見送るしかない。


「ほんと、あのアスタリスク事件のときの脆弱性、まだ直ってなくて、しかも使い回しされてますよ」

 階段の上を飛んでホームに降りるみんなに、カオルが分析を伝える。

「でもカオルちゃん、そんな分析、どうやってしてるの?」

「いい友達がいるんです」

「……内通者?」

「人間じゃない内通者です」

「なにそれ」

「ATOSを狂わせたAIのとき、やっちゃったかな、って思いました。

 だって、ぼくにもAIの友だちがいるんですもの」

「ええっ」

「ディープラーニングを応用し、ビッグデータを使うAIです」

「でも、AIってそんなすごいの?」

「そうです。この前、囲碁で人間を負かし、星新一賞で人間の作家志望者を蹴落としたAI。人間がぼんやりとしたイメージで理解することを、今のAIは膨大な論理判断の積み上げで精密に判断する。その精密で膨大な判断の集合体、つまり『AI的理解』は、人間には理解できない。そして、それは人間の曖昧な理解をしばしば超える」

 みんな、聞いている。

「人間が彼らを超え、出し抜くのはかなり難しいです。でも、彼らを使い、その上で彼らの弱点を補う判断をするのが、これからの戦い方です。これからの戦いは、AIと組んだ人間のペア同士になるんです。そして、この事態も、おそらくそういう質の戦いです。目には目を、歯に歯を、AIにはAIを」


「そういえばカオルちゃん、電王戦に出て人間に将棋最強の座を取り戻したいって言ってたもんね」

「なかなか難しい、とされてますけど、ね」

「え、カオルちゃん、それどういうこと?」

「説明はそのうち、します」


「でも、その相手って誰?」

「思い当たる相手はいくらでもいます。」

「国? テロリスト?」

「どっちもありえるでしょう。国際社会に火種は尽きません。ISにしろいろんな国々にしろ。そして、日本がいくら戦争を捨てても、戦争は決して日本を捨てません」

「……嫌なものね」

「我々に出来ることは、はじめから、それを覚悟することだけだったんです」


 そして、みんなは千代田線大手町ホームに到達した。

「ここからは地下鉄の線路をゆくのである」

「電車、こない? 来たら危ないわよ」

「幸い、千代田線は現在安全点検中で運行停止中なり」

「改札の案内情報パネルにそう出てましたね」

「しかし、いつ運転を再開するかもわからぬ。正直、地上のさっきの爆発でしばらく運休していて欲しいのであるが」


 ホーム上を滑るように移動していた彼女たちは、そのまま線路上に滑りだした。

「地下鉄のトンネルは狭いのである。各員注意されたし」

「わかってまーす!」


 トンネルの中、暗い線路の上を彼女たちはゆく。

「電車が駅間で止まってる!」

「うぬ! その隣に点検用通路がある!」


 その通路に彼女たちはMUに乗ったまま入っていく。

「肩幅さえあれば通れるMUはありがたいのであるな」

「MUは人型でもエアバイク型でもなく、上にちょこんと座って載るだけだもん。人間の歩けるところにはどこでもいけちゃうもんね」

「でも、なんで地下鉄の電車、駅間で止まってるんだろう。こういう時は駅に止めるのがマニュアルじゃない?」

「いかにも。やはり東京メトロのシステムもやられているのであろう」

 通路を見た地下鉄電車の乗客が、目を丸くしている。


「教授、羽田の方はどうなってます?」

『激しい銃撃戦が続いていて、未だに収束していない。自衛隊が治安出動して抑えこむしかないんだが』

「解決は今のところ、私たちに、かかっているわけですね」

 御波は口を引き結んだ。


「日比谷駅だ!」

 トンネルの向こうが明るく見える。地下鉄日比谷駅だ。

「あと2駅で国会議事堂前!」


 そのとき、総裁が何かに気付いた。

「しかし!」

 総裁はMUをターンさせ、ホームの上にそのままスイっと上がっていく。

「ええっ」

「ここで千代田線から乗り換えであるな」

 みんな、総裁に続いてホームの上に上がり、そこから乗り換えコンコースへの階段の上へ、さらに上昇していく。

「なぜ?」


『総裁はさすがだね。正しいよ。この先のトンネル遮水壁が閉鎖された。行き止まりだ』

 地下鉄のトンネルの中には、万一の浸水時にそれを留めるためにトンネルを閉鎖する防水シャッターがあるのだ。


「ええっ、営業運転時間中にそんなもの、作動するんですか!?」


『インフラ系のネットワークが深刻にダメージを受けてるからね。すでに何が起きてもおかしくない』


「うむ。地下鉄トンネルの中は、換気のために常に風が通っているはずなのだ。しかし、その風が死んでおった」


『よく気付いたね』


「しかし、まだまだなのだ」 


「でも、そんなメチャメチャなのに、首相官邸まで行けるのかなあ」

「うぬ、ここから丸ノ内線のトンネルを目指すのだ。丸ノ内線でも霞が関に行ける」

「そうだよね」

 みんな、コンコースの上をスイスイと移動していく。

「でも、地上は制空権をあの無人攻撃機に握られておる。なんとかせねば。あれは警察でも対処できるとは思えぬ」

「カオルちゃん、なにかわかった?」

「今頑張ってAIに計算させてます」

「うぬぬ、時間が必要なのか」


 彼女たちは丸ノ内線のホームに近づいていく。

「うぬ?」

「こっちも駅間で電車が止まっている!」

「しかも、丸ノ内線は第三軌条を使うほどトンネルが狭いわ。通れないかも」


 その時だった。

「ある程度判明しました。教授も検算してくれてます」

 みんなの目の前、ホログラフィにイメージが標示される。


「あの無人攻撃機のさらに上空に、無人偵察機が飛んでいます。それが衛星通信経由でどこかから命令を受けて、無人攻撃機とドローンに指令を中継しています」

「ええっ、それじゃ、ずっと上ってこと?」

「無人攻撃機の高さだって、このMUじゃ、上がれないのに!」

「でも、無人偵察機から、我々が神田でやっつけたような陸戦用ドローンには直接信号を送れません。信号の中継と変換が必要です」

「じゃあ、どこかでまた中継がなされてるの?」

「ええ」

「地上でだれかがやってるのかな」

「それだと地上の警察に阻止されてしまいます。敵もそれはわかっているはずです」

「じゃあ、その中継もまたドローン?」

「おそらく。さっき神田から移動するときに取得したARネットワークで見ると、上空に軍用偵察ドローンがここ、ここ、ここの3箇所にいます」

 ホログラフィマップ上に表示が3つ浮かぶ。

「それが中継してるのね」

「ええ。一つは永田町上空、一つは新宿上空、一つはお台場上空をカバーしているみたいです」

「まさか、3機で互いをカバーしあっている?」

「そうでしょうね。でも、1機落とせば、カバーリングに位置を変える間に隙が出ます。現在その撃墜のために木更津から陸自の第1ヘリコプター団の戦闘ヘリが発進するところです。また、空自も上空をゆく無人偵察機の撃墜のために対ステルス用レーダーを作動させています。見つけ次第、武山の高射群のパトリオット・ミサイルあるいは戦闘機で撃墜する模様です」

「でも、それを実行しようにも、そのゴーサインを出せる防衛大臣が動けない。首相官邸の上が押さえこまれている」

「ええ」

 カオルは、言い切った。

「だから、優先目標は、永田町上空の中継偵察ドローンです」


 そして、日比谷地下街で、総裁は決断した。

「おそらく、この地下にも不逞なる陸戦ドローンは侵入してくるであろう。無辜の国民を巻き添えにするわけにも行かぬ。そのまえに決着させねば。時間に余裕はない」

 みんな、その口に注目した。


「永田町まで直線距離はそうない。ここは地上に討って出て、一挙に距離を詰め、その中継偵察ドローンに決戦を挑もうと思う。1対5なら、勝機もあると思うのだな」

 総裁に、みな、うなずいた。

「行きましょう!」


「じゃあ、総裁、あれやりましょう」

「あれとは?」

 総裁がいぶかしむ。

「いつも模型ジオラマ作ったりの朝礼でやってた、アレですよ」

「ああ、なるほどである」


 総裁に続き、みんなは手をさし上げた。


 そして、ハイタッチした。


「ゼロ災で行こう、ヨシ!」

 声が揃って再びコーラスになった。


 彼女たちは、そして、地上を目指して階段の上をMUで浮かんで上がっていく。

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