第4話 神田古書街鉄研無双
「うぬ! ここから神田方面に向かい、一挙に首相官邸に突入するのである!」
高らかに総裁が宣言する。
「そう言うと、なんか私たちがクーデターしちゃうみたいに思えちゃうけどね……」
「高校生にクーデターされちゃうこの国って一体……」
「『cv.キートン山田』で言っちゃいそう」
「それは古いっ」
「しかし! 国際情勢がまさに激動といえる状況にあると言いつつも、その実、内政無策ともいえるこの日本! ブラック雇用、非正規雇用問題、待機児童問題、少子高齢化、地方切り捨て! この国の問題はまさに山積である! ワタクシはこの時局に鑑み! こういう事件を起こした首謀者の動機はどっさりあると推論するのであるな!」
総裁はそう言うと続けた。
「そして! この情勢を逆転するには、我らの冒険もまた、驚天動地、疾風怒涛、切磋琢磨、南国酒家、焼肉定食とならざるをえないことを覚悟するのであるな! 本日晴天なれど波高し!」
「きゃー、過激ー!」
「というか、またなんか、よくわかんないものが混じってる……」
「でも、そうだよねー。こんな国だと、ぼくたち、進路考えても、ぜんぜん希望ないもんね―」
「いいなあ、台風は進路決まってて」
「なにコピペ、パクってんの。しかも今さらまともな高校3年生っぽいことを」
「ときどき忘れちゃいそうになるよー」
「だいたい、こんな電子ケトルみたいな機械に乗って空飛んでる女子高校生の時点ですでにリアリティがない! 必然性がない! ヒドスギル!」
「まあまあ、これは現代ドラマ風味のナンチャッテSFなんだからー」
「だからそうやっていちいち世界観壊さないの!」
「うぬ、というわけで、やっぱりさっぱり話が進まないのである」
MUはそれにもかかわらず、順調に彼女たちを浮上させて移動している。
「そして! 我々がいくら物欲しそうに見ていたとはいえ、斯様なMUなる機械に乗せてしまった詩音くんのお父さん、武者小路教授は今、どうしているのかと!」
『聞いてたよ』
通信経由のその教授の声に、彼女たちはみんな一斉にのけぞった。
MUがその姿勢変化に応じてフラップを作動させる。
『おつかれさま。がんばったね』
「お父さま、これはなんというか、あの、その」
『気を使う必要はないよ。むしろ、我々大人の失策つづきのせいで、君たちを危険にさらしてしまった』
教授は、言葉を区切った。
『すまない』
みんな、その沈痛な言葉が心に射し入った表情だ。
「い、いえ、そんなこと」
「うむ、我々エビコー鉄研としては、斯様な面白い体験をさせていただいておるので、十分楽しいのであるな」
「やだなー、危険だ、なんて。こういうのって面白いじゃないですか―」
「それよりここから先、首相官邸までの進路状況はどうなってるか、わかんないです。ヒドイっ」
「羽田のテロリストもどうなったか知りたい―」
「お父様、私たちの誘導、よろしくおねがいします」
教授は、ちょっと考えて、笑った。
『さすがだね。うん、わかった』
みんなの目の前、ホログラフィマップに状況が表示される。
『警察の広域系データリンクは作動しているけれどアップアップだ。署活系無線はあちこちで不調を起こしている。都内の機動隊や
「うむ。羽田の銃撃戦には我々は支援に行けぬ。我が主砲『アイタクチガフサガラナイー』でも銃器には対抗できぬ」
「そりゃそうよねえ」
「というか、『アイタクチガ』って何ー!? それはおとーさんに聞いたら教えてくれるー!?」
「華子ちゃんそういや、総裁のあの全力砲撃のシーンのとき、いなかったもんね」
「そうそう。あれは私たちが1年で入学した時、しょっぱなから鉄オタいじめを受けた私たちを」
「総裁が救援しに来たのよ。そして『アイタクチガー』で砲撃、その結果」
「いじめっ子はゲシュタルト崩壊で1名卒倒救急車送り、3名気絶で保健室送りにしたのよね。ヒドイっ」
ツバメと御波が説明する。
「うむ、あの時も鎧袖一触であった」
「総裁……恐ろしい子!」
「うぬ! ゆえ、すなわち! そのうえ人数が増えた我が水雷戦隊のT字戦術の一斉射撃ならば、テロリストもクーデター犯もまとめて殲滅轟沈!」
「できません」
「でも夜戦ぐらいは」
「できません」
「資材だけ持って帰るのは」
「できません! もー!! 『艦これ』じゃないんですから!」
「というか、私たち、『艦これ』出来る年齢じゃないよね……」
「ともあれ! われらの作戦の目的は、秋葉原で我らを追い回したような不逞なるドローン共に天誅の一撃を加えんと欲するところであるな!」
「つまり、やっぱり首相官邸を目指すしかない、ってことですわねえ」
「さふなり」
「この結論を再確認するまで時間かかったわねえ」
「やだなー、この話、大昔の『キャプテン翼』と同じで時間の進み方違うに決まってるじゃーん」
「あ、そうだよね。前後半90分の試合にたっぷり3ヶ月かかる的な」
「そんなこと納得しないの! ヒドイっ!」
「ともあれ、このまま神田方面へ向かうのだ」
みんな、MUに乗ってスイスイと東京上空5メートル、靖国通りをゆく。
「でも、たった高さ5メートルでも、同じ東京とは思えない風景ですわ」
「普段歩いている時とは、全く視点が違うからの」
「あ、古書街が見えてきた!」
「ついでに寄って書泉グランデでお買い物―」
「そんなときじゃないでしょ。もー、全く緊張感ないなあ」
「冗談だよー」
「でも、本当は模型で作りたい戦後の占領軍列車の資料書籍が欲しかったのですが」
「それどころじゃないでしょ」
「緊張感? あはー、私達にそんなのあるわけないじゃない―」
「否定できないわよねえ」
そして、御茶ノ水方面に少し行った時だった。
「あれ何だろう? パトカーが4台、刑事さんたちごと、ドローンに囲まれてる」
「ドローンの盆踊りかなあ? でも神田明神のお祭りはまだのような」
総裁はとたんに、MUをダッシュさせた。
「さにあらず!」
「そうよ! 刑事さんたちがドローンに襲撃されてるのよ!」
「救援作戦開始なのだ! 全艦全武器使用自由! 脅威の方向0時!」
みんな、手にしていた雨傘だのホウキだの物干し竿だのを振りかざして突撃する。
「おうりゃああああ!」
「天誅!」
不意を突かれたドローンたちは一斉に散開しようとするのだが、それをみんな、一挙に捕まえてぶん殴り、叩き壊し、蹴りを入れる。
そして、一撃の瞬く間に、4機の陸戦用高性能ドローンが、無残にローターを散らし、東京都指定燃えないゴミ(回収費有料)に変貌した。
地上に叩き落とされてもドローンはこの事態を理解できないのか、なおも姿勢を立てなおそうとしてモーターを回す。
しかし、もうローターが壊れているため、地上を悶えるかのように転がるだけだ。
残り4機のドローンが旋回し、反撃に移ろうとするが、その振り返った2機のセンサーヘッドに、容赦なく海老名高校学校指定靴のカカトが2つ、ドンと蹴りこまれる。
ヘッドは当然、割れ砕け、本体もしおれるように落ちていく。
「残り2機!」
そして逃げようとするドローンに追いすがった華子。
「逃さんっ!」
逃げられる寸前、物干し竿にぶら下がっていたハンガーを引っ掛ける。
「許さんっ!」
華子は物干し竿を振り回す。
「
それを放り出し、ビルの上の看板に叩きつける。
最後の1機が上昇して逃げようとする。
「続いて後ろ下方攻撃!」
総裁がぱっとその手にした雨傘のフックをドローンの着陸スキッド、ソリに引っ掛ける。それでドローンは上昇できない。
そして総裁は、その瞳に狂気を宿すと、その傘をドローンごとグルングルンと振り回した。
ドローンも振り回されながら、逃れようと必死にローターの回転を変化させて暴れる。
ドローンが古書店の平台の上に行こうとする。
そのローターが古書を切り刻みそうになる。
「斯様なことはやらせはせんのである!」
総裁はその暴れるドローンをもう一度振りかぶり、
「すべて水底に沈むが良いっ!」
と、一気に歩道に叩きつけた。ドローンがバラバラになって盛大に破片が飛び散る。
「無敵っ!」
みんな、再びMUで隊形を整える。
「ドローン8機撃墜なのであるな!」
歩道と車道に累々と転がって苦悶するかのように、なおも震えているドローンの残骸をみんなで見下ろす。
「というか、ほんとに『無双』しちゃった……」
「うむ。これで必須要件は揃った。ここからは好きなようにやるのである!」
「いや、ここまでで十分好き放題だから」
刑事たちがドローンを撃とうとして撃てなかった拳銃を手にしたまま、呆然としている。
「き、君たちは?」
そう聞くのがやっとだ。
「え? あ、いや、そのー」
みんな、言葉に一瞬詰まった。
「いえいえ、通りすがりの治安維持に協力する一般市民です―」
「というか、我らが海老名高校鉄研なのであるな」
「すみませんー、ちょっと先急ぐんで、苦情とか細かい説明は、警視庁情報犯罪センターの竹警部まで、よろしくですー」
と彼女たちは神田を後にした。
みんな、さらに南下していく。
「説明すると長くなるもんねえ」
「それをやると、ただでさえすでに長いこの話が終わらなくなってしまうでの。そのための超法規的措置なのであるな」
「ヒドイっ、ヒドスギルっ!」
「でも、さっきのは警視庁機動捜査隊だったのね。ベテラン刑事が配置される隊なのに、ドローン相手ではその優秀なる拳銃射撃術も逮捕術も有効ではなかったと見た」
「さすが陸戦用、それも特殊部隊の屋内戦闘支援用のドローンってわけね」
「それを私たち、やっつけちゃったけどね……」
「まあ、鑑識の皆さんがあのドローンの出処、誰が実際放ったのか、製造元を見つけてくれるでしょう。いつもお世話になってる竹警部もなんとかしてくれるだろうし」
「それより!」
御波はヘッドセットを取った。
「教授! 状況はどうなってます!?」
『自衛隊の市ヶ谷の普通科は市ヶ谷防衛省敷地内から出られない。中央即応集団が都内に入ろうとしているけど、その許可を出し誘導する東京都と警視庁自身が指揮系統に混乱をきたしている』
「だって、例のARネットワークで状況は把握できるんじゃないんですか?」
『ネットワーク権限の設定を相手にやられているらしい。都もせっかく整備したネットワークが使えないことを惜しんでいるよ』
「でも、それだと」
『それどころか、一般のネットワークにも障害が起きている。一般人のツイッターなどで拡散されていたこの事態のツイートが、今急激に減少している。発信地分析すると、都内の一部でケータイからのネット接続に深刻な障害が起きているらしい』
「アスタリスク事件の再来!?」
『ああ。ドローンが都内で引き起こしている混乱に乗じて、事態がどんどん悪化している』
「教授、そういえば」
詩音のMUの後席に乗っているカオルが聞いた。
「このMU、さっきからいろいろ触ってるんですけど、民生用の交通弱者対応のMUに、なぜこんなECM装置や逆探知装置といった電子戦装備があるんですか?」
カオルの目の前、MUコントロールシステムに、そうしたものの標示が浮かんでいる。
『……カオルくんは相変わらず鋭いね』
「でも、教授の真意、解る気がします」
カオルはそう言いながら、ホログラフィを操作する。
そして、顔を上げた。
「教授、任せてください」
『カオルくん?』
「大丈夫です」
カオルの切れ長の目に、光が宿る。
「あのアスタリスク事件のとき、犯人の尻尾を掴んだものとして、負ける訳にはいかないですから」
そう言うと、カオルは口に笑みを作る。
「って。詩音ちゃん! ちゃんとMU操縦してよ!」
カオルは慌てた。乗っているMUの飛行姿勢が突然不安定になったのだ。
「あー、詩音ちゃんがまた失神しそうになってるー」
「ああっ、カオルちゃんがあまりにも素敵すぎて―! もう、受けでも攻めでも実に」
「詩音ちゃんこんな時に妄想はかどらせすぎ! 詩音ちゃん、しっかり!」
「もー、やめてよー。こんなときにー」
「はあああ、はかどって仕方がありませんわー!」
「うむ、思わぬ危機であるな。しかも! 諸君!」
「えっ、まさか!」
「そのまさかなのだ」
「そのまさかって」
「『自主規定字数』だーっ!」
「なんてこと!」
「ああ、またこんな」
「ともかく、続くっ!」
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