第3話 秋葉原駅増殖迷宮
「うむ、まもなく秋葉原である」
「御波ちゃんはそういやさっき、御徒町で傘もらってたけど」
「今日朝まで雨だったでしょ? なんで濡れてないの?」
「そういや、今朝、傘持ってなかったよね」
「それは……テヘッ」
御波は笑う。
「なんでもテヘで済まさないの! ヒドイっ!」
そして、カーブした線路の先だった。
「あれ、秋葉原駅の北側にこんな壁あったっけ? ないわよね!」
「第一、JR線の線路、完全に塞がってるじゃない!」
「でもこれ、ARで表示されてるだけの壁ですよ」
「じゃあ、無視して突っ込めば普通に通れるわね」
「でも、それはお勧めできないかも」
「なるほど、罠ね」
「ええ。このヘッドセットしてる限り、あの壁の中と向こうは見えない。しかも、このヘッドセットを外したら、MUの操縦は出来ない」
「ヘッドセットのAR機能だけオフに出来ない?」
カオルがタンデムMUの後席で操作して調べている。
「できるけど……」
「どうしたの?」
「ぼくが敵だったら、それにあわせて陸戦ドローン隠してみたり、罠の仕掛け放題でやったー、ッて思いますよ」
「そりゃそうよねえ」
「でもさー」
華子が言う。
「何?」
「なんでカオルちゃん、MUのことそんな詳しいのー?」
「それは、このMUの後席で、教授からいろいろ教えてもらってるんですよ」
「教授? 詩音ちゃんのお父さん?」
「そう。音声は今つながってないけど、リモート・アシスタンスは使えてるから、同じ画面見ながら教授にMUのこと、教えてもらえる」
「そっかー。カオルちゃん、さっすがー」
「てへ、それほどでもー」
「でも、あんまりのめりこむと、今度の将棋会館奨励会リーグ、降級しちゃうよ―」
「しません! ぜったいしません! それこそ全力で回避します!」
カオルはマジ顔でビビっている。
「いや、それよりこのARの壁どうするのー」
「うむ、ここは回避の一手と見たのだな」
「ぼくも総裁に賛成です。こんなトラップを仕掛けるんですもん。相手は我々をかなり意識してます。一か八かの賭けにでるにはまだ早すぎますし」
「そうね。回避しましょう」
「うむ。取ぃ舵ー、右40度ー、よーそろ、なのだ」
MUにのった鉄研のみんなは秋葉原市街に出ていく。
「む! 更にAR壁が!」
「おんなじことでしたか……」
「でも、カオルちゃん! マップを見て!」
みんながそれぞれ見ているホログラフィマップに再読み込み・更新中の標示が浮かぶ。
そして、その後に表示された。
「JR秋葉原駅、TX秋葉原駅に……なに? この第2秋葉原駅、第3新秋葉原駅って!」
「さらに真・秋葉原駅、秋葉原駅4th、秋葉原駅アネックス、秋葉原駅プラス、秋葉原駅マイナス……」
「秋葉原駅が、増殖してる……」
「なによ、この展開!」
「呆れて話にならないわよっ!」
「非常事態というより非常識よ!」
「む、ARを便利と思っておったのだが、それ自身が罠となり、こうして異世界めいた迷宮を作りだすとは」
「やられました。教授がいま、上野からリモートでこの罠を解体できないかやってます」
「それはありがたいのだが……。ここで待機したほうが良さそうであるな」
その時、みんなの視界に「警報!」の文字が浮かんだ。
「後ろ!」
「しまった! 陸戦ドローンに見つかった!」
「さっそく罠にハマったの!」
「加速して逃げましょう!」
「相手は陸戦用ドローンと言っても偵察警戒タイプです。火器は持ってませんが、体当たり食らうと痛いですよ!」
「痛いじゃすまない! あんなぶんぶんローター回したのに接触されたら、大怪我しちゃうわよ!」
「うぬ! ここで我が鉄研水雷戦隊に中破艦を出すわけには行かぬ! ここはワタクシにつづいてドローンを振り切るのだ! 全速前進!」
みんな、一斉に加速し始めた。
「またAR壁!」
「左旋回!」
ぐいぐいと総裁はみんなを引き連れ、AR壁で作られた『秋葉原迷宮』を、右へ左へと突進していく。
「秋葉原駅に続いて神田駅も! 外神田駅、神田明神駅、第2神田駅と増殖中!」
「もうっ! 『秘境駅』じゃなくて『迷宮駅』が乱立するって、どういうことよ!」
「わけわかんない! ヒドイっ、ヒドスギル!」
みんな、MUの限界速度でクイックターンとダッシュを決めながら、秋葉原につくられたARの迷宮を駆け抜ける。
そのすぐ真下では、そんなことが起きているとは知らない、一般の人々が普通に歩いている。
彼らには、そんなAR壁など見えないし、関係がないのだ。
「とはいえ、こんなにAR壁つくられたんじゃ、たまんないわよ!」
「そこでなのだが」
「総裁、なにこんなときにのんびり話してるんですか!」
「うむ。考えておったのだが。ここまで我々が通るとなぜか駅ではかならず我々を待ち構えたように、接近自動放送が鳴っておった」
「そうですけど!」
総裁は口調はのんびりしているが、それと同時にMUを操縦して機敏に壁をかわしていく。
「そして、AR壁の増設とマップ上の駅の斯様な増殖と乱立」
みんなは、それについていくだけで精一杯だ。
「そりゃ、インフラ系のネットワークがクラックされているからでしょ!」
「だが、問題は切り分けることでしか解決できないのだな」
「それは教授が今やってくれてます!」
「うむ。JRの運輸管理システム・ATOSが暴走しているのは間違いなかろう」
「そうですよ!」
「でも、ATOSとこのARネットワークって、そもそも、つながっておったのか?」
「え」
「それは」
「そもそも、JRは未だに『うちは民間ですから』というほどの役所体質」
「そういや、そうよね。普通の民間企業はそんなこと言わないわよね」
「そんなところがこんなARネットワークに簡単にその虎の子のATOSを接続するであろうか。するとしても、役所的にその施策の意義付け、意味付けで大騒ぎし、その果てにハンコが幾つ必要となろうか」
「そういえば……」
「しかも、最近ではそのくせ、絶縁碍子1個の腐食すら管理できず、高崎線を長時間不通にさせ新幹線での振替輸送を強いられるなどの大失態も多い。JR本体の技術力の低下も間違いない」
「そうですよね」
「しかし、鉄道は枯れた技術などではない。今でも高度な技術要素が求められる業界なり」
「じゃあ、まるごといろんな仕事、下請けに出したの?」
「うむ。そしてその下請けが、さらに孫請けに出し、それがもう管理が嫌になったら」
「それ、なんか、私たちが関わった『アスタリスク事件』の構図に似てますね」
みんな、その事件のことを思い出した。
心と魂を踏みにじられたネットワーク技術者が引き起こした事件。
彼が開発中の統合システム開発環境『アスタリスク』に巧妙な罠を仕掛け、世界中にネットワーク障害を引き起こした事件。
日本でも、世界でも、一斉にさまざまな機器が不調を起こし、それで世界が止まりかけた。
幸いこの彼女たちの関与で復旧したのだが、それを解決できたのは、その技術者の犯人が、世界を完全に破壊してしまうほどの罠だったのに、それを回避できる方法を一つだけ残していたからだった。
そんなバカな、と思うかもしれないが、事実、世界はこれまでいくつかの危機で、滅亡寸前でそれを回避してきた。
そんな事例が幾つもあるのだ。
「彼ら技術者を劣悪な環境で働かせ、その上仕事を平気で値切る。その対策に頭のいい技術者が取る方法は?」
「辞めちゃえたらいいんだけど、辞められないんだよね。社畜って言うけど、みんなそれぞれ生活かかってるし」
「ヒドイよねえ」
「でも、じゃあ、まさか……自動化?」
「さふなり。単純な作業はスクリプト組んでどんどん終わらせてしまうのも方法なり。それを強いられていることもあるが、例のアスタリスク開発環境では、そういった仕事そのものを自動化する機能も実装されておった」
「それに、そういえばJR東日本のATOS、最近一気にシステム更新してますよ!」
「突然ケータイアプリに対応したり!」
「いきなり便利になった―」
「その背景に、技術者のみなさんの努力もあれど、それにはきっと、下請け、孫受けへ無理難題がつきつけられたと思うのだな」
「じゃあ、まさか、ATOSの根幹、下請けレベルで自動化が!?」
「しかも、下請けだからといって技術がないということはない。高度な技術がありながら安く買い叩かれている人々も多かろう。そのなかに、例の囲碁で人間を完膚なきまでに圧倒した」
「ディープ・ラーニング!」
「さふである。それの応用ができるものもおるやもしれぬ」
「じゃあ……まさか」
「さふなり。
秋葉原駅を始めとした各駅が、意志と目的を持ったAIとなりつつある」
「そんな!」
「そして、そのAIが、我々に対して、挑戦を突き付けつつあるのだな」
「でも、そうとしか考えられない……だって、こんなこと、人間が思いつくかなあ」
「しかも、そのAIの暴走を引き起こしているものが、さらにAIかもしれん」
「悪いやつって、そういうAI?」
「いや、AIをけしかけている奴がおるのであろう。その結果がどういうことになるかも想像できないくせに」
「その結果がこの都内混乱じゃないの?」
「いや、もっと深刻な事態もありえるのだ」
その時、目の前に見慣れた風景が現れた。
「秋葉原駅・電気街口改札!」
みんなで減速し、その改札に近づいていく。
「うむ。そして、思い出したのだが」
「?」
「御波くん、上野公園に来るまでの途中で、君は忘れ物をしなかったか?」
「……傘!」
「さふなり。いつも君は傘の下に青空が描かれた傘を愛用しておった。なぜか今日、持たずにやってきたので、おかしいと思った。今朝まで雨が降っていたのに」
「たしかに忘れちゃってました、テヘッ」
「そして、AIの作るAR迷路で、なぜここに着いたのかを思ったのだが」
総裁は、言葉を区切った。
「AI化したATOSは、君にその傘を返却しようとしていたのではないか?」
「ええっ!」
「忘れ物窓口に行くのだ。多分傘が届いているはずだ」
「そんな!」
御波は促され、MUに乗ったまま、改札の窓口に行った。
「MUに乗ったまま自動改札も通れるわね」
「そりゃそうだけど」
そして、みんなが見る中、戻って来た御波のその手には、
傘があった。
「ええええ! なんでこんなことが!」
彼女が傘を広げると、青空の模様が確かに描かれている。
「うむ、もうAIは人間を信頼しなくなっているのだ」
「なに、その大昔のダメなSFみたいな展開……」
「む、『自動改札機が人型になってタッチを要求してくる』かと一瞬思ったのだが、ここではそういうことはないのであるな。
おそらくATOSを侵食したAIは、君が傘を忘れ、別の誰かがそれを駅に届けるのをすべて監視し、なおかつ、我々が上野公園から出発した時にネットワークを使って認識し、マッチングして、誘導にAR壁を作り、傘を返却しようとしたのだ」
「そんなことがあり得る?」
「やだなー、これ、物語なんだよ―」
「うわー、それ言っちゃだめじゃん!」
「せっかくの世界が壊れちゃう!」
「うぬ! にもかかわらず! 斯様な強度の監視社会は、そんな『極端なおせっかい』を実現しかねないのである! 事実!」
みんな、気付いた。
「あれほど塞いでたAR壁が、消えていく……」
「マップ上の駅の乱立も増殖も消失してます!」
「やった……の?」
「うむ。しかし、おそらくATOSが暴走したことは、間違いがないのだな。他のインフラ系のシステムも暴走しかねん。
これからもAR壁のトラップはまだありえるのだ」
「そうね」
総裁は、片手にした自分の傘を、振るってキメた。
「この事態、さらにインフラ系のシステムに密かに使われておるAIの連携で起こされておるのかもしれぬ。
答えはここから、首相官邸に行けば出るであろう!」
そして、総裁は付け加えた。
「そして、丁度ここで規定字数なのだ。
ゆくぞ! ここで話の打ち切りはないのだ!」
「それ言わなきゃ、もっと締まった話になるんだけどねえ……」
「そしてつづいちゃうのねー」
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