第2話 御徒町駅拡張現実
MUに乗った彼女たちは、JR京浜東北線の線路上を飛んでいる。
「一瞬、著者が展開に迷っっちゃったのかと思ってびっくりしましたー」
「うむ。我々の著者に対する信頼ははなはだ薄いものであるからの」
「しかも、前回、私たちとMUの紹介とかで、正直アップアップでしたね」
(著者)すみません……。
そんな彼女たちに、北行の京浜東北線電車が上野-御徒町の駅間で止まっているのが見えてきた。
「防護無線信号が発報されてるわ。そのせいで、東京中心部の鉄道の列車はほぼ全部止まっている」
「でも、助かるわ。その分こうして移動できる』
「でもなんでー? こんな線路の上飛ばないで、普通に道路上を行けばいいじゃないー」
華子がそう口をとがらせると、タンデムMUの後ろのカオルがホログラフィを操作した。
「え、さっき上野公園から飛び立ったぼくたちがホログラフィに写ってる……これ、誰が撮ったの!?」
「今どき珍しくともなんともないじゃん。街のみんな、普通にスマホ持ってるし」
「あ、そうか」
「でも、個人がスマホで撮った動画はアップされなければ拡散しない」
「じゃあ、この動画は」
「……タクシー?」
「そう。都内のタクシーに、都の防災情報収集のために全周カメラが搭載されている。災害時に都内の状況を都が把握しやすいように、って」
「なるほど。タクシーに電源あるから、あとは通信網さえ生きてれば状況確認の情報が確実に多く収集できるってわけね」
「しかも」
MUに乗ったみんなの見ている視界に、急激にいろいろな情報がインポーズされる。
そしてそれが整理され、見えている建物が透けてその向こうが見えるようになった。
「すごい……なにこれ!」
「珍百景!」
「だからこんなときに。だいたいテレビネタはすぐ風化するよー」
「これ、ARCHOR、ARCHitect Extension Realityと呼ばれるこのMU搭乗用のヘッドセットのモードです。
AR、拡張現実を使って、さっきのタクシー全周カメラの情報を一旦総合して、整理して解析し、建物の向こうの画像に再構成して確認できる」
「なるほど、これだとビル街でも待ち伏せされても大丈夫ね。ビルの向こうが見えちゃうから」
「そうです。
ほかにも防犯カメラ、防災カメラの情報が統合されている。
何気ない店舗のものから、防犯灯まで。これまでバラバラだったそれらを、ネットワーク化して活用できる。
IoT技術ってそういうことです」
「すごい!」
「でも、見えるってことは見られちゃうわけですよ」
「まさか、このARネットワークも悪い連中に使われてるの?」
「たぶん。ぼくだったらそうしますもん」
カオルはそう言うと皮肉に微笑んだ。
「カオルちゃん、楽しそう」
「てへー、それほどでも」
「……照れることなのかな」
「うぬ!」
先頭を行く総裁が声を上げた。
「ともあれ、これで敵の伏兵対策は万全なり。ますます急いで首相官邸に向かうのであるな!」
「でも、方向が若干違うような」
すると、ポインタがARの視界にインポーズされた。
「これ、みんなが見てる視点がわかるのね」
「さふなり。情報共有なのだ。MUに乗っている我々の間でネットワーク共有がおこなわれておる。かの陸自10式戦車のターゲッティングシステムと同じなのだな。そして、ワタクシが見つけたのが」
「陸戦用ドローン!」
「うむ。このARなるシステムで見ておったのだが、首都東京の主要交差点にこの陸戦用偵察ドローンが配置されておる」
総裁はそこで、言葉を区切った。
「そして僚艦諸君! 気付いておったか?」
「えっ」
「なんと! 我々はこのMUに乗っていても、武装を何も持っていない!」
「ああああ! ほんとだ!」
「このMUには、ミサイルもレーザーも機銃もないのだ!」
「そりゃ交通弱者用の乗り物ですもんねえ」
「それどころか! 我々はなんとそのうえ! 手ぶらだ!」
「ほんとだ!」
「なんも考えてなかった!」
「だめじゃん!」
「でも、これじゃあ!」
御波がさらに気付いた。
「『無双シーン』が出来ないじゃない!」
「ほんとだ!」
「えっ、無双って?」
「こういう冒険ものには無双シーンは必須とされてるのよ!」
「……そうなのかな」
「ともかく、これだと下手に陸戦用ドローンに発見されると、ちと、めんどくさいのだな。故にちょいと線路上を通って回避するのであるな」
「めんどくさいって……それどころか、丸腰じゃないですか」
「しかし、相手を察するに、こちらの武器はいずれ得られるであろう」
「何そんな楽観的なんですか―」
「悲観しても仕方ないからの」
そう言いながら京浜東北線の電車の脇を通り抜ける。
「電車の向こうも透けて見えるから、危険は察知しやすいわね。さすがAR」
「うむ。これもまたMUの目指す新世代交通システムを支える技術なのであろう」
電車の運転士も、車内の乗客も、すぐ隣の線路上を浮かんで駆け抜ける彼女たちに驚いている。
「そりゃ驚くわよねえ」
「なんだかすみませんな感じ」
そして列車の最後尾が見えてきて、それをスイスイとかわして、なおも南下する。
後尾では車掌が列車電話をとって、何かを通報しているようだったが、それに構わず彼女たちは南を目指す。
「御徒町駅だ!」
「ああ、なんか、御徒町駅が増殖しそうに思えちゃう頭になってる私が怖い……」
御波がそういって頭を振っている。
「うむ、御波くんはこういう冒険ものの世界の定石に詳しいのであるな」
「でも現実と物語混同しちゃってますもん。『横浜駅増殖』じゃあるまいし。まずいなあ」
「でも、幸い、御徒町駅は増殖はせぬらしい。このまま通過するぞ」
「はい!」
応答する彼女たちの声がコーラスのように揃うなか、MUは御徒町駅に突入していく。
MUはスピードこそ出ないものの、安定して、まるで空中に敷かれた見えないレールの上を滑るかのように、安定して浮かんで進む。
「あんまり高度上げると電車の架線で感電しちゃうわ」
「でも、MUが自動的に高度制限してくれてるわ」
「うむ、よくできているのである」
「御徒町、場内進行!」
「いや、私たち鉄研だけど乗ってるのは電車じゃないから」
「でも、ATOSの電車接近放送が鳴ってるのはなぜ? さっきの上野駅でも鳴ってたけど」
「うむ。我々のMUは何らかのシステムで監視され、それを介してATOSが作動しているのであろう」
「監視されちゃってるの?」
「そうです。都内のこういったいろんなネットワークは今、ぐちゃぐちゃに敵とぼくたちの間で利用したりされたりしてるんです」
「えー、やだなー」
「覗きこむ時には相手に覗かれてるってことですよ」
「カオルちゃん、頭いいなー」
「でも、この状態はあんまり良くないですよ」
カオルは詩音の操縦するタンデムMUの後席で顔をしかめた。
「うまくアレが働いてくれればいいんだけど」
「アレって何?」
「ぼくのトモダチです。こういう時に頼りになる」
「知らなかった。そんな人いたの?」
「正確には人じゃないんですけどね」
「どういうこと?」
「話せば長くなります」
「……まあ、今はいいかー」
「そうしてください」
カオルはそう言いながら、詩音の操縦するMUの後席で、ホログラフィの画面を見つめている。
背後のその切れ長の眼を、詩音がホログラフィバックモニタで見てしまった。
「たまりませんわ……何度見ても妄想がはかどってしまいますわ……」
「ああっ! 詩音ちゃんが失神しそう!」
「もー、やめてよー。こんなときにー!」
『電車が通過します。黄色い線の内側に……』と自動放送がかかった御徒町駅のホームに差し掛かる。
「私たち、電車じゃないのにねえ」
「それどころか私たち、女の子ばっかりなのに何? ここまでの男くさい展開! ハーレム展開もないし!」
「御波ちゃん、そんなこと心配してるの?」
「せっかく私たち、冒険に出てるのに、この話、PV絶対伸びないわよ!」
「あああ、御波ちゃんがなんか妄想捗ってる―」
「うぬ、妄想が捗るといえばこれまでは詩音くんであったのだが、御波くんの妄想はまた別物であるの。む、奥が深い」
「深くない深くない」
「というかそれ、『究極超人あ~る』ネタ……古すぎてヒドイっ!」
「総裁、ぜったい昭和のおっちゃんが総裁の中にいるんですよ! 背中のチャック見せなさいよ―」
「なにかがズレているのであるな」
「しかも、この冒険中なのに緊張感のない!」
「御波ちゃんはこの展開にお怒りの様子です」
「それは『総統MAD』!」
「総裁と総統で紛らわしいっ! ヒドイっ!」
「まあそれはよいので、御徒町、通過ー」
総裁は指差喚呼している。
「斯様なときでもテツの心はかわらぬのであるな」
「ああああ、ダメだこんな冒険……」
「御波ちゃん、しっかり!」
その時、ホームの乗客のおじさんから声がかかった。
「君たち、何やってんの? 電車止まっちゃってどうしたのかと思ってたけど」
「いやー、これからちょっと『正義の味方』でもしようかなー、とか」
「せっかくなんで、これに乗ってこの混乱の正体を見に行こうかと」
口々に彼女たちは言う。
「電車、君たちのせいで止まってんの?」
「えっ!」
「いや、私たちじゃなくて!」
あわてて弁解する。
「冗談だよ。でも、君たち、そんな『浮かぶ電気ケトル』に乗って行くの?」
「そういうことになります」
「手ぶらで?」
「正直、用意するまで、出発するときに頭回んなくって」
テヘっと御波は笑う。
「笑って済むことじゃないでしょ」
「ああ、計画性がない……」
「ほんと、しょうがないなあ」
ホームのおじさんはそういうと、手にしていた雨傘を渡そうとする。
「え、貸してくれるんですか!」
気付いた御波は喜ぶ。
「ああ。ほんと、見ちゃおれんからなあ。もー。持っていきなよ。もう返さなくていいから」
「ありがとうございます!」
鉄研のみんなはお礼をする。
「じゃあ、これも持って行きなさい」
声をかけてきたのは駅の売店のおばちゃんだった。
「ええっ、デッキブラシ!?」
「これも」
そういうのは駅の清掃のおじさん。
「竹ぼうき!」
「ちょっと重たいけどこれも。どうせ捨てる予定だったから」
駅員さんが持ってくる。
「物干し竿!」
みんなそれぞれ、それを手にする。
「うむ、それぞれ柄モノを手にして、一騎当千であるのだな」
総裁はみんなを見て、そう言うと、うなずいた。
「ほんと、ありがとうございますー」
みんなでお礼をする。またその声がコーラスになる。
ホームの人々は、口々に、「気をつけるんだよ―」「身体を大事にね」「達者でね―」と言っている。
「なんか、みんな、あったかいね」
「うむ、思わぬ『京浜東北線通過の旅』となってしまったのだな」
「人々とのふれあい感じてる場合ですか!」
総裁は雨傘を構えたり、振るったりしながら、浮上中のMUのバランスが崩れないか試している。
「うむ、とはいえ、これは使えそうなり」
「御波 は、 雨傘 を 手に 入れた。 ♫ててててーってってー!」
「アイテム入手音を口で真似ないの!」
「御波ちゃん、なんかいつもと違う―」
「冒険になると御波くんはなにか変なスイッチが入るのであろう」
「あああ、こんな緊張感なくて大丈夫なの私たち!」
「それに雨傘で無双シーンなんて出来るの?」
「いやそうじゃなくて」
「しかも!」
総裁が声を上げる。
「えっ! まさか!」
「またここで自主字数制限なのだ!」
「ええええええ!」
「『MUは次はいよいよ秋葉原電気街へ入ります』」
「なに石丸謙二郎さんの声真似を!」
「『世界の車窓から』じゃないんだから」
「ヒドスギル!」
「ともあれ、つづくっ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます