鉄研、バーズアウェイ!/鉄研の高校3年女子が謎の機械で空飛んで戦う話・でも横浜駅は増殖しないよ。

米田淳一

第1次首都決戦編

第1話 上野公園離陸


 2016年10月、東京・上野公園。


「きゃー、ちこくちこくー、って言うと思った? 残念ー! 鉄研てっけん時間で間に合ってましたー!」


 女子高校生の葛城御波かつらぎ みなみはそういうと、テヘッと笑った。話しぶりに髪飾りからしてあざといアイドル風味の子であるが、彼女は海老名高校鉄研の副部長である。


「何やってんのよ。だいたい誰相手に喋ってるのか、おかしいわよ。ヒドイっ」


 それに同級生の芦塚あしづかツバメがツッコむ。彼女は手にしたスマートウォッチだけでなく、アニメのグッズをあしらっている風体からして少しおたくっぽい外見の子だ。


「受験志望校見にいく遠足の集合までは確かに間に合ってるけど。ヒドイっ」


「たしかにヒドイよね。集合時間の1時間前にもう待ち合わせの上野公園に集まって、こんなので遊んでるとか。私たちがいくら女の子だらけの鉄道研究部で、鉄研時間がマイナス方向に誤差あるからっていっても」


 みんな高校の制服姿で何やってるのかというツッコミはありえるところだが、やっていることはやっぱり非常識だった。


「そのおかげでこれに乗れた。このMU《えむゆー》といふものは、遊ぶにはとても面白い乗り物であるな」


 そう言うのは長原ながはらキラ。彼女はこの上野公園にいる鉄研のみんなからなぜか総裁と呼ばれている。鉄研の事実上の部長である。機関車の動輪の髪飾りをしているのが、彼女が度はずれてテツであることを示している。


 彼女は、電気ケトルのようなデザインの不思議な小さな機械に乗って、スイスイと空中を移動している。


 その乗った機械に書かれているロゴは「MU・Mobility U.N.I.T.」。


「このMUという乗り物、はたして動作原理は不明なるも、『リアクティブ質量補償システム』とやらで、こうして浮上し、人間の肩の入れるところにスイスイと浮上したまま入れるコンパクトさ。最大速度60キロ、実用上昇限度20メートルの簡易飛行性能を持っているとは、まことに驚きなり。我が鉄研部員の詩音しおんくんのお父さん、武者小路教授の手になるものとはいえ、まさに来るべき交通革命の嚆矢と言うべきか。我が鉄研としても、新時代の交通手段の研究対象として大変興味深いのであるな」


「技術っていつの間にか進歩してたんですね―」「ほんとかなあ」


「ほんとですー。免許も試験もいらないのにこうして乗れるなんてすごいー」


華子はなこでも乗れるもんねえ」

 そう言われた背の高いバスケ選手のような女の子、中川華子なかがわ はなこも、MUに乗ってすでにスイスイと公園の上を飛び回っている。

「またボクをバカにするー!」


「そうじゃなくて。もー、華子はバカにされるのに反応しすぎー」


「うむ。でも、そう反応する華子もまた愛くるしいのであるな」


 隣では、真剣な顔でそのMUのタンデム2人乗りタイプに乗って、今まさに浮上しようとしている優しげな子がいる。


「大丈夫。脳波キャリブレーション終了の表示のあとで「浮こう」と思えば、MUは君の思うとおりに、自動的に安全を確保しながら浮いてくれるよ」


詩音しおんちゃん、大丈夫? ぼくは2人で乗っててコケるのやだよ?」


 冗談めかせた声。

 その声の主、後ろの少し高くなった腰掛けで、ホログラフィパネルとタッチパネルで何かを操作して遊んでいるのは、切れ長の目の美少年、に見える女子高校生の鹿川かぬかカオルである。バイトで北急電鉄という大手私鉄でダイヤ作成とプログラミングの仕事もしているという、これまた非常識な子である。


「詩音、大丈夫。コケるような不十分な作り込みはしていないよ」


 優しくそう言って促すのは、開発に携わった詩音の父、武者小路むしゃのこうじ教授だ。


「……そうですわね。お父様のお仕事の成果物ですものね」


 詩音は意を決したその時、彼女がかけたヘッドセットの投影するホログラムに、「キャリブレーション終了コンプリート」のサインが浮かんだ。


 MUは着地状態では2輪の主車輪と、1輪の後部車輪で支えられている。

 それが、詩音がちょっと意識すると、ふっとしたかすかな排気の後、かすかな磁歪音とともに、本体が浮き上がろうとする。

 3つの車輪のサスペンションから荷重が抜けていく。

 そして、ついに主車輪がアスファルトを離れた。すぐに後部車輪が自動で引き上げられ、格納される。


「浮いた!」


 顔をほころばせる詩音。そのMUは安定して空中に静止している。


「そのまま前に行こうと思ってごらん」


 彼女とカオルを乗せたタンデムタイプのMUは、ゆっくり、すうっと空中を前に滑っていく。その浮上飛行の安定度は、まるで氷の上を滑るかのような滑らかさだ。


「すごい!」


「極端な運動苦手の詩音ちゃんでも乗れるから、ほんと、このMUの制御技術ってすごいですね!」


「さすが交通弱者対策の切り札なり」


「こんなのができるなんて、ほんと、長生きってするもんよね―」


 表示されたホログラフィーの指標を見ながら、みんなはさらにMUを操って楽しんでいる。


「高校生にそのセリフを言われるとは思わなかったよ」

 教授は苦笑する。

「でも、ほんと君たち好奇心旺盛だからなあ。実用試験でこの上野公園来てるけど、君たちを乗せるとは想定外だよ。まあ、誰にでも乗れる乗り物というところはクリアできてよかったけど」

「私たち、そんなに物欲しそうに見てましたー?」

「そりゃあ、もう」

 教授の言葉にみんな、テヘッとまた笑う。

「まあ、君たちが楽しんでくれてよかったよ」

「でもなー。このままずっとこれで遊んでいたいー」

「受験とかめんどくさいー」

 みんな口々に言う。

「わがまま言うんじゃありません」

 教授がたしなめたその時だった。


 周囲でパトカーのサイレンが一斉に鳴り出した。


「え、私たち?」

「まさかー」

 突然、MUの実験スタッフたちも慌ただしくなった。

「どうしました?」

 彼女たちに聞かれた教授はケータイの情報共有システムを見ている。


「首相官邸一帯が、制圧された……?」


「ええっ」

 みんな驚いている。

「いや、このMUがあることだけですでに驚きだから」

「そうじゃなくてー」「もー、なにかおきたの?」

 彼女たちは口々に言っている。


 教授が操作すると、MUに乗っているみんなの視野にホログラフィーで動画がインポーズされる。

「首相官邸一帯を小型の屋内戦闘用ドローン多数が占拠し、総理・閣僚がみな、身動き取れなくなった。通信は有線は輻輳中、無線は妨害を受けている。政府が機能麻痺に陥った」

「でも、ドローンはそういうところじゃ飛べないようにされたんじゃなかったんでしたっけ」

「ああ。ドローン飛行制限区域が指定されている。でも、それを判定してるのはドローン自身なんだ。だいたいはGPS情報からドローン搭載のコンピュータが判定してる」

「でも悪い奴はそれ、ごまかしちゃいますね。改造したり」

 カオルが明晰な口調で答えを言う。彼女は現在、将棋会館奨励会に入っている将棋プロ棋士の卵でもあるのだ。

「そうだろうな」


 そのうえ、別のサイレンが鳴り出した。


「これは……武力攻撃事態!」


「国民保護法のサイレンじゃないですか!」



「さらに羽田空港に重武装のテロリストが出現、警察空港警備隊と交戦中だ。自衛隊がその応援で治安出動として出動するとこらしいんだが」


「でも、官邸が」

「ああ。折悪しく官邸に防衛大臣がいる。自衛隊は動いても、防衛大臣と連絡が取れず、警察を支援できない」


 みんな、不安げな顔になっている。


「どうしましょう」

「というか、私たち、どうなっちゃうんだろう!」

「電車も車も全部止まっちゃってるみたいですよ!」


 教授は、言った。

「君たちはこのMUで脱出するんだ」

「ええっ」

「今はMUに乗ってるのが一番安全だ」

 その視線が、タンデムMUに乗っている詩音に合った。

「脱出するんだ」

 一瞬、静寂があった。

「うぬ!」

 総裁が口を開いた。

「ただ脱出するのでは、このMUの『もったいないオバケ』が出るのだな!」

「総裁……そんな」


「斯様なMUという便利かつ画期的なものを持ちながら、不逞なるドローン共になんの抵抗もしないとは、我が鉄研の名誉に関わる! まさに時は今! 我が鉄研水雷戦隊は速やかに出撃し、不逞なるドローン共に我が水雷魂を発揮、彼奴らに天誅を下さんと欲すのであるな。本日天気晴朗なれども波高し、なのだ!」


「なぜに『艦これ』混ぜてるの」

「というより、まさか、首相官邸に乗り込むの?」

「さふなり。もともと我々は警視庁に例のアスタリスク事件でお世話になっているからの。ここは恩の一つでも返しておきたいのであるな」

 MUの実験スタッフはみな、驚いている。


「そんな危険なこと……」

 と御波は言うが、




「そんな危険なこと、面白いじゃない!」




 その言葉に全員、ズルッとこけた。


「そうそうー。せっかくこんな面白いもの乗ってるんだもん、貪欲に行きたいですー。貪欲祭り☆ですー」

「私も」「ぼくもー」

「私もそう思いますわ」

「詩音まで……」

 教授は驚く。


「お父様にも、『アスタリスク事件』では迷惑をかけましたわ。私が少しでもお役に立てればと」


「うぬ、決まりであるっぽいのだな」


 総裁はそうまとめた。


「そうか」


 教授は、決意を固めた顔で言った。


「じゃあ、MUをここに停めて。MUに増設LLLバッテリーを着けるから」


「行っていいんですか」

「ああ。君たちに、託した」

「やったー!」





 そして、鉄研の6人の女の子たちは、上野公園の西郷隆盛像の下、展望台から、空中に滑り出した。


 不安げにしていた人々が、そのすぐ頭上をかすめるように浮上してスイスイと駆け抜ける彼女たちに驚いている。


「そりゃそうよねえ。こんな電気ケトルみたいな謎の機械に乗って空飛ぶ女子高生なんて」


 彼女たちは飛びながら口々に言う。


「ドラえもんの道具じゃあるまいし」


「意味分かんない! リアリティがない! 必然性がない! ヒドスギル!」


「ツバメちゃん、今更それ言っても仕方ないよー」


 そのままMUは上野駅のJR京浜東北線線路の上に出る。


「電車が止まってるから、ここを通れちゃうわね」


「うむ。しかし、一般道を避けたとはいえ、ここでもいささか勘違いされているようだが」


 上野駅ホームで列車を待っていたお客さんたちが、線路の上に降りてきた彼女たちとMUにびっくりしている。


 その駅に、MUに何故か反応しているのか、『1番線を、電車が通過中です』となぜかATOS、JR東日本の運輸システムの流す自動案内放送が流れている。


「なんでー?」

「うむ、東京のインフラ系のネットワークも脅かされておるのであろう。まさに現在、首都東京は危機に陥っておる。情勢は風雲急を告げておるのだ」


「でも、総裁、この後どうする?」


「む、ワタクシには目論見があるのだな。しかし!」


「え」



「ここまでで自主制限字数である!」



「えっ、字数制限!?」「ええー」


「さふなり。あんまり1話が長いと、ここの読者の皆様が読みにくいのであるな。とりあえずワタクシたちはさらに制圧された首相官邸の解放に向けて、この物語を続けるのである!」


「そ、それって……著者、実は次の展開を思いついてないんじゃ」


「まさかの著者書き逃げ疑惑!?」


「えええ!」「わかんないー」

「ともかく、続くっ!」

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