告白-2

「上杉くーん、神崎さーん、お昼一緒に食べよー?」

 花を作り終え、準備はさらに進み、少し前に準備を離脱してどこかへ行った高城と山口がコンビニの袋をぶら下げて帰ってきた。僕と開耶、それと生徒会から戻ってきた藤井は三人で協力して教室の壁に折り紙の鎖を飾りつけていたのだが、時計を見ると確かにもう昼食時だった。

「じゃあ、ご飯にしましょうか。上杉くん、この椅子借りますね」

「え、ちょっと待……うわああっ!」

 藤井はそう言って、まさにその椅子に立って高い位置の壁に飾りつけをしている僕のことなど見えていないかのようにサッと椅子を引く。足場のなくなった僕はダルマ落としのように重力に従って落っことされ、みっともなくも尻餅をついてしまう。

「ひゃあああ、ふ、双葉くん、大丈夫!?」

「あっごめんなさい、何か綿埃のようなものが乗ってたなとは気づいてたんですが上杉くんだとは思ってなくて」

 僕が何をしたというのだ。誰かこのドSな女の子の弱点を知る人間はいないものか。尻が痛い。

 教室の床の一角で、五人は車座になって各々昼食を広げる。山口と高城は持っているコンビニの袋を開けておにぎりやサンドイッチをばらまき、藤井は鞄から弁当箱を取り出す。開耶も持ってきた自分の鞄から弁当箱を取り出した。

「あれ? 上杉くん、ご飯は?」

「あっ、双葉くんのはこれです。はいっ、双葉くん」

「ああ、ありがとう」

 山口が訊いてすぐ、開耶は手に持っていた弁当箱をそのまま僕に手渡す。それからもうひとつ弁当箱を取り出すと、膝の上に置いて蓋を開けた。

「え、まさか、じゃあそれって……」

 何か言っている山口は気にしないで、僕も弁当を開ける。開耶のそれと全く同じ、色とりどりの食材が出てきた。今日も変わらず美味しそうだ。

 そうしたら山口はいきなり大声で絶叫した。

「あ、あああ、愛妻弁当だ――!」

「うるさい、だからなんだ」

「あ、愛妻って、そんな……」

 ボンと音でもしそうなほどに、開耶は顔を真っ赤に染めてもじもじしている。高城と藤井も興味深そうに僕に近づき、弁当を覗きこんできた。山口は打ちひしがれたような表情のまま、弁当を指さして急に語り始めた。

「愛妻弁当……それは選ばれた女性だけが彼氏や夫のために禁断の錬金術で精製できる特殊な回復アイテムだよ! 体力が全回復するし、戦闘不能でも体力満タンの状態で復活できて、おまけに食べた後三分間は攻撃力と防御力が二倍になるっていう、ボス戦のときにあるとかなり大助かりなアイテムだよ! うわーおいしそう……!」

 どこから突っ込めばいいのだろう。

 藤井も僕の横から開耶お手製の弁当を眺めて、ため息をついている。

「はああ……ここまで綺麗には私でも作れませんね……げに惜しむらくはこの素晴らしいお弁当が上杉くんみたいなゴミ虫野郎に食べられてしまうことですよ、死んでください上杉くん」

 なんで僕が悪いことになっているんだ。

「彼氏のために愛妻弁当を作る神崎さん……なんて圧倒的な彼女レベルの差……ぐはあ、あたしじゃ太刀打ちできないよ……あたしの彼女レベルが三十だとしたら神崎さんのそれは五億五千万くらいあるね……」

 山口は血を吐くようなふりをしてその場で一人悶絶し始めた。にしても彼女レベルってなんだ。三十もあったのか山口に。あっても四とかだろう。

 高城も弁当を覗きこみながら腕組みをして頷く。

「うんうん、俺も恋愛上級者だから分かるんだけどよ、やっぱ男としちゃ彼女に手作りの愛妻弁当を振舞って欲しいもんだよな。ちくしょう、羨ましいぜ上杉。奈緒は料理全然できないからな」

「悪かったね、どうせあたしは料理できないガサツな女だよっ! ふんっ、いいもん、神崎さんの愛妻弁当ヤケ食いしてやるから!」

 憤慨する山口は僕の弁当箱を奪い取ったかと思うと、無造作に手で卵焼きをつかんで口に放る。

「おい……僕の……」

「んっ、んまーい! 舌がとろけるー! なんじゃこの卵焼きー! 卵焼きの美味しさの限界を超えて新境地を開拓してるよ! 名付けてネオ卵焼きだよー!」

 山口は勝手に僕の卵焼きを食べて絶叫した。今にも背景にザッパーンと砕ける波が出てくるような、下手な料理漫画の如き演出が入ってきそうだ。

「マジでか、俺にもひとつくれ!」

「私にもください」

 おいやめろ。僕の弁当を奪っていくな。返せ。

「うめえー! なんだこりゃ、超うめえよ! 最高だぜ!」

「あら美味しいですね本当に。申し訳ありませんがあまりに美味しいので上杉くんの分はありませんよ」

 僕の弁当だろうが。

「どれどれ、お次はこの唐揚げを……うまーい!」

「俺も俺も!」

「私もいただきましょう」

「だから僕の弁当だろうが! いい加減にしろ! ハイエナかお前らは!」

 僕の弁当箱はバカ三人にたらいまわしにされ、中身が順調に減っていく。僕が付け入る隙などどこにもない。なんだこれは。新手のいじめか。

「ふ、双葉くん、わたしの半分食べて……」

「あ、ああ……」

 開耶が申し訳なさそうに自分の弁当箱を差し出してくれたので、なんとか飯抜きは避けられたが。

 僕の弁当箱は、僕が一口も食べないうちに数分で綺麗にされてしまった。空しい。限りなく空しい。謝罪と賠償を要求したい。



(開耶、楽しそうだ)

 僕たち五人は午後になってからも、様々な準備に奔走した。

 開耶は女の子二人に挟まれて休む間もなく話をしていた。ほとんど開耶が聞き手だったが、二人の勢いに押されつつも、楽しそうな表情で会話を弾ませていた。

「去年陸上部の先輩から聞いたんだけど、料理部の手作りクッキーは毎年すごい人気で、整理券とか配る始末なんだよ。あたしも食べたかったんだけど行ってみたらすっごい並んでて、整理券の番号も440とかで無理確定って感じで、案の定食べられなかったんだ。今年は何がなんでもそのクッキーをだね……」

 僕とのことだけでなく、文化祭のこと、ファッションやブランドや食べ物、歌や映画のことまで、話題は尽きない。

「女が三人揃ってかしましい、か。本当に女の子って、喋るの好きだな」

「んで俺らは男同士で何やってんだって感じだよな」

 僕たち男二人は、彼女らから少し離れて教室の外や中に立てかける、呼び込み用の段ボール製看板を黙々と作っていた。カッターで切り取り、組み立て、自立するようにする。

 なぜこういうとき、女の子と違って男は無言になるのだろう。僕がおかしいのか。

 女の子たちが楽しそうに談笑しながら、白い模造紙に絵や文字を書いている。それを僕たちが組み上げた段ボールの骨組みと合わせれば看板が出来上がるわけだ。

「でも、悪くはない」

「え、俺と二人が? 上杉、お前……」

「なに引いてるんだ、違う。こういうふうに開耶が楽しんでいるのがだ。僕が与えるものじゃなくてもいい、開耶が楽しそうにしているのなら何であれ、だ」

「何言ってんだ、お前が与えてることに変わりはねえだろ。あいつがお前の彼女じゃなかったら、神崎と奈緒は今こうして喋ってることもねえんだぞ」

「…………」

 確かにそうかもしれないが。

「お前もいい加減、彼氏としての自覚を持てよ。じゃねえと、彼女が離れちまうぜ。なにより俺みたいな恋愛上級者になれねえぞ」

 びしっと親指で自分を指す高城。恋愛上級者云々は無視して、僕はそんな友人にひとつ訊く。

「お前はどんな自覚で、山口さんと接している」

「奈緒は俺の嫁だっていつも思ってるぜ」

 聞くべきではなかった。恋愛上級者を自負しているくせにまるで参考にならない。

 しかし、仮によい答えが返ってきたとしても、結局は自分で考えることだ。

 開耶のほうを見やった。相変わらず、山口と藤井と一緒に、楽しそうに作業をしている。

 よく聞くと敬語も取れていて、もうすっかり打ち解けているようだった。自然な笑顔がまぶしかった。

「……んでさ上杉くんったら、この寒い中ひとりにしとくのはかわいそうだって言って、しばらくその猫を抱いたまま動かなかったんだよー。そしたら家から飼い主さん出てきてさ、お前うちの猫に何やってんだって怒鳴られてんのー! 一年近く前のことなのに今でも笑えるー!」

「えー、ほんとに?」

 放っておくと余計なことがどんどん暴露されそうだ。そろそろ止めに入るべきか。



 全ての準備が終わったのは、夕方の六時半。二人で学校を出た時には、もう暗くなりかけていて開耶の顔も陰る。

 山口は高城のクラスの準備がまだ残っていると言って彼氏とともに四組へ赴き、藤井は生徒会の打ち合わせでまだ帰れないらしく、木下もあちこちを飛び回っていて忙しいらしい。彼女は文化祭実行委員より動いているのではないだろうか。

 そんなわけで、今日も二人で下校する。

「すっかり遅くなってしまったな」

「うん。でも今日は遅くなるかもってお母さんに言ってあるから、ご飯はお母さんが作って待っていてくれるの。安心だよ」

 開耶は元気にそう言ってから、声を少しだけ落として続けた。

「双葉くん、今日はありがとう。楽しかった」

「僕は何も……開耶を連れてきたのは高城だ。僕が連れてくるべきだったのに。それに、僕よりも山口さんたちと一緒に楽しそうにしていたじゃないか、今日は」

「でも、双葉くんの彼女でいられたから、山口さんや藤井さんとも会えてお話できた。双葉くんでつながってるから、やっぱり、ありがとうかな、って」

「そうか、それは良かった」

 意外と高城の言葉は的を射ていることもあるものだ。そんな風に考えていたら、開耶はあらたまって「ねえ、双葉くん」と僕を呼ぶ。

「ん?」

「さっき山口さんに勧められたんだけどね、もしなんだったら明日のお店も三組で一緒にやらないかって」

 そんなことが可能なのかと思って聞いてみると、ちょうどその時教室にいた木下が話を聞いてすぐに教室を出て、またすぐに四組の担任から許可をもらって戻ってきたという。どんな手段を使ったのか分からないが、相変わらず空気が読めて仕事の早い人間だ。

「だから、その……」

 開耶は両手の人差し指を合わせて、斜め下を見ながらもじもじしている。僕はこの女の子の言わんとしていることを考え、先回りして言った。

「……僕となんかで本当にいいのか?」

 すると彼女は一瞬だけぽかんとしてから、こくこくと素早く頷く。

「う、うん、そうしたいよ。去年は一人だったから、気後れしてどこのお店にも行けなかった。ずうっと廊下をうろうろしてたの。さみしかった……」

「ああ、一人だとそうなるな。僕は漫画喫茶で暇をつぶしていた」

「あはは……」

 開耶は乾いた笑顔を作った。

 そうだ、僕と開耶は似た者同士だったのだ。

 一人でいたのも同じ、去年の文化祭を楽しめなかったのも同じ。

 僕だって誰かと一緒にいろいろ店を回って、文化祭を楽しみたかった。その思いは胸の内にしまっていて口に出さなかったが、決して消えたわけではない。

 文化祭を楽しめなかったのが同じなら、開耶だって楽しめるのなら楽しみたいと思っているはずだ。

 一人でいたせいで楽しめなかったのが同じなら、開耶だって誰かとともに楽しみたいと思っているはずだ。

 僕は足を止めた。開耶も足を止めて僕のほうを見る。少し自信なさそうに揺らぐ大きな瞳に、僕の姿が映っている。

「わたし、双葉くんといっしょがいい」

「開耶……」

 後ろの本屋の自動ドアが開き、子供向けの漫画雑誌を手にした黒いランドセルの子供が二人、笑い声を上げながら小走りに僕たちを追い抜いた。

(……そうだよな)

 この女の子は、さみしがりで。

 そしてきっと、僕自身も――。

 だから。

「ああ。開耶、明日は一緒に回ろう。お店も一緒に頑張ろう。二人で、文化祭を目いっぱい楽しもう」

「う……うん、ありがとう!」

 開耶は胸の前で手を組んで、嬉しそうに小さく体を揺らした。それからやたらとそわそわし出し、あははは、と笑いながら闇雲にとてとてと可愛らしく走り出した。

「……そんなに走ると危ないぞ」

 僕がそう言ったら、開耶はクルクル回りながら満面の笑顔で戻ってくる。本当に嬉しそうだ。

「あああ、もう、楽しみすぎて今日は寝られないかも……」

「寝ないと楽しめないぞ。ガッツリ遊ぶんだからな」

「……うん!」

(そんなに喜ばれると、照れるじゃないか……)

 そんな風に思ってしまった。

 けれど、僕も目の前の開耶と同じか、それ以上に楽しみだ。

 明日の文化祭は、きっと去年の何十倍も楽しくなるだろう。

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