店長が来た。

 この世界には魔法というものがあります。何もないところから火を出したり、一時的に筋力を底上げしたり、相手の動きを止めたり、遠いところにあるものを呼び寄せたり、または遠いところへ物を送ったり。そういった事が出来るみたいです。でも、僕は魔法使えないので、原理とかはよく分かりません。理屈とか何度も説明してもらったし、目の前で実践してもらった事も何度もありますが、結局、よく分かりませんでした。なので、こんなファンタジーな世界に転移してきても、僕には、「魔法」というものがどうにも身近なものだという風には感じられないのでした。

 ちなみに、この世界には、魔法が使える人への呼び名が「魔法使いマギ」と「魔女ソシエ」と、二っつあるそうです。「魔女」というくらいなのだから「魔」法が使える「女」性の事を指しているのかと思えば、どうやらそういう訳ではないらしいです。男性の魔女もいるのだとか。ややこしいですね。そして、女性の魔法使いもいます。こちらは常連のお客さんの中にもいるので、らしいという伝聞形は使いません。います。断言出来ちゃいます。いるんです。

 で、この「魔法使いマギ」と「魔女ソシエ」の違いなんですが、どうやら使う魔法の性質?が違うみたいです。

 なんでも、魔法使いは「過程を飛ばして結果を得る」で、魔女は「結果の対価に過程を支払う」なんだそうです。自分で言っていても、よく分かりませんね。何がどう違うというんでしょうか。まぁ、いいです。魔法使いや魔女の人達が使っている、彼等専用のネットワークの恩恵を受けてはいますが、僕自身は魔法使えないですし、彼等の仲間入りをしたいなーと思っている訳でもないので、別に分からないままで問題はないでしょう。この世界にやって来てからの三ヶ月の間でも、魔法が使えなくて困った事はないですから。そもそも、この世界でも、魔法を使えない人は沢山いるので、魔法が使えなくても、基本的に日常生活で困るようなことはないですからね。

 さて、では何故、僕がいきなりこのような話を始めたのか。それにはきちんとした理由があります。というのも、僕が今、住み込みで働いている雑貨屋さん、その店長(めったにお店には来ません。なのでダラダラしてても怒られないのです。ラッキー)が、なんと、魔女だったのです。

 エピソードその三。今日の夜中、いざ晩御飯を食べようという時に、店長が半月ぶりくらいに、何の前触れもなくやってきた時のお話です。


 たっぷり二時間ほどお昼休みを取った後、午後からの営業では、夕方頃に一日の冒険を終えた冒険者さんや勇者さん達でそこそこ忙しい時間帯がありました。彼等が買っていくのは、主にその日に使った消耗品です。大抵は携帯食や包帯などなのですが、中には、毎回のように回復薬を買っていく人もいます。そういう人は十中八九駆け出しの新人さんです。三ヶ月、このお店のレジに立っていて、なんとなく分かりました。新人さんは、どの程度までなら放置しても大丈夫な傷なのかが分からなくて、ちょっとの傷でもすぐに回復薬を使ってしまうので、たっぷり容量があってもあっという間になくなってしまうんだとか。今朝駆け込んできた勇者さん(その一)などから聞いた話なので、たぶん、あの人達もそういう経験を重ねて、熟練の冒険者さんになっていったんだと思います。

 けれども、不思議ですね。こうやって沢山の勇者さんや冒険者さん達が、毎日毎日、精を出して倒しているのに、全く魔物の数が減らないなんて。まるで、どこからともなく湧き出てきているみたいです。

「みたい、ではなくて、本当にそうなのよ」

「わぁ! いつの間に来たんですか、店長」

「んもう! 折角背後から声をかけたのにその程度の反応なんて、驚かし甲斐のない子」

 背もたれよりも上の位置から背中に押し当てられた、むにゅっとした感覚。これは間違いありません。店長のおっぱいです。このふかふかとした感触を、背中よりも敏感な手の平で感じられないのが惜しいですね。凄く……惜しいです……。

「店長、お店に来るのは明後日って言ってませんでしたか?」

「あら、今日の夕飯はシチューなのね。という事は、それなりに量がある。どうやら良いタイミングで来たみたい」

 店長は、つばの広い帽子を外套かけにひっかけて、僕の対面に座りました。調理器具達が、ひとりでに店長の分の食事を用意し始めます。店長は、僕よりも背が高いし、足も長いので、対面に座られると、テーブルの下でお互いの足がぶつかってしまいます。ちょっと気まずいです。でも、店長の方は、そんなこと全然気にしてないみたいです。ここら辺が対人経験値の差なのでしょうか。年上、侮り難し、です。

「うーん、人の話を聞いてくれない。スプーンは流しの横の引き出しですよ」

「それくらい知っているわ。ここ、誰の家だと思っているの?」

 わざと豊満な胸を見せつけるように腕を組んで、店長が身を乗り出しました。目の毒なので、出来ればもっとやっていただきたいです。でも、あとが怖いなー。

 そして、立っていても床につきそうなほど長い髪を粗雑に掻き上げて、店長は手をかざします。すると、引き出しが勝手に開いて、飛んできたスプーンが彼女の手の中に収まりました。これも魔法なのでしょう。こういう時は、素直に便利だなと思います。

「今は僕が住んでますよ」

「おかげでティッシュの消費が激しいわ。備品もタダではないのだから、大事に扱ってちょうだいな」

「だって、ここ、夜中に娯楽がほとんどないんですもん」

世界宮ラビリオンを使わせてあげているのに?」

「エロ画像まとめあります?」

「ないわね」

「でしょう?」

「ソシャゲは出来るようにしてあげたでしょう?」

「エロ画像まとめあります?」

「ないわね」

「でしょう?」

「わたくしが相手になってあげましょうか?」

「是非」

「冗談です」

「おいくら万円で?」

「冗談です」

「実験に使っていいので」

「間に合っています」

「えっ!? 僕、異世界人ですよ!?」

「生憎と、それでも間に合っているのです。それとも、あなたも、延々と子種を搾り取られるだけの肉塊になってみますか?」

「あ、それは遠慮します。僕、まだ、まっとうに人間やっていたいので」

「ふふふ、端正な顔立ちに生まれつけた事を、ご両親に感謝しておきなさい。わたくし、醜い生き物は嫌いなの」

 するり、と、店長の指先が僕の顎を撫でました。七色に変化する瞳にまじまじと見つめられて、ぞくり、と、背筋に甘い痺れが走ります。思わず内股になりました。店長は、こういうふとした仕草がとても刺激的なのです。困ります。色んな意味で。

「ところで、今日は何の目的で来たんですか? 定期報告なら明後日のはずですよね?」

「今日、ここに雷装の勇者が来ましたよね?」

「あぁ、ミコくんのことですね。それが何か?」

「そのおかげで、辛気臭い匂いが店の中に漂っていますからね。それの掃除をしに来ました」

「辛気臭い……? いえ、ミコくんは、今日もいい匂いでしたけれど?」

「彼自身の匂いという訳ではありませんよ。むしろ、彼の匂いはわたくしにとっても、とても好ましいものです。だからこそ、余計かびの生えたうすのろ共にお手付きされているという事実が腹立たしい訳ですが。彼、あの美しい黒髪。うっすらと青みがかった瞳。細く、凛とした眉毛。整った歯列。柔らかく健康的な唇。しなやかな肢体も極上の一言に尽きます。出来ればわたくしの愛玩具コレクションに加えたいくらいです」

 けれども、と、店長は嫌悪感も露わに、七色に変化する瞳を赤く染め、眉根を寄せて眉間に深いしわを作り出しました。

「あの子の体内には、神装が埋め込まれています。そのせいで、彼の肉体からだからは常に神々のあの黴臭い匂いがしてしまうのです。かと言って、神装を取り除いてしまえば彼は死んでしまいますし、難しいところですね。わたくしには、まだ別世界で死んだものをこの世界で蘇らせられるほどの力はありませんからね」

 ほうほう。よくは分かりませんが、とりあえず、その“シンソウ”とやらがミコくんの命をつないでいるみたいですね。面白そうなので、今度会った時にでも埋まっているところを触らせてもらいましょう。どんな感じになっているんでしょうね。やっぱりなんかちょっとコリコリしている、とか?

「残念ながら、触って分かるほど浅いところに埋められてはいませんよ」

「あ、そうなんですか。残念……」

「……そうだ、この店の宣伝をしましょう」

「はい?」

 いきなりどうしたというのでしょう。話が突然、明々後日の方向くらいにかっ飛んで行ったのですが。

「うちの商品が有名になって国中に広まれば、並みの勇者や冒険者達でも大型の魔物に太刀打ち出来るようになって、わざわざ神託の勇者とやらを戦場に出張らせる必要もなくなります。そうしたら雷装の彼を我が工房に招いて、色々と実験をしましょう。わたくしが本腰を入れて取り組んで不可能な事などありはしないのですから、きっとすぐに異世界転生者の蘇生法だって発見出来ますわ。そうです、どうしてこんな簡単な事に気が付かなかったのでしょう。わたくしもまだまだお馬鹿さんなのね」

 ……………………えーっと、解説をしますと、この店長、実は「原初の魔女ソシエ・プルミエ」とか「混世の魔法使いシャオ・マギス」、「創奏者ジュネス」とかって呼ばれる凄い人なんだそうです。他にも幾つも呼び名はあるみたいですが、僕は知りません。前に聞かされた気もしますが、すぐに忘れてしまいました。だって、日常生活を送る上で特に必要ないですし。

 ちなみに、店長の名前はクラリッサ・アイジンガーと言います。この間、常連のお客さんに見せてもらった歴史の本に、名前載ってました。二百年くらい前の時代でした。異世界なので寿命も長いのかと思ったら、平均寿命四十年くらいだそうです。江戸時代でも、もう少し長かったような気がします。二百年くらい前の時代です。

 何が言いたいのか、よく分からなくなってきましたね。とりあえず、今、僕の目の前で、なんだかよく分からない話をまくしたてているこの女の人は、この世界に住んでる人からすると、神様と同列くらいに凄い人なんだそうです。なんだかよく分からないですね。

「というわけで、わたくしはこれから『魔王システム・アテイズム』の無差別転移を阻害する術式の構築に入りますので、あなたは、わたくしが術式を完成させるまでに、この店をたっぷり宣伝しておいてください。それこそ国内一の有名店になるくらいに」

「無茶言いますね」

「言ってみただけです。もし本当に実現出来たら、わたくしの手間が少しだけ減るから助かるなぁ、くらいの気持ちですよ」

「時間外労働分のお給料弾んでください」

「三割増しの特別手当を出しましょう」

「任されました」

「では、わたくしはこれで帰ります。あとでこれを店内の風通しが良いところに置いておいてくださいな。そうしたら、あの辛気臭い匂いもすぐになくなりますから」

 ことり、と、店長は消臭ポットみたいなものを、テーブルの上に置きました。特に香りらしきものは漂ってきませんが、無香料タイプとか、そういう感じのものなのでしょうか。

「人体に害とかあるんですか、神気イテールって?」

「いいえ、単にわたくしが気に食わないだけです」

「なるほど」

「では、失礼」

 そうして店長は、やって来た時と同じように、どろん、と姿を消しました。便利ですね。でも、店長曰く、「並の魔法使いが下手に手を出すと、スポンジみたいになります」とかなんとか言っていたので、羨ましいですが、自分もやってみたいとは思いません。僕は、まだ、まっとうに人間をやっていたいのです。ゲルバナとかごめんですし。


 まぁ、そんなこんなで、僕は今、こうして宣伝用の文章を書いているのでした。ですから、これを読んだ皆さん、どうぞうちの店に買い物に来て下さい。

 店の名前は「魔女の箱庭ミナチュール」。リベルテ王国内でも有数の観光地、ヒンメル湖のほとりにあるシャティ・エンメルという街の片隅で細々と営業している雑貨屋さんです。食料品から日用品、衣類、果ては冒険者用の武具や防具などまで、あらゆる品々が取り揃えてあります。原初の魔女ソシエ・プルミエ特製の品々が買える、国内唯一のお店です。是非ともお立ち寄りください。皆さんのご来店を、心待ちにしております。


 エピソード三、終わり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕の明日は冒険と。 日向晴希 @harukelion

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ