友人に会おう。
この世界には「魔王」というものがいます。いるらしいです。何故「らしい」という表現なのかと言うと、僕自身はその姿はおろか、本拠地であるという魔王城すら見た事がないので、ここには魔王がいますよーと言われてもどうにも実感が湧かないというのが理由です。でも魔王さまはとても強くて怖いという話なので、ほんの三ヶ月前までのほほんと平和に男子高校生やっていた僕は面識がなくてよかったのかもしれません。だって、もし仮にそんな怖い人とマンツーマンで向き合うような事があったら、あまりの怖さにおしっこ漏らしちゃうかもしれませんし。この年でおもらしズボンとかパンツとかを洗うのは恥ずかしいので、出来ればご遠慮願いたいですね。
話が逸れました。それで、その魔王さまというのは十年程前に突然現れたそうです。どこからともなく現れた、強大な力を持つ目的不明の謎の人物、という表現をするととても格好良いですが、店長の話では魔王さまも異世界からやって来た放浪者であるとの事なので、リベルテ王国に侵攻してきているのも、実はただ単に自分のいた世界に帰るための手段を探しているとかそういうオチなのかもしれません。そういうオチだったら、元の世界へ帰る手段を見つけた際には、是非とも僕にも教えて欲しいなと思います。ここでの一人暮らしはとても楽しいですが、やっぱり元の生活に対する未練もあるのです。本来なら、今頃、楽しくキャンパスライフとやらを謳歌していたはずなんですし。
ともあれ、ドラゴンとかゴブリンとか、そういう「いかにも」な軍勢を引き連れて侵攻してきた魔王さまに対抗するため、王国側も戦力を集めました。それが「勇者」です。勇者さんは決して一人ではなく、沢山います。ご神託で選ばれたり、自分から志願して適性検査をクリアしたりする事で、勇者の称号が得られます。今朝飛び込んできたお客さんは後者だったらしいです。そして、勇者の称号を得たものは、魔王討伐のための
まぁ、でも、正直な感想を言うなら回りくどいなーとは思います。RPGとかやっててもたまに疑問に思うんですけど、選ばれし勇者のみが扱える聖剣でなければ魔王にはダメージを与えられないとか、そういう設定があるなら分かりますが、そういうのじゃなくてただ単にめちゃくちゃ強いっていうだけだったのなら、どうせ主人公達数人で倒せちゃうような相手なので、一国の軍隊を総動員して攻撃すれば案外簡単に倒せちゃうものなんじゃないだろうかって。ゲームの後半で序盤のボスモンスターよりも遥かに強い一般兵とかが出てくると、余計にそう思います。このポイント制にしても、こうやって色々段階を踏ませる事で、あえて魔王に挑戦する人員を絞っているような、そんな印象を受けてしまうのです。まるで早々に魔王さまを倒されてしまうと何か困ることでもあるような……。
話題転換。何故いきなりこんな話をしていたのか、それは、今日のお昼、ポカポカ暖かい日差しで眠りの国へ誘われそうになっていた時に、ひと月ぶりに会う友人が嵐のような騒々しさでやって来たからだったのです。そして、なんと彼は神さまに選ばれた方の勇者さまだったのです。
エピソードその二。今日の昼、一ヶ月ぶりに会った異世界初の友人とのお話です。
朝の一件のあと、なんとかお巡りさんに呼び止められることなくお店まで帰って来られた僕は、いそいそと着替えを済ませ、十分ほど経ってからやって来た勇者さん(その一)達に感謝の言葉を述べられ、ついでにお礼ということでお店のジンジャービスケットやショートブレッドをプレゼントされ、焼きたてホクホクなスコーンにジャムやホイップクリーム、バターをたっぷり塗って朝ご飯として食べて、ばっちり目が覚めてしまったので普段よりもだいぶ早いけどお店を開けてお昼まで過ごしました。だから店長、その分お給料たくさんください。
でも、朝早く起きたせいか、はたまたお昼のうららかな陽気にあてられたせいか、それとも午前中全然お客さんが来なかったせいか、時計の針が頂点を指す頃にはレジに座ったままうとうとと船を漕ぎ出してしまっていました。普段暇な時はケータイピコピコやって時間潰してるんですけど、今日に限っては何故か眠気さんの方が素早かったみたいです。けれども、そのまま机に突っ伏して本格的に寝てしまうことにはなりませんでした。何故かと言うと、
「やっほー、ヒメちゃーーーーん!! ごめんね、二時間って言ったけど後処理で倍以上の時間かかっちゃった!!」
どっかーん!という音と共に、\>ヮ</って感じの表情をした男の子が飛び込んできました。今日は、半袖のカラーシャツにへそ上くらいまでのネクタイをして、パンツのゴムがチラ見えするくらいに浅く履いたスラックスという出で立ちでした。
会う度に疑問なんですが、ミコくんはあんな現代的な服装、どこから調達してきているんでしょう? 僕は、全部店長にお願いして、特別に用意してもらっているんですけど。彼にもそういう感じの知り合いがいるんですかね。後で聞いてみますか。
「……あー……やー、ミコくん。おひさです」
うつらうつらしていたので、若干反応が遅れました。でも、すぐに目が覚めてしまいましたね。だってミコくん、控えめに言ってもうるさいですから。
「やっほやっほ! ヒメちゃん、ヨダレ垂れてるよ。もしかして寝てた? ダーメだよー、店番してる最中に居眠りしてちゃさー? そういう時はぼくにテルテルとかしてくれちゃっていいんだからねー? ヒメちゃんからの電話なら二十四時間いつでもオールオッケーなんだからさ! にゃっははははは!」
いやぁ、やっぱりミコくんは騒がしいですねぇ。本当に黙っててほしい時にはちゃんと黙っててくれるので、別にうっとうしく感じる事はないんですけど。
「そういえば、ミコくん、この間言ってたドラゴンの心筋で兜を作るって話はどうなりました? 今日ドラゴン討伐出来ましたよね?」
「あー、うん、それなー。それなー。それなんだけどさー、今日ぶっ倒したドラゴンのもぎたてほやほや持ってさー、ここの鍛冶屋さんとこ行ったんだけどさー、心筋で兜とか強度足らなすぎてムリって言われちった☆」
「あー、そうなんですか。それは残念ですね。どんな感じになるのか、楽しみにしていたんですけど」
「うーん、ごめんねー? せっかく期待しててくれたのにさぁ。でもでも、その代わり! はい、じゃーーーん!!」
「うーん、と、これは?」
ミコくんがスラックスのポケットから取り出したものを見て、僕は首をかしげました。これは……なんでしょう? 形としては上からぐしゃっと踏み潰された空き缶みたいで、でも側面も綺麗に整えられていて。表面も宝石みたいにキラキラしていて。なんだか上の方に紐が通ってますが、でも、首からかけるにしてはちょっと長さが足りないような……?
「ドラゴンの鱗で作ったストラップ! おっ揃いだよーん!!」
「でも四つもあるけど?」
「うむ、だから二っつあげる。店長さんにでもあげてよ。ぼくもぼくでプレゼントした人いるから。にゃはは☆」
「ふぅん? まぁ、くれるって言うならもらいます。ありがとう」
受け取ると、ストラップは宝石みたいな冷たい見た目とは裏腹に、しっとりと温かくて、今でもちろちろと内側でドラゴンの火が燻っているかのようでした。
「これ、一応、市販の鉄の剣くらいじゃ傷一つつかないくらい丈夫らしいけど、ここ、市販の品でも鋼鉄くらいすっぱり切れそうな感じだし、気を付けてね」
「結構高かったのでは?」
「トモダチからお金は取らない、っぜ!」
「それはどうもありがとう」
わーい、高そうなものタダでもらっちゃったー。わーいわーい。
「まぁ、たぶん、売ろうと思っても、なかなか買い手つかないだろうしねー」
ガタガタとどこからか丸椅子を引っ張り出しながら、ミコくんがぼそりとなにやら不穏な事を言いました。
「……そんな物騒なところから剥がしたんです?」
思わずキュッと内股を押さえる。
「うんにゃ? 普通にただの逆鱗だよ? ここ、喉の火袋が膨らんだ時ちょうど頂点に来る一枚」
ほっそりとした、でも程よく骨ばった指で、健康的に日焼けしたすべらかな首を指差す。それはまさに、彼の喉仏の頂点と、ぴったり同じ位置でした。羨ましいですね、喉仏。僕は、この年になってもまだ、直に触れてみないと分からない程度にしか喉仏が出ていないので、ミコくんみたいに見た目ではっきり分かるようなのには憧れます。かじってみたいですね。
「でもさー、でもさー、でもでもさー。あのドラゴンちゃんさー、なんか、魔王百眷属の一人とか言ってたからさー、普通の人だったら怖くて手に入れようなんて思わないんじゃないかなって」
「なるほど。それは確かに怖そうですね。部下の復讐とかされたらたまらないですもんね」
「ねー」
「あ、お茶できたみたいです」
「お、さんくすさんくす」
ここの台所に置かれている調理器具は、僕か店長かのどちらかに個人的なお客さんが来ると、勝手にお茶の用意をしてくれるようになっているのです。どうやって個人的なお客さんかどうかを判断しているのかは、僕にはよく分かりません。魔法の説明は聞いてもちんぷんかんぷんなので。だから、とりあえずそれはそういうものなんだと理解しています。
ふわふわ宙を漂いながらやって来たお茶のセットを受け取り、レジ台の上でちょっと早いティータイムの準備を始めました。お昼にもちょっと早いですが、お店を開けたのもちょっと早かったので、そこはノーカンということで。
「おー、お菓子だー! やった! ぼくビスケット欲しい!」
「たくさんありますよ。今日はお客さんからのプレゼントがあったので」
「日頃の行いがいいからだね!」
「ですねー」
でも、と、ジャムを塗ったビスケットを一枚ぺろっと平らげたあとで、ミコくんはちょっと据わりの悪そうな表情を浮かべました。
「お昼こんな栄養の偏った食事で済ませたって知れたら、ぼく、センセーに怒られちゃうかも……?」
「言わなければばれないんじゃないですか?」
「うーん。前、それでもばれて深夜に走り込みさせられたんだよねー」
「じゃあどうします? お昼ちゃんと食べる?」
「そーしとこっかなー?」
言いながらも、彼のお菓子をパクつく手は止まってはいません。うーん、これ、止めた方がいいですよね、絶対。とりあえず紅茶を一口。蒸しタオルを目元に乗せた時のような、ほっこりとした吐息が鼻を抜けます。
……でも、まぁ、プレゼントももらっちゃいましたし、まぁ、
「怒られるなら、一緒に怒られてあげますか」
「え?」
「いえ、なんでも」
「ありがとね。でもだいじょぶだから」
「……聞こえてたんですか」
「そうじゃないと、すぐに死んじゃうようなとこで戦ってるから」
「そうですか」
「ま! だからと言って、こんな
「もっかい死ぬのは嫌ですもんね」
「そーそー」
店長曰く、この世界に飛ばされてくるには二つのルートがあるそうです。一つは、僕みたいに、この世界の誰かに召喚されること。そして、もう一つは、不慮の事故などで若くして死んだ人が、英霊として戦場に立つことを条件に、神に選ばれた勇者としてこの世界で二度目の生を得ること。
ミコくん……彼、
それが今から一年半ほど前のこと。当時彼は、高校二年生だったそうです。つまり、僕とミコくんは、今でこそ十九歳と十七歳という年齢差(転生者は年を取らないんだそうです。もう一度死んでいるから)ですが、元いた世界では同い年だったという事ですね。だからこそ、こんなにもすぐに意気投合できたんだ、と、僕らは思っています。
「そう言えば、この間倒したオーガも、百眷属の一人だったって話してませんでした?」
「あぁ、うん。先月倒したやつねー。身長一mくらいのちっこいやつだったんだけどさ、アホみたいに力強くて、腕握られた時には骨潰れたかと思った」
「その話、前にも聞きました。でも、結局、骨にはヒビ一つ入ってなかったんですよね」
「そーそー、そーなのさー。ほんっとに、ヒメちゃん。ほんっとに神さまが作った鎧凄かった! 防御力ハンパない! もっとじゃんじゃん作ってこういうお店で販売すればいいのにって思うくらい!」
「そんなことされちゃったら、魔王さま大変なんじゃないですかねー」
「いやぁ、したら魔王さまも買うでしょ、その鎧」
「売ってくれます?」
「ここなら売ってくれるでしょ」
「なるほどなるほど」
「ま、本当に魔王さまが買いに来てたらウケるけどねー。そしたら魔王さまともトモダチになれそうな気がする。にゃっははは!」
話が逸れました。
「それで、その百眷属って、いったいあと何人くらい残ってるんでしょうね。本当に百人いたんでしょうか?」
「さぁ? ぼく、知らなーい。興味ないし。あ、でも、七十人くらいは実際いたらしいよ? 魔王さまが現れてから十年の間に、それくらいの数は百眷属を自称するやつが確認されてるみたいだから」
「へー。でも、魔王さまは何がしたかったんでしょう、そんな百人も部下集めて」
「うーん、トモダチ百人できるかな実践した結果を自慢したかった、とか? センセーだったら何か知ってるかもだけど、聞いても教えてくれなさそうだしなー」
「じゃあ、今度、店長に聞いてみましょう。教えてくれるとは思えませんけど」
「にゃっはははははは!! じゃあ結局分かんないんじゃん!! にゃっははははは!!」
ガタガタガタ、と椅子を揺らして、ミコくんは全身で感情を表現します。ミコくんは突然笑いだすので、どうにも彼のツボが分かりません。
じゃあ、と、ミコくんは笑い出した時と同じように、突然動きを止めました。
「そろそろぼく帰るね。なんかね、今日は、夕方から七大公爵の攻城戦があるんだって」
「ほほう、それはそれはお気をつけて」
スッと立ち上がった彼は、そこで、はた、と動きを止めました。そして、ふっと振り返ると、
「そういえば忘れるとこだった。今日、ここ来た理由。例のブツ、用意できてる?」
「ふっふっふ、それはもちろんです」
今日見た表情の中で、一番真剣な顔をしたミコくんに、レジ台の下から取り出した紙袋を手渡します。ズシリ、と重いその感触に、少し名残惜しい感じがしますが、そもそも、これはミコくんのために用意したもの。ここで渡さねば、男がすたるというものです。だから、僕は、お腹にグッと力を込めて、
「はい、どうぞ」
「わっははーい! あっりがとーーう! 大事に使わせてもらうね!!」
「次は、ミコくんおすすめのやつを紹介してくださいねー!」
じゃーねー、と手を振りあって、僕らはお別れをしました。次に会えるのがいつかは分かりませんが、その時には魔王さまの侵攻も終わってくれているといいな、と思います。そうすれば、ミコくんとも、もっと自由に会えるようになると思いますから。
そうして僕は、再び、お昼休み兼ティータイムに戻りました。この街のお昼休みは、とっても、とっても、長いのです。
エピソードその二、終わり。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます