僕の明日は冒険と。

日向晴希

人助けをしよう。

 どうもこんにちは、水無月みなづき一姫いちひめです。十九歳です。男の子です。ピッチピチです。三ヶ月くらい前に謎の黒い穴から落ちてこの世界にやってきました。本当なら今頃大学生やってました。何を言っているか分からないと思いますが、今日の本題はそこではないので軽く流します。

 今日は店長から皆さんにもっとうちの店の事を知ってもらおうという提案があったので、こうして唯一の店員たる僕の日常をクローズアップしたお店の紹介をお届けしたいと思います。決して業務報告の流用をしているとかではありません。えぇ、決して。

 話題転換。

 うちのお店は簡単に言えば雑貨屋です。魔王城から程よく離れた湖のほとりにある街で、細々と営業しています。何十年、下手すると何百年と歴史のあるお店らしいですが、如何せんここで働き始めてまだ三ヶ月ほどなので詳しくは知りません。たぶん今後も知ることはないと思います。だって別に知らなくても接客には影響ないし。(って言ったら店長からげんこつ食らったのは内緒です。結構痛かった)

 うちのお店には色々なものが置いてあります。クッキーやマドレーヌなど市販のお菓子からタオルなどの日用品、ペンやインクといった事務用品、紳士服、婦人服、服飾品、果てには魔王討伐に向かう勇者さん達が使う武器や防具、専用の回復アイテムなど、本当に色々です。三十畳くらいしかないような狭い店内のどこにそれだけの品々が収納されているんだと不思議に思いますが、そこはうちの店長魔女なので、魔法で何とかしているらしいです。魔法の理論とかは前に一度店長から聞かされましたが、説明されてもよく分からなかったので今もよく分からないままです。だから小さなチェストから格好良い鎧一式とか豪華なドレスとかが出てきても、特に驚かないことにしました。それはそういう仕様なんです。考えるだけ無駄なんです、きっと。

 話が逸れました。とりあえずうちのお店の雰囲気を知ってもらうために、最近あった出来事の中から記憶に残っているものを幾つかピックアップしてみます。決して今日あった出来事をそのまま書き起こしている訳ではありません。ちゃんと日誌確認してます。ちなみに僕は皆からヒメちゃんとかヒメって呼ばれているので、そういう風に呼ばれている人が出てきたら僕だと思ってください。

 ではエピソードその一。今日僕がお店を開けるよりも前に駆け込んできた常連勇者さん(その一)とのお話です。


 今日もカラッと晴れていい天気だ。と思いながら僕は自室のある二階から店舗スペースである一階へと降りて来ました。僕は財布とケータイとそれが入ったボディバッグしか身に付けていない、ほぼ着の身着のままの状態でこの世界に飛ばされたので、当然この世界で役に立ちそうなものは何一つ持っていませんでした。なので早々に路頭に迷い始めていた僕を拾ってくれた店長が片手間に経営していたこのお店で、唯一の店員として住み込みで働く事になりました。一人暮らしは初めてだったので少しどころではなく緊張していたのですが、そこはうちの店長魔女だったので、食べたい料理を言えば調理器具が勝手に作ってくれるとかいう素敵仕様な部屋を用意してくれて、おかげで毎日楽しく生活出来ています。

 そんなこんなで僕は毎日九時前くらいに起きてあれこれ身支度をして十時にお店を開けるのですが、今朝は珍しく店のドアを激しく叩く音に起こされました。時計を見たらまだ七時にもなっていなかったので二度寝かましてやろうかと思ったのですが、窓の下から聞こえてくる声がだいぶ切羽詰まっていたので、仕方なく営業時間外でも対応してあげる事にしました。だから店長、あとで時間外手当ください。

 それはさておき。ドアを開けると同時に転がるように飛び込んできたのは、三日に一回くらいの頻度でこのお店を利用している、すっかり顔馴染みになった勇者さん(その一)の姿でした。見れば勇者さん(その一)は一週間ほど前に新調したばかりの鎧がボロボロになっていて、おまけになんだか焦げ臭い匂いもしました。うわ、どうしたんだろう。ドラゴンにでも襲われたのかな?と思っていたら、

「助けてくれ、ヒメ! ちょっと遠出してみたら帰りにドラゴンに遭遇して、パーティが壊滅しちまったんだ!」

 予想ドンピシャでした。どうしたものでしょうね。助けてくれと言われても、ついこの間まで平和に男子高校生やっていた僕ではドラゴン退治なんて夢のまた夢ですし、かと言って親しいお客さんを袖にするというのもちょっと寝覚めが悪いです。仕方ないので僕はとりあえず、勇者さん(その一)に何をどうして欲しいのか聞いてみる事にしました。勇者さん(その一)曰く、パーティの半分とははぐれてしまった上に一緒に逃げてきた二人もドラゴンの炎を浴びて重症、一番怪我の軽い自分が助けを呼びに来たとの事なので、まずは火傷治しを探してあげる事にしました。

「うーん、どこだったかしら。普段お会計しかやってないから分からない……」

 けれども慌てる必要はありません。何故ならここは魔女の経営するお店。お客が欲しているものくらい、お店が勝手に読み取って準備をしてくれるのです。

 ……ほらね? 出ろー出ろーと念じながら開けた薬品棚のど真ん中、僕の視線がまず向けられるところに、冒険者なら必ず一つは持っている(らしい)定番のスプレータイプの回復薬と、軟膏タイプで即効性のある強力火傷治しが二つ並んで置かれていました。本来ならこれらを手に取ったあと店の奥に行ってお会計をするのですが、今回は特例です。あとできちんとレジにお金を入れておくので、今は無賃で持って行くのを許してもらいましょう。

 ちなみに、普通に買うなら回復薬が1000G、火傷治しが400Gです。この街ではリンゴが一つ50Gなので、日本で市販の医薬品などを買うのと値段の感覚はそう変わらないですね。常連さんになってくれれば少しおまけも出来ます。どうぞご贔屓に。

「という訳で、ありました、火傷治し。ついでに回復薬も。まずはあなたに使っておきますね」

 この世界の回復薬は、なんと、万病に効くので傷の種類や具合を確かめる必要はありません。とりあえず鎧の上からシュッシュッと吹きかけておくだけでバッチリなのです。なんとお手軽。流石は異世界。僕の知っている常識なんて通じませんね。回復薬だけではおっつかない重度の火傷はあとで専用の火傷治しを塗るとして、

「で、他のお二人っていうのはどこにいるんです? まさかドラゴンに遭遇したっていう山の麓に置き去りって事は――」

「まさか! ちゃんとこの街まで連れてきたさ! ただ、彼等を背負って街の中まで走って来るだけの余力がなかっただけの事で……」

 なるほど。それなら納得です。そういえばこの人も怪我人でしたね。鎧の上からでは分かりませんでしたが、もしかすると中身は結構重傷だったのかもしれません。

 ある程度回復したらしい勇者さん(その一)を連れて、次に僕は彼のお仲間が寝かされているという街の城壁の外へと向かいました。道すがら、かろうじて尻ポケットに入れてきていたケータイを使って友人にメルメル。テルテルはしませんでしたが、まぁ、きっと彼もスマホ世代ですからすぐに気付いてくれるでしょう。

 そう、この世界に連れて来られたのは僕一人ではなかったのです。理由は定かではありませんが、この世界では時々そういう事が起きるようで、毎年十人くらいは異世界からの放浪者が発見されるみたいですね。僕と今しがたLINEを飛ばしたばかりの彼は、偶然にも同じ世界の出身で――というかどちらも都内出身の(当時)男子高校生で――、故に、知り合ってから三ヶ月も経たないうちにすっかり意気投合してしまいました。まだ直接会った事は二度しかありませんが、次に会う時はドラゴンの心筋で作った兜を自慢してやると言っていました。なので、

《みこーん》

 ほら、すぐに返信が着ました。どうやら彼はもうとっくに起きていたみたいですね。流石、元・現役運動部員。終身名誉帰宅部員だった僕とは生活サイクルからして違います。


『すぐ着くよ』

『二時間くらい?』

     『結構近いね』

『うんにゃ』

から』

     『そっか。頑張って』

『あいよー』


 用が済んだのでケータイを尻ポケットにねじ込むと、だいたい街外れまで来ていました。

「二人とも! 今助けてやるからな!」

 見れば、なんかもう普段と同じくらい元気になってる勇者さん(その一)が僕の渡した回復薬や火傷治しを使って、城壁に上体をあずけているお仲間さん達の手当てをしているところでした。すぐ脇に二頭の馬が佇んでいたので、すぐ分かりました。係留もされてないのにずっとそばで待ってるなんて、よく調教されていますね。それともご主人達によく懐いているのでしょうか。僕は馬なんてこの世界に来るまで、乗った事はおろか、実物を見た事さえなかったのでよく分からないけど。

 と、そこで、何故かしばらく固まっていた勇者さん(その一)が僕を手招きします。何かあったんでしょうか。うちの商品は品質に問題ありなんて事ありえないはずなんだけど……?

「すまないが、彼女の治療を代わってもらえないだろうか? どうやら回復薬では追いつかないくらい火傷が酷いみたいなんだが、直接肌に薬を塗ろうにも、男の俺では彼女も嫌だろうから……」

 顔を赤くして視線をそわそわ彷徨わせる勇者さん(その一)。どうやら意外と純情なようです。

 うーん、でも僕も一応れっきとした男の子なんですが、それは問題ないんでしょうかね。まぁ、いいです。非常時ですし、たぶんちゃんと謝れば許してくれますよ。役得役得。と、火傷の熱にうかされて荒い息を吐く神官プリ―ストの女性の肩に手をかけたあたりではたと気付きました。

 なるほど、薬さえあれば手当て自体は一人でも充分行えるのに、なんでわざわざ僕まで連れてきたんだろうと不思議に思っていましたが、このためだった訳ですか。自分では女性の服を剥いで直接肌に触れるなんていう事出来ないからだったんですね。そりゃ何日も野宿して身では、こんな上気した肌の女性なんて目に毒でしょう。賢明な判断だったと思います。

 なんて事を考えて気を逸らしながら、神官プリ―ストさんの上着を勇者さん(その一)から借りたナイフで切り裂き、露出した患部に手早く軟膏を塗り込んでいきます。流石に乳房に触れる時はちょっと緊張しましたが、それはそれ、役得役得と念じながらささっと済ませます。僕はこのくらいで動揺するほど初心うぶな男の子ではないのです……たぶん。

 あらかた塗り終わったら自分のTシャツを脱ぎ、前面を真ん中からカットして上着のようにしたところで彼女の肩からかけてあげます。こうすれば少しはマシになるでしょう。

「終わりましたよー」

 仕上げとして殺菌がてらに回復薬を上からプシュプシュしたところで、もう一人の方の様子を見ていた勇者さん(その一)に声をかけます。

「あぁ、こちらももう大丈夫そうだ」

 軽装のお兄さん――見た目からして斥候シーフ狩人レンジャーのどちらかでしょう――の衣服を整えながら、勇者さん(その一)も立ち上がります。

「……それで、その、申し訳ないんだが、仲間と分断された時に有り金も全部失ってしまってな……後からこんな事を言い出すのも卑怯だとは思うんだが、支払いはしばらく待ってくれないだろうか? はぐれた仲間が見つかるか、ここにいる二人が回復して新たな任務クエストを受けられるようになったらすぐにでも払うから……」

 先程も言いましたが、この街での回復薬は決して高級品という訳ではありません。一度使えばなくなってしまうような量でもないので、よっぽどのことがなければ一度の遠出に二個も三個も持って行くような事もありません。日雇い労働者の家にもだいたい一個は置いてあるような日用品です。そんなものの代金も即座に支払えないという事は、有り金を全部なくしてしまったというのは本当なんでしょう。

 そして、老衰とか脳脱でもない限りどんな重傷者でも一発で治してくれる神殿の方に真っ先に駆け込まなかったんだ、と合点がいきました。治療費高いですもんね、神殿。絶対事前にお金払わないといけませんし。無一文ではたとえ勇者候補であっても戸を叩きづらいでしょう。その気持ちは分かりますよ。なので、

「いいですよ。お代は別に。そんな高いものでもありませんし」

「だが……!」

 うーん、律儀な人だなぁ。僕ならお代はいいよって言われたらやった!ラッキー!くらいにしか思わないんだけど。……だから勇者の一人に選ばれたんですかね。いや、選考基準とか知らないのでよくは分かりませんけど。

 これは説得が面倒そうだなぁ、と思っていたところで、地平線の向こうからドーン!と雷でも落ちたかのような轟音が響いてきました。もう着いたなんて随分早いですね、ミコくん。いや、二時間って事だったのか。ともかく、これでもう大丈夫でしょう。

「あ、ほら、見てください。あなた方が襲われたっていうドラゴン、もう討伐が始まったみたいですよ」

 地平線の彼方で白雷を指差して言います。僕の指差す先を見た勇者さん(その一)の顔色がはっきりと変わるのが見て取れました。

 まぁ、そうですよね。リベルテ王国七本槍だか八本槍だかと呼ばれている、魔王討伐最有力候補の一人がその視線の先で戦っている――それも自分達が手も足も出なかっただろう相手と――と知ったら、そりゃ驚きますよね。僕も驚きました。ミコくんそんな凄い人だったんだって。流石、元・現役運動部員。終身名誉帰宅部員だった僕とは根っからの性能ステータスが違います。

「たぶん彼があなた達が落としてきた荷物も無事なものは拾ってきてくれると思うので、お礼ならそっちの方にしてあげてください。僕はもうお代もらってるようなものですから。彼、お肉大好きなので近いうちにステーキでも奢ってあげてください。それで充分だって本人も言うと思いますよ」

 それだけ言うと、僕は、相手の返事も待たずにそそくさと城門をくぐって帰路に着きました。何故かと言うと、初夏でも早朝はまだ肌寒かったというのと、流石に上半身裸でうろうろしている姿を街の人に見られるのは体裁が悪いなと判断したからです。ミコくんは馬鹿みたいに強いですが、けれども、本気で戦い始めると一切手加減が出来ないタイプの強さみたいなので、騒音も凄いのです。そんなものがあと十分も鳴り続ければ城門付近の住民の方々は残らず起き出して来てしまうでしょうから、人目に付きたくなければ今のうちに退散するしかないのです。

 もし誰かに見咎められてお巡りさんでも呼ばれてしまった暁には、ミコくんに新しいTシャツを買わせよう。小走りで店への道を行きながら、僕は内心そう決意していました。


 エピソードその一、終わり。

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