第13話 彼女は、彼と、戦う。
『恋ちゃーん、どこいったのかなぁ~?』
ジャームのくぐもった歪んだ声が聞こえる。じゃり、じゃり、と楽しんでいるかのように、ゆっくりと歩き近づく足音に、白猫となった恋は震え上がった。
(考えなきゃ──考えなきゃ、殺されちゃう。ここを逃げる方法を、皆と連絡を取る方法を)
必死で冷静を保ちながら、頭をフル回転させる。
(うう、だ、だめ!! 皆みたいに戦えないよ! 私の力じゃ戦えない……!!)
じわり、と涙が眼の端に浮かぶ。
(もう、だめなの? ここで死ぬしかないの……?)
諦めかけ、瞳を閉じる恋。
すると、不意に──
白猫のヒゲが、ぴくりと反応した。
(湿気? ……湿度が、高くなってきてる)
キュマイラの力で、恋は周囲の大気の状態を読み取ることができる。先ほどに比べ、急激に湿度が上昇している。
(──そ、そうか! その手があった!)
恋の瞳が輝く。そして、パズルのように断片的だった思考がどんどんと組み合わさる。それは、一種の賭けに近い。
(でも、やらなきゃ、殺されるしかないんだから……)
ぎっと外を睨む。
(やるしか、ない!!)
『うーん。なかなか見つからないなあ。ほら、出ておいで? 変身したことは分かってるんだよ? 僕と同じキュマイラの力も持つなんて、ますます嬉しいなあ』
ぎしっ、ぐしゃり。
実に楽しそうに、幸人は公園を巡る。
そろそろ退屈してきたのか、ジャングルジムを無駄に押し倒し、ブランコを地面から引っこ抜いていた。鉄製の支柱が悲鳴を上げて折れ曲がる。
そこへ──
ころころん。
『ん?』
一粒の飴玉が、ころころと視界の先、砂場の中へと消えていく。と同時に──
ばさっ!!
その飴玉の周囲の大気が一瞬にして、草木が生え出し、色とりどりの花をつけ、砂場をそっくり大きな花畑に変える。その異様だが目を引く光景に、ジャームでなくとも目が釘付けになる。
『なんだ? 恋ちゃん、いったい何の真似をするつもり──』
「こういう真似よ」
声が聞こえた。
振り返ると、白猫が毛を逆立てて四足で身構えていた。
カタカタ、と少し足が震えているのを、必死で隠しているようだ。
その愛らしい姿に、にっこりと笑ったつもりなのだろう、白蜥蜴の裂けた口が大きく歪んで、
『やあ、恋ちゃん。ようやく出てきてくれたね。食べさせてくれる気になったのかい?』
じりじりと近づく。
「………」
白猫は、ジャームが近づくと同じ距離分、後ろに後ずさっていた。この調子で行けば、そこは公園の壁だ。後はない。
ジャームはニタニタと笑っている。
『それにしても、小さくなっちゃったなあ。元に戻ってくれた方が、僕としても嬉しいんだけど。君の容姿はスパイスとして最高だ。まるで砂糖菓子の様だから』
また一歩。彼は脚を踏み出した。
「……そう。それじゃあ……一緒に、行きましょう」
すると唐突に白猫は、その姿をぎゅるりと変えて──
一羽の、白い鳩となる。
「──大空へと」
同時に、ジャームの足元に何かが当たる。足裏からの違和感。
自然と、視線が足元に落ちる──
『────ッ!?』
そこにあったのは、もう一つの飴玉だった。
地面に埋まっている。
『しまっ──』
「『万能器具』ッ!!!」
間髪入れずに恋が叫ぶと、飴玉の表面の大気が瞬く間に歪んで膨張し、四角い家を作り出す。それは、恋の家そのものだ。かなりの高さの屋根上に、いきなりジャームを突き上げる形となった。
『な──!?』
戸惑う彼に、さらなる力をありったけ収束させて、恋は叫ぶ。
「『万能器具』『万能器具』『万能器具』『万能器具』『万能器具』『万能器具』ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」
どかん! どかん! どかん! どかん! どかん! どかん!
どんどんと突き上げられる一戸建て。一戸建ての土台に含まれるかすかな大気を膨張させて、まるで積み木のように下から6つ積み重ねられ、いつしかジャームは、とんでもない高さの大空の中に居た。もちろん、その高さまで、白鳩の姿をして飛ぶ恋も一緒だ。
戸惑うジャームだったが、くつくつと笑いだす。
『くっ──ははは! こんな所まで連れてきて、僕をどうするつもりだい? こんなもの、痛くもかゆくも──』
「それはどうかしら」
そして、恋は──ゆっくりと、その言葉を口にする。
「『万能器具』」
ずるり、とジャームの背後に、連結された凄まじい長さのアンテナが立つ。
ゴロゴロゴロゴロ……
いつしか、周囲は暗くなり、雨雲が敷き詰められていた。
もちろん──
今にも落ちそうな雷も。
『まさか──』
「いけえええええっ!!!」
ピカァッ!!
ドガアァァァァァァァァァン!!!
轟音と共に、避雷針代わりとなったアンテナに雷撃が落ちる。
当然、そのすぐ近くに居たジャームにも電撃は伝わり、ビカビカと輝く中、恐ろしい悲鳴が響き渡った!
『ギャアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァ!!!!』
肉の焼ける臭い。胸がむかつくようなその臭いに恋は顔をしかめつつも、フラフラと高層ビルのようになってしまった家の屋根に降り立った。
ジャームは黒焦げになったまま、びくびくと震えている。しかし──
じゅううううう、と煙を上げながら、深い火傷が回復していく。おそらくは、キュマイラの力なのだろう。レネゲイドウィルスを急速に加速させているのだ。
化け物はずるりと立ち上がり、ニタリと笑う。
『確かに今のは良く効いたよ……しかし、撃ち損なったみたいだね。もう君に勝ち目はない』
「それは、私の台詞だよ。ユキト君」
まるでさっきとは別人のような声で答える彼女は、人間の姿に戻っていた。
全裸だが、きんとした強い眼差しでジャームを睨む。
細く白い肢体。
そこから放たれた冷静な声が、彼を貫いた。
「私は最初から、あなたに勝てるとは思っていない」
殺気を感じる。
背後から。
『そういうことか……!!』
見ると、黒い鴉が猛然とこちらに飛んできている。その後ろから、電気を輝かせながら、『イオノクラフト』で星霜も空を飛び後に続いていた。
『ふふ、分が悪いな。そろそろ、僕は行かせてもらうよ』
「ユキト君……」
『まだ僕をそう呼んでくれるんだね、恋ちゃん。ありがとう』
ふ、と彼は笑った。不思議と、それは化け物の姿でありながら、少しだけ人間味を感じさせる笑顔だった。
しかし──そのまま、元の歪んだ顔つきに戻る。
『ディナーコースは、別の所に用意したよ。いいね? 僕たちの、思い出の場所さ』
ざああ、と彼の姿がぶれる。
『必ず来てくれよ──恋ちゃん』
そのまま、彼の姿は掻き消えた。
同時に──
恋の体が、糸が切れた操り人形のように、くたりとくず折れる。
「恋! しっかりするんじゃ! 怪我はないか──」
その安心する声に抱かれて。
(どうして、ユキト君……私は……)
恋の意識は、深く深く、昏い意識の底へと沈んで行った。
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