第11話 彼は、彼に微笑んだ

 白くぬめりとした肌が、焼け爛れてヒリヒリと痛む。

 やっとの思いで逃げ出して、逃げ着いた先は、彼の家だった。体が熱い。どくどくと心臓が脈打っている。それは、殺されかけたというよりも──


(なんで──だッ!! なんで、彼女が、この力を持ってるんだ──!!)


 喘ぐ。運命の悪戯としか思えない。モルフェウスの力。自分と同じ力だった。その割には、随分使い方をしていたが……

 玄関先になんとか入り込んで、自らの異形を解く。ぐずぐずと白い肌が溶けて、後には人間としての肌が残った。ほとんど衣服は着用せず、全裸に近い。

 火傷の傷は深く、特に不意打ちされた時の腹の傷がことさら痛んだ。オーヴァードとしての回復力があったとしても、これは応急処置が必要だろう。

 あの、偉そうな態度をした同年代の少年の顔が脳裏に浮かぶ。なんとか結界を使って相手の力を無効化することにより、一矢は報いる事が出来たが──


 


 彼女と一緒に、あいつも喰ってしまおう。

 うん、デザートに彼女がいい。きっと、すっきりとした甘い香りの脳味噌だろう。


 だって、僕の憧れた人なんだから。

 きっと、美味しいに違いない。


「ふう、ただいま」


 おかえり、の声は聞こえない。

 彼も特に、それを期待しているわけではなかった。なんとなく、生来の癖と言うモノだろうか。靴を脱ぎ、苦痛に顔を歪めながら、彼は居間へと向かう。


「──ただいま」


 もう一度、その物体に声をかける。居間のダイニングの、机にしつらえた椅子に座る肉の塊。血袋と言っても良いか。そいつはだらんと四肢を投げ出したまま、机に突っ伏していた。


 その頭蓋は、上半分が──

 腐りかけた血潮を存分に机の中央へと広げ、赤い花模様を刻んでいた。


「……臭うな。酷い。鼻が曲がりそうだ」


 これだけの肉量が腐るから当然なのだが、やはり、このままではいけないだろう。彼は嘆息した。


「あーあ。仕方ない。片付けちゃおうかな」


 肉を片付ける手順を頭に巡らしながら、彼は考える。

 どうしたら、彼女を喰えるだろうか?

 いや、違う。


 どうせなら、


 あの時、彼女は輝いていた。生命を脅かされた恐怖と、生き抜きたいという本能の力で、彼女の瞳は輝いていたように思う。


「──そっか」


 不意に彼は──にこり、と笑う。

 くったくのない、暖かな微笑みで。


「そうだったんだ。憧れの君は、もっと輝いた方がいいんだね。きっと、その方がとっても美味しいから」


 そうだ。そうしよう。

 我ながら、素敵なアイディアだ。


 明日からどのようにしようか、彼はウキウキとプランを立てる。

 その後ろでは、耐えがたい腐臭を放つ死骸が、物言わぬまま朽ち果てている。

 それを、彼は異様な光景だとは思わない。

 間違いなく、それは──


 彼の愛おしい日常に、他ならなかったのだから。

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