第6話 彼は彼の地に降り立ち、微笑む

 時に──


 UGNという大きな組織があるならば、対抗するオーヴァードたちの組織も存在する。それが、FHファルスハーツである。彼らはレネゲイドを肯定し、特に欲望衝動を否定しない。また、ジャームを肯定する団体だ。その理念は未だ謎と呼ばれているが、自由奔放に欲望のまま動きたいオーヴァードには都合が良い存在ではあった。

 とあるビルの片隅に、神楽町に位置するFHセル「収穫者ハーヴェスト」がある。セルマスターである松本嶺二まつもと れいじはオフィスデスクに備え付けられた黒い椅子に座り、1人のエージェントと向き合っていた。そのエージェントは、実に細い線の身体をしていた。今時、時代錯誤な和装。袴に縦襟シャツ、丸眼鏡、小粋に手に持つのは年季の入った帽子──さながら、大正時代の映画から飛び出してきた書生のような出で立ちだ。歳は30代前半といったところか。


「君が呼ばれた理由がわかるかね? 『星屑の探求者スターダスト・ワンダラー』」

「何かしら研究の一環かと思われますが……ご説明頂けますと助かりますねぇ」


 彼は細い目をさらに細くさせ、にっこりと微笑んだ。


「この町に、ジャームが現れた。我々の管轄ではない者だ──既に死者を数名出している」

「ほう。たしか、『脳髄を吸う化け物』という事件でしたね。連続猟奇殺人事件として警察は捜査を進めている様子です。あまりにも猟奇的なため、警察はなんとかマスコミに知られないように進めているようですが、それも時間の問題ではありますな」

「さすがは雷と電子を操る能力ブラックドッグ。君には隠し事は出来ないな」

「本来、私はパソコンやインターネットは好かんのですが、お役に立てるならば。しかし──その事件と私、いや、FHに何の関係が?」


 細い目の奥に見える、鋭い眼光がきらりと光る。


「この証拠隠蔽すらしない状態からして、既に理性はほとんど崩壊してしまっている。我々がスカウトするにしても、扱いにくい相手ではないかと推測されますが。ましてや、スカウトであれば私の出番は必要ないかと」


 FHはジャームを肯定する。個々の欲望を満たすために手段は選んでいられないからだ。よって、エージェントにジャームが存在していることもある。ただし、それらは仕事ができる使える者に限られる──


「今回はスカウトではない。トライブリードの噂を聞いたかね?」

「ほう」


 トライブリード進化されし超越者

 本来、オーヴァードに宿る能力は二種類だ。しかし、稀に三種類の能力を覚醒する人間が昨今、世界中から発見されつつあるという噂を聞く。それがオーヴァードの進化した形なのかはまだ分からないが、FH研究者の誰もが真相の解明に息巻いている。

 もちろん、それは、同じく研究者であるこのエージェントも例外ではなかった。


「あの春日恭二殿も、検査の結果トライブリードの可能性が確認されたようですな。なんでも、一ヶ月前ほどにイメージが突然頭に降ってきたのだと。具体的に何のイメージなのかは、本人により違うらしいですね。にわかには信じがたいことではありますが」

「左様。そして、今回のジャームは──その可能性が濃厚なのだ」

「なるほど。大方の事情は察しました」


 『星屑の探求者スターダスト・ワンダラー』は笑う。温厚だったはずの双眸が、ひやりと狂気に歪んだ。


「素晴らしい。トライブリードのが現れるとは。その検体を確保、回収後に詳細なる研究、ということでよろしいですか?」

「話が早く助かる。検体は神楽坂高校の生徒であることは既につかんでいる。期待しているよ、『星屑の探求者スターダスト・ワンダラー』」

「了解致しました。それでは──あ、そうでした。これは確認なのですが……」


 エージェントは帽子を目深に被りなおし、踵を返しつつ、振り向いた。


「検体は殺してもよろしいでしょうか? 私、手加減は昔から苦手でして」

「好きにしたまえ。君の研究資料を見るに、その方が検体も


 その言葉を聞いて。 

 『星屑の探求者スターダスト・ワンダラー』──諸星星霜もろぼし せいそう──はにっこりと無邪気に微笑んだ。

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