第5話 彼女たちは彼女と談笑する
始業式も終わり、新しい教室へと向かう新入生たち。恋も例外なく連れられ、1年D組の引き戸をスライドさせる。少し年季の入った机、リノウムの床、ちょっと高めの教壇──中学とはまた一味違う雰囲気に、恋は大人の雰囲気を存分に感じ取って大興奮していた。具体的に言うと、ちょっと足がふるふる、いや、びくんびくんしていたことは否定できない。隣の同級生が怪訝そうな顔で見ている気もしないでもないが、ここは気にしないでおく。
(ここが──憧れの高校生活エンジョイ空間なのね──!!)
涎も出さんばかりの恋。
ここは花の共学だ。たくさんの男子たち。この男子たちと、きっととろけるような恋愛をするに違いない。そして、たくさんの女友達と一緒に、勉学や部活に明け暮れるのだ。ああ、なんて素敵な、ちょっぴりオトナな時間!
完全にハイになっている恋に対して、ちょいちょいと肩をつつく別の少女。
「そこの貴女。歩いて頂けませんこと? 後ろが少々つかえておりまして」
「あ。あ、はわわっ! ごごごごめんなさい!」
急に声をかけられて、顔を真っ赤にして慌てふためいた上ですっ転んで、三回転きりもみ回転して床に激突し、きゅう、と倒れる恋。
突然のアクロバットに、もう1人の少女も心配した顔で駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫!? あんた、なんつーかトロいねえ……」
「え、えへへ…ずびばぜん……」
頭に大きなタンコブをこさえて、恋はあははと笑った。
「あたし、
桃と名乗る活発そうな少女は、親指で隣の少女を指差す。先ほど、肩をつんつんした少女だ。彼女──二階堂妙子──は花が薫りそうなたおやかな笑顔で、細い目を一層細くして微笑んだ。
「ごきげんよう。先ほどは驚かせてしまって申し訳ありませんでした」
そんな2人に、あわあわしながら恋はますます顔を赤くする。
「そそそんな、私がびっくりしすぎただけだからっ。あ、私は早乙女恋、恋って呼んでね!」
「恋さん。良い名ですね」
「これも何かの縁だ。仲良くしようぜ、
高校初めての友達──
あまりの嬉しいことの連続に、胸が高鳴り続けてしまう。
嬉しい。すんごく嬉しい
──喰いたい。
「……え?」
突然、感情に何かが混線したような気がして──振り向く。
視線?
しかし、その視線の主は、たくさんの生徒たちの姿にかき消えた。むしろ、生徒の中の誰かなのだろうか?
ひやりとした、まるで胃の底を掴まれたような、そんなねっとりとした視線。恋の足が、自覚しない間にかくかくと細かく揺れていた。
「恋? どうしたの?」
「恋さん?」
「……あは。だ、大丈夫だよ。ちょっと変な音が聞こえた気がして──」
大丈夫。大丈夫だから。
あいつらは──
青い顔で返答しかけて、恋の視線が泳ぐ。その先に──
「あれ? ユキトくん?」
少し小柄で、少女と見間違えてしまいそうな……何とか男子制服で男だと分かる少年。その顔には見覚えがある。
「……え、恋ちゃん?」
ユキト君と呼ばれたその顔は、驚いた表情だった。少し懐かしいような色もあったように思う。
「君、ユキト君でしょ?
「れ、恋ちゃん……同じ高校だったんだね、驚いたよ」
柔和な顔をにっこりとさせて、彼は微笑んだ。
「恋さん、この方は?」
「へー、恋、こんな美少年の知り合いだったのかよ?」
怪訝な顔をする新しい友達に、恋は胸を張る。
「えっへん。紹介するね! 佐伯幸人君。小学生の時いつも一緒だったんだ。お弁当とか、先生にこっそり内緒で校舎の裏で食べたりとかしてた仲だよ!」
「ややややめてよう、恋ちゃん!?」
なぜか顔を真っ赤にして、幸人が抗議する。それを聞いてか聞かずか、恋はニコニコと彼の両手を握った。
「あんなに仲良かったのに、5年生の頃、お父さんの転勤でお引越ししたんだったよね。あの時、悲しかったなあ。この街に帰ってきてたなんて、すんごく──すんごく嬉しいよ! ユキト君! また一緒に遊ぼうね!」
にぱー! と、輝く太陽にように無邪気に笑う恋。急な紹介に驚きつつも、再会を喜ぶ桃と妙子。恋の楽しい高校生活が、今まさに始まろうとしていた。
そして──恋はまだ、気付かない。
その背中に熱く視線を注ぐ、一人の涼やかな少年の存在を。
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