第4話 彼は彼女の窮地を救う
遅刻遅刻と走る恋。
桜の花煙る街路樹は、先に先にと続いている。恋がこれから毎日通う
(うー、ほんとの『おーゔぁーど』なら、こんな道なんて楽々走れちゃうのにっ!)
オーヴァードは基本的に身体能力が一般人より高いものだが、恋に至っては一般人とまるで変わらない。むしろ、少し遅いくらいだし、そもそも運動はあまり得意ではない。水泳だけは得意なのだが。
ぶー、とぶんむくれる。
(キュマイラの血を引くなら、少しは運動神経が良くったってバチはあたらないのになー)
父が
戦い。
UGNには、もうひとつの使命がある。それは、ジャームになってしまったオーヴァードを、一般人に気付かれぬよう『
(私もおーゔぁーどなのに、騙されちゃいそう)
恋たちのような戦う能力に満たないオーヴァードは、基本的にUGNに保護されている。しかしその実態は、恐らく監視と管理だろう。戦えずとも、万一力を使いすぎてジャームになってしまえば、厄介な存在になることは変わらないからだ。
それでも、戦う任務からは除外される。UGNに勤めることにより一定の収入が得られて、安定した生活が保障され、日常は保たれる。
それでいいじゃないか。私たちの日常は、これで十分だ。
もちろん、ジャームに殺された人たちには申し訳ないのだけれど、運が悪かったと思ってもらう他ない。私たちは、私たちの日常を守ることで精一杯なんだから。戦うことに得意な人たちに、任せよう。適材適所とはこのことだ。
だから、私の能力も学校のみんなには秘密。大丈夫。今までずっと、隠し通せたんだから。今度もうまくやっていける。
そう自分に言い聞かせて、さあ、次の曲がり角を右だ! と意気込んだその時、だった。目の前を、バッ!! と黒い影が襲う!
「カアアアァァァァァ!!!」
「きゃーっ!!」
思わず、悲鳴をあげてそのまますっ転んでしまう。すると、その黒くて小さな塊は黒い翼を存分に広げながら、空中でかんらからからと笑った。
それは──
「ほっほっほ、初日から威勢が良いのう、恋。若いことはええことじゃわい」
「もー、こんな時に脅かさないでよ!
神威と呼ばれたその鴉は、単なる鴉ではない。人語を解する、いわゆるレゲネイドウィルスに侵食された鴉──というか、レゲネイドウィルスそのものだという。詳細は不明だ。
恋は半泣きになりながら、神威を睨む。
「うう、こんなとこで喋ってるとこ見つかったらどーすんのよう。あたしは行くからね! かまってられないの、これから憧れの高校生活をエンジョイするんだから!」
「ほう、恋も遂に高校生か。幼子が成長する様は、何度見ても良いものじゃわい」
神威はそう言うと、呑気にこちらの肩に降り立ってくる。
まだ恋が幼稚園の頃、この力のコントロールがうまくできず公園で泣いていた時に、目の前に降り立って慰めてくれて以来、神威は無二の友なのだ。鴉のくせに人間の何倍も生きているとかで、度々この力の相談をしたり、人生相談などもしたりしている。
しかし、今は本当にかまっていられない。あと5分で校門をくぐり抜けないと、恋の輝かしい高校生活は遅刻という汚名からスタートしかねないのだ。
「あなたノイマンでしょ!? 頭がいいなら、この窮地分かってくれるよねっ!?」
神威の能力の一つは
「うむ。
「お願いしまーすぅぅぅ!」
「合点承知!! ほれ、そこの隙間に入るのじゃ!」
言われるまま、小さな路地に入り込む。すぐに民家の敷地内に入ってしまうが、
「うむ、今の時間は家主は留守じゃ。さっさと抜けるがよかろう」
「うわあ、ご、ごめんなさーい!」
これじゃ立派な不法侵入である。心の中でたくさん謝りながら、恋は敷地を通過した。
「それからそこを右!」
「はいっ」
「さらに左!」
「はひっ」
「ここの生垣をくぐり抜けよ!」
「ふえぇぇ…」
「もうすぐ校門前じゃ、気張れ恋!」
「うわーん!」
次々と飛ぶ指示に従ってボロボロになりながらも、遂に悲願の校門が見えてきた!
「よし、儂の援護はここまでじゃ。行け、恋よ。高校生活を心ゆくまでえんぢょいするがよい!」
「うん! ありがとう、神威!」
「礼には及ばんよ。さらばじゃ、友よ!」
神威はからからと笑いながら、バサッと翼を広げ、空に飛び立っていく。恋は友人に深く感謝しながら、これから3年間の付き合いとなる神楽坂高校の正門を飛び越えた。
さあ、高校生活のスタートだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます