第4話 彼は彼女の窮地を救う

 遅刻遅刻と走る恋。

 桜の花煙る街路樹は、先に先にと続いている。恋がこれから毎日通う神楽坂かぐらざか高校は自宅からまっすぐ、数度曲がって、さらに500mだ。


(うー、ほんとの『おーゔぁーど』なら、こんな道なんて楽々走れちゃうのにっ!)


 オーヴァードは基本的に身体能力が一般人より高いものだが、恋に至っては一般人とまるで変わらない。むしろ、少し遅いくらいだし、そもそも運動はあまり得意ではない。水泳だけは得意なのだが。

 ぶー、とぶんむくれる。


(キュマイラの血を引くなら、少しは運動神経が良くったってバチはあたらないのになー)


 父が化け物になる能力キュマイラの人間だなんて、想像もつかない。本人も一度だってなったことはないよと笑ってはいたが──本当に、早乙女家は戦うことには無縁だ。


 戦い。


 UGNには、もうひとつの使命がある。それは、ジャームになってしまったオーヴァードを、一般人に気付かれぬよう『始末ハント』することだ。実際、昨今話題になっているガス爆発での大量事故死事件や、バスの横転事故などは、実際はジャームが引き起こした大量殺戮事件であり、裏でUGNが情報工作を行って事実隠蔽しているのだとか。そんなこと、父に教えてもらわなければ分からない。今の社会は、テレビの話が全部真実だと思い込まれやすくて──


(私もおーゔぁーどなのに、騙されちゃいそう)


 恋たちのような戦う能力に満たないオーヴァードは、基本的にUGNに保護されている。しかしその実態は、恐らく監視と管理だろう。戦えずとも、万一力を使いすぎてジャームになってしまえば、厄介な存在になることは変わらないからだ。

 それでも、戦う任務からは除外される。UGNに勤めることにより一定の収入が得られて、安定した生活が保障され、日常は保たれる。

 それでいいじゃないか。私たちの日常は、これで十分だ。

 もちろん、ジャームに殺された人たちには申し訳ないのだけれど、運が悪かったと思ってもらう他ない。私たちは、私たちの日常を守ることで精一杯なんだから。戦うことに得意な人たちに、任せよう。適材適所とはこのことだ。

 だから、私の能力も学校のみんなには秘密。大丈夫。今までずっと、隠し通せたんだから。今度もうまくやっていける。

 そう自分に言い聞かせて、さあ、次の曲がり角を右だ! と意気込んだその時、だった。目の前を、バッ!! と黒い影が襲う!


「カアアアァァァァァ!!!」

「きゃーっ!!」


 思わず、悲鳴をあげてそのまますっ転んでしまう。すると、その黒くて小さな塊は黒い翼を存分に広げながら、空中でかんらからからと笑った。

 それは──からすだった。


「ほっほっほ、初日から威勢が良いのう、恋。若いことはええことじゃわい」

「もー、こんな時に脅かさないでよ! 神威カムイ!!」


 神威と呼ばれたその鴉は、単なる鴉ではない。人語を解する、いわゆるレゲネイドウィルスに侵食された鴉──というか、レゲネイドウィルスそのものだという。詳細は不明だ。

 恋は半泣きになりながら、神威を睨む。


「うう、こんなとこで喋ってるとこ見つかったらどーすんのよう。あたしは行くからね! かまってられないの、これから憧れの高校生活をエンジョイするんだから!」

「ほう、恋も遂に高校生か。幼子が成長する様は、何度見ても良いものじゃわい」


 神威はそう言うと、呑気にこちらの肩に降り立ってくる。

 まだ恋が幼稚園の頃、この力のコントロールがうまくできず公園で泣いていた時に、目の前に降り立って慰めてくれて以来、神威は無二の友なのだ。鴉のくせに人間の何倍も生きているとかで、度々この力の相談をしたり、人生相談などもしたりしている。

 しかし、今は本当にかまっていられない。あと5分で校門をくぐり抜けないと、恋の輝かしい高校生活は遅刻という汚名からスタートしかねないのだ。


「あなたノイマンでしょ!? 頭がいいなら、この窮地分かってくれるよねっ!?」


 神威の能力の一つは卓越した頭脳の力ノイマンである。この鴉、鳥類のくせに鳥頭ではないどころか、コンピューターも顔負けの超高速処理能力を持っているのだ。


「うむ。わしとしては友人を見過ごすことはできぬな。神楽坂高校に向かうならば、このルートでは間に合うまいて──助けが欲しいか?」

「お願いしまーすぅぅぅ!」

「合点承知!! ほれ、そこの隙間に入るのじゃ!」


 言われるまま、小さな路地に入り込む。すぐに民家の敷地内に入ってしまうが、


「うむ、今の時間は家主は留守じゃ。さっさと抜けるがよかろう」

「うわあ、ご、ごめんなさーい!」


 これじゃ立派な不法侵入である。心の中でたくさん謝りながら、恋は敷地を通過した。


「それからそこを右!」

「はいっ」

「さらに左!」

「はひっ」

「ここの生垣をくぐり抜けよ!」

「ふえぇぇ…」

「もうすぐ校門前じゃ、気張れ恋!」

「うわーん!」


 次々と飛ぶ指示に従ってボロボロになりながらも、遂に悲願の校門が見えてきた!


「よし、儂の援護はここまでじゃ。行け、恋よ。高校生活を心ゆくまでえんぢょいするがよい!」

「うん! ありがとう、神威!」

「礼には及ばんよ。さらばじゃ、友よ!」


 神威はからからと笑いながら、バサッと翼を広げ、空に飛び立っていく。恋は友人に深く感謝しながら、これから3年間の付き合いとなる神楽坂高校の正門を飛び越えた。

 さあ、高校生活のスタートだ!

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