第3話 朝食のテーブルで父と母は微笑む

 昔話をしよう。

 かつて、人類はレネゲイドウィルスに脅かされ、その脅威は今も続いている。多くの人間はその強烈な毒気に倒れてしまうが、一部の人間だけが生き残った。それが、オーヴァードだ。

 彼らは普通の人間には無い特殊な力を宿し、強靭な攻撃力を誇った。しかし、その力を使いすぎると、体内に巣食うレネゲイドウィルスに体を侵食され、ついにはただ暴れるだけの理性を捨てた殺戮の怪物ジャームになり果ててしまう。

 それを防ぐため立ち上げられたのが、そういった者たちを保護するための組織、UGNユニバーサル・ガーディアンズ・ネットワークだった。彼らは現代社会に混乱をもたらすことを防ぐため、このオーヴァードやレネゲイドウィルスの存在を隠蔽する活動も行なっている。


「きゃああー!! 遅刻遅刻ぅ!!」

「はっはっは、始業式当日に遅刻かい? お姫様」


 バタバタと慌ただしく階段を降りてくる恋に、ゆっくり出勤できる早乙女蓮城さおとめ れんじょう──恋の父だ──は、細い目をさらに細くさせ、黒ぶちの眼鏡を掛け直す。父は、UGNでコツコツと地味な事務局員をやっている。滅多に怒らない、優しい父親だ。

 そんなこちらを見ながら、自分より小柄で童顔な母が、大仰な腕まくりをして宣言する。


 「はいはーい、お母さんの超絶☆美味しい朝ごはんは食べて行きなさいね! 毎朝、腕によりをかけちゃってるんだから!」


 そう言って、母がふわっと空の皿に両手を広げると──


 どさどさどさっ


 大気中の分子を使っての、大量の朝ごはんが瞬時に完成し、皿を彩った。万物を作り変えることができるモルフェウスの力だ。朝に忙しい主婦には画期的な能力である! 栄養バランスバッチリ、火加減までバッチリ、もちろん添加物ゼロという豪華オーガニック朝ごはんだ!! もちろん、味の保証もバッチリである。申し分なし。


「は、はーい! いただきまーす!!」


 大急ぎでご飯を食らう恋の皿の上には、カリカリのトーストとバター、ベーコンと目玉焼きがセットになったものが大量に積み重なっている。よく見ると、父の皿にも大量の盛り付けがなされていた。ちなみに母はそれに比べると三分の一といったところか。


「キュマイラの血のせいかしら、食べ盛りなのねぇ……」

「だってはふはふ、食べておかないとんぐんぐ、お昼前に低血糖で倒れちゃうんだもんもぐもぐ」

「食べながら話すと喉につかえるぞ、恋」


 恋に牛乳を差し出す父も、優雅に食べながらも着実に量を減らしている。「この力があってほんとに助かったわあ」と、母。そりゃそうだろう。

 恋は一気に牛乳を飲み欲して、


「ごちそーさま! それじゃっ」


 ダッシュで玄関に向かう。おニューのブレザー、チェックのスカート、憧れの高校生活。くるっと振り返ると、恋の長いツインテールがくるりと周囲を踊る。


「いってらっしゃい、恋」

「お前はおっちょこちょいだからな、登校は気をつけるんだぞ?」


 優しい父と母の送る言葉に、恋は元気いっぱいの笑顔で返す。

 

「いってきまーす!」


 恋は言い放ち、玄関のドアを解き放つ──

 満開の桜が、街路樹を薄ピンク色に彩っていた。

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