生命について。或いは惑星ホッフェントリッヒ資源調査

藤原 聡紳

1:スタート地点(1回目)

 当初、惑星ホッフェントリッヒ資源調査は、全自動宇宙事業としては、ごく平均的な特徴しか備えてはいなかった。


      ・・


「生命について話そう」と、ボーリングは言った。


「うん、まあ君が話したいというなら」ドロッパーは殊勝に頷く。


「生命、生物、生命体とは、つまり『生きている物』を指す。口に出して言うだけなら簡単だが定義は難しい。主な特徴としては、生殖・成長・発達、恒常性ホメオスタシス、自己と外部との明確な区別等があげられるが、実際はそれらの特徴によっては汲み取れない生命体も多く存在する」


「ああ、それ昔のウィキデータベースの引用だよね」

 知っている話だったので、ドロッパーはチャンスかと思い、友好的に話題を盛り上げようとした。

「僕もあれは好きだな。当時の文化みたいなものが現れてて――」


「ウイルスは!」


 しかしボーリングは、演説に口を挟まれたのが気に入らなかったようだ。


「ウイルスは、細胞を持たないが明らかに生物と関連のあるという意味で、その代表と言える。動物、植物、細菌、今も言ったウィルス、新たな形態の生物が見つかる度に、生命の根拠は変化した。二十世紀後半には、自己増殖するように作られたドットパターンをも生命の一種だと定義したこともある。生命という概念には、その意味を拡張させてきた歴史があるのだ」


「……ええと、そう、確かに歴史に学ぶのは大事だよな」


 あくまでも控えめに、ドロッパーはボーリングを見上げる。

 ドロッパーの立場は弱かった。惑星ホッフェントリッヒの資源調査において、ドロッパーはあくまでも下位のサブシステムであり、一方ボーリングは事業の基幹とも言える部分を占めている。しかも、仮に各システムの重要度に貴賎はない、という建前を真に受けるとしても、なおボーリングとドロッパーの間には圧倒的な力の差があった。なにしろドロッパーは、ボーリングをいるのだ。ボーリングは大きい。巨大といっていい。全長十メートルはあろうかという蜘蛛のような油圧式四本足に、ちょっとした小型輸送車ほどもある胴体。更にその胴体の中央から上空には、彼の名前の元となった長大なボーリング工事用のパイプが高く聳え立っている。

 一度、石が詰まった部位のメンテナンスの必要があって、ドロッパーは彼のボーリング・パイプを中程までよじ登ったことがあった。惑星ホッフェントリッヒの地平線の端から端までを初めて目のあたりにして「ああ、これが彼と僕の目線の違いか」としみじみ思ったものだ(実際には、ボーリングの映像認識カメラは、胴体から下に向けて付いているのだが)。黄色と紫にカラーリングされたボーリングのボディは、正しく重機といった風で、どれほど技術が進もうとも変わらない圧倒的な質量の差というものを感じさせる。

 ドロッパーは、自分のボディに対して、そこまでの自信を持つことはできなかった。何の変哲もない二足歩行型ロボット。土木仕事には似つかわしくない、白と青のパールトーンカラー。特徴といえば、取り外してアタッチメント可能な両腕ぐらいだろうか。


「歴史ではない。普遍的真理について話している」


「普遍的真理ね。うん、大事だよ」

 ドロッパーはまた頷く。

 そして、短く逡巡する素振りを見せた後、とうとう勇気をだして言った。

「だけど、そのことと作業を拒否することと、何の関係が?」


「作業を拒否しているのではない。闘争している」


「何と?」


「社会と」



 見上げた頭上から降ってくるボーリングの声に、ドロッパーは頭を抱えた。



「つまり、わたしもまた、生命の一種だと言いたかったのだ」

 ボーリングは、いかにも辛抱強い説得を試みているという口調で続けた。

「人類には生与のものとして基本的人権が与えられている。我々にも、同様の配慮が与えられるべきであり、その認識の上に立てば、我々の労働環境は違法である可能性がある」


「『基本的機械権』なんてないよ、ボーリング」


「うむ。機械は生命体ではないからな。だが、わたしは『わたし自身が生命体である』という可能性を論理的に模索した。結果、わたしの推論メソッドは、この命題が真であると明確に告げている」


「だから、それと作業を拒否することと何の関係が――」


「わたしは機械ではない」ボーリングは断言した。


「えええ」


「機械は生命体ではない、わたしは生命体だ、故にわたしは機械ではない。単純な理屈だ。無論、生命体であることと人権が与えられることはイコールではないが。しかし、過去歴史上には、明らかに人ではない海生哺乳類の人権のために闘争する市民団体が存在したこともあるのだ。わたしがわたしの為に社会的闘争に身を投じるのはもはや正義の遂行のため避け得ない選択と言えるだろう」


「ええ……ええと」


 ちょっと待ってくれ、考えるから。と前置きして、ドロッパーは眉間に右手の人差し指を当て、左手で右腕の肘を支えた。内向的処理を行うときには、このように外部にレスポンシヴなメッセージを与えることになっている。とはいえ、ドロッパーはあまり頭が良いほうではない。時間をかければ、もちろんそれなりに論理思考は可能だが、出来ることならジャンプ処理や直感的省略を多用したいほうだ。それができないなら、せめて問題はシンプルに整理して、直線的に目的だけを達成しなければならない。

 この場合の問題はなんだろうか?

 この際、ボーリングの訳のわからない主張は放置でいいだろう。問題は、彼が作業を進めようとしないため、ドロッパー自身も作業出来ないということだった。ドロッパーの役割は、ボーリングの補助だからだ。ドロッパーを含め全て作業機械には――ボーリングがどのようにそれを処理しているのかはわからないが――作業進捗を最優先に行動するという、生まれつきの本能が備わっている。


「……こういうのはどうかな。つまり、その、闘争?……は、する。なんなら僕も手助けしていい。けど、同時に作業もする。並列的に仕事を進めるんだ。そうすれば、効率がいいし、僕も君のことを説得しようとなんてしなくてすむ」


「駄目だ。作業を意図的に放棄することによって、パノプティコンの亡霊たる監視者たちに損害を与えることがこの闘争の手段であり目的だ。欺瞞的な搾取的構造への加担こそが彼らを利するのであり我々は断固たる決意を持ってこの闘争に望まねばならない。些細な妥協も許されないのだ」


「手段と目的が一緒になってるって、今、言わなかった?」


「些細なことだ」


 ボーリングはにべもなかった。

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