国木田光代 〜クニキダコウダイ〜



3月19日


「やめようか」


 ギターの弦をかき鳴らし、未完成ながらも音楽を奏でていた国木田光代さんはこれから徐々に盛り上がっていくというところでそう言って演奏を打ち切った。


「やめるの? 折角良い音だったのに」


「今の俺じゃ良い音は出せても良い音楽は演奏できない。良い音だとしても乱れていれば雑音だ」


「光代さん、何かあったでしょ?」


 いつもは正確でわかりやすい指示をしている光代さんがわざわざ回りくどい言い回しをしている時は大抵自分の悩み事を吐き出してしまいたい時であることを僕は知っていた。


「プロデューサーはすぐに俺の気持ちを読み取ってくれるな」


「相手の気持ちを理解できていないようじゃこの仕事は務まらないから」


「相手の気持ちか」


「喧嘩でもした?」


 光代さんの表情や雰囲気からそのように感じ取れた僕は確信がある訳ではなかったが、そう聞いた。


「結と」


「音楽性の違い?」


「その喧嘩はバンド結成初日にやったよ。今回はライブでの演出について。セルフプロデュースだからって結のやつ1人で張りきっちゃって」


「現実味の無い演出でも提案してきた?」


「まさにその通り。それで喧嘩に」


 常に現実的な光代さんにとって実現可能であるかどうかは考えずに思い付きで提案をする事の多い結さんは同じバンドのメンバーであるのが不思議なほど相性の悪い相手だった。


「でも、今回は俺が引くことにする」


「良いの? まだ解決策を伝えていないけど」


「もう聞いたから大丈夫。今回は結の気持ちを理解して結の非現実的な提案を現実に出来ないか考えてみる」


 ただの返答として使った言葉が光代さんの心を動かしたようで光代さんは愛用のギターをケースに仕舞い、早速結さんと連絡を取っていた。

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