渓谷奏楽 〜ケイコクソラ〜

3月20日


 僕はこの日、ある人物を迎えに空港まで来ていた。


「奏楽さん」


 紫色のキャリーバッグを引きながら到着ゲートを出てくる渓谷奏楽さんを見つけた僕は駆け寄って声を掛けた。


「やぁ、プロデューサー。ただいま帰ったよ」


「お帰りなさい。ツアーはどうだった?」


「流石デビットだよ。付き人としてついて歩いていただけなのに人間としてもアイドルとしても勉強になった」


 奏楽さんは世界的に有名なアーティストであるデビット・アーケスさんから直接、付き人として自身のワールドツアーに参加して欲しいという誘いを受けて奏楽さんの保護者と事務所の承諾を貰い昨年の4月から数日前まで世界を飛び回っていた。


「それは良かった。長旅で疲れや時差ボケがあるだろうから寮まで送っていくよ」


「ちなみにプロデューサーはこの後事務所に戻る?」


「そのつもりだけど」


「それなら俺も事務所に連れて行ってくれないかな? 少し仮眠室で休んだらレッスンをしたいから」


「構わないけど、あまり疲れを貯め込まないでよ」


「分かっているよ。1年経っても相変わらず心配性だな、プロデューサーは」


 1年前よりも良い笑顔で奏楽さんはそう言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る