勝海洋 〜カツウミヨウ〜



 和水プロダクションという事務所でアイドルとしての活動を始めてから随分経つが、俺は未だにこの事務所を完璧に把握できていない。


 例えば、シネマルーム。話は何度か耳にするが、映画をあまり見ない上、映画の出演経験がない俺はシネマルームに行った事も無いし、館内図でも見ない限りシネマルームが何階にあるのかさえ分からない。


 このように本館でさえ全て把握できていないのにこの事務所は本館と連絡通路で繋がった別館や、レッスンルームだかトレーニングルームだけしかない専用の別館など多くの建物を所有している。


「で、ここは何処だ?」


 その所為で自他ともに認める方向音痴の俺はプロデューサーや仲の良い他のアイドルがいないと事務所の中で迷子になってしまう事が多々ある。


「勝海さん、こんな所にいらしたのですね」


「プロデューサー、いつも悪い。迷ったら1階に降りるようにとは思っているのだが、今日は階段もエレベーターも見つからなくてな」


 本当はどちらも見つけてはいたが、プロデューサーに探してもらえるのが密かに嬉しくて事務所で迷子になっている時のおよそ1割は迷子になったフリをしていた。


「見つけてくれてありがとうな。プロデューサー」

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