長野霧生 〜ナガノキリオ〜
「はぁ」
「13回目」
事務所1階にある喫茶店のマスター水守千歳はこの時間唯一の客である長野霧生にそう言った。
「君がこの店、その席に座ってから吐いた溜息の数だ」
「すいません」
「謝ることは無い。ただ、もし何か思い悩んでいることがあるのなら私に話してくれないか? ただの気休めにしかならないとは思うが、1人でじっと悩んでいるよりは気が楽になると思うのだが」
千歳にそう言われた霧生は今日まで誰にも話すことが出来なかった悩みを千歳に打ち明けた。
「なるほど、学業とアイドルの両立か……。私が考えていた以上に難しい悩みを抱えていたようだね。ちなみに、現時点での成績と言うのはどの程度か教えてもらえるかな?」
「中の上から上の下くらいだったと思います」
「君のプロデューサーは川野君だったはずだが、彼に相談は?」
「学業を優先するならアイドル活動を休止しても良い。と言われました。でも俺はこれからもずっとアイドルとして応援してくれるファンを笑顔にしたい」
その言葉は流には伝えていなかった霧生の本心だった。
「社会一般的には学生の内は勉学に励むのが仕事だ。だが、数十年間アイドルに関わってきた私個人としては、社会が何と言おうとアイドルにはファンを悲しませるようなことはして貰いたくはない。もちろん例外もあるが、今の君はアイドルと学生を両立するだけの力は持っているから含まれない」
千歳にそう言われ、コーヒーを一口飲んで深く考えた霧生は言った。
「あの、俺、もう少しだけ考えてみようと思います。アドバイスを貰ったのにすいません」
「良いんだ。それも一つの答えの形だ」
千歳は霧生にまだ学生だった頃のスプリングスの面影を重ねてそう言った。
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