浮本春音 〜ウキモトハルネ〜

その日、その時まで彼女が見ていた世界はモノクロで音が無かった。


「あの」


「……」


「あの」


「……。私ですか?」


「はい」


自分と自分を呼んだ男以外に誰もいない学校の裏庭が彼女浮本春音に不快感を与えていた。


「塾の、勧誘は間に合っているので」


「いや、塾の勧誘じゃなくて」


春音は男を軽くあしらい立ち去ろうとしたが、男は春音の前に立ち塞がってそう言った。


「じゃあ、何ですか?」


学校の敷地内であるから少なくとも不審者ではない事は明らかだったが、だからと言って春音は男に対する不信感を緩める事はしなかった。


「アイドルになりませんか?」


「は?」


春音の思考はたった一言で停止した。


「(何で? 何で愛想の無い私をこの人は校内放送で人気の初野廻と同じ土俵に上げようとしているの?)」


思考回路が復帰した春音の脳内ではその答を探っていた。


「あの」


「愛想の無い私を初野廻みたいに出来るというならアイドルになってあげる」


絶対に無理なお願いを言う事でこの場を切り抜こうと考えた春音は自信を持ってそう言った。


「わかった。俺は君を廻以上のアイドルにプロデュースしてやろう」


男の返しに春音はただ呆然とするしかなかった。

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