第8話
俺と佳奈は、それからドライブに行ったり、映画を見に行ったり(吹き替えじゃなくて字幕版ばかりだけど)、食事に行ったりした。
それは、普通のカップルと同じような付き合いだったんじゃないかな。二人の会話は、やっぱり普通の人よりはスローペースだった。普通の人が10分かける会話は、俺たちは1時間かかった。でも、すぐに消えてなくなってしまう言葉じゃなくて、後で読み返すことができる文字でのコミュニケーションだったから、その分、より深い会話だったんじゃないか、って俺は勝手に思ってるんだ。
カナの一周忌があった。俺と俺の両親、カナの両親と清川先輩の6人だけで集まった。
もう、あれから1年経ったんだなって、ずいぶん早い気がした。
カナの両親から最近の俺の様子を聞かれた。
清川先輩とはたまに会って酒を飲んでいたので、ある程度の近況報告はしていたが、清川先輩から両親にどこまで話が伝わっているか分からなかったので、何も知らない前提で、付き合っている女性がいることを話した。
お義父さん(元お義父さんだよな。ちょっと抵抗があるけど、これから元を付けることにする。)も元お義母さんも、喜んでくれた。でも、少し寂しそうにも見えた。
元お義母さんが遠慮がちに、もし結婚が決まったら、迷惑でなければ一度ご挨拶させていただきたい、と言ったのが、なんだか切なかった。
神妙に分かりましたとだけ答えた。そうとしか答えられなかった。
それからしばらく俺と佳奈の交際は続いた。
もうカナと佳奈の違いははっきりと分かるようになっていた。でも、笑った顔はやっぱりそっくりだった。
カナがいなくなって、白黒の世界になってしまった俺の生活に、鮮やかな色彩を取り戻してくれたのが佳奈だった。
俺は最初は、カナに似ていることから佳奈に惹かれたんだけど、今はカナとは違う佳奈そのものに惹かれていた。俺はもう佳奈といつも一緒にいたくなっていた。
その一方で、カナに対してずっと後ろめたい気持ちもあった。
カナがいなくなって、まだ2年も経っていなかった。俺がこんな気持ちでいることを知ったら、カナが悲しむんじゃないかって思った。
カナの写真を前に置いて、カナに、俺、佳奈と結婚してもいいかな、って尋ねたけど、カナは何も言ってくれなかった。あたりまえだよな。
自分で自分の気持ちを処理しきれなくなった俺は、清川先輩に相談した。
清川先輩は、自分の気持ちに正直になるべきだ、その方がむしろカナは喜ぶだろう、と言った。
俺が、でも、カナは怒ったり悲しんだりしないかな、って言うと、清川先輩は本気で怒りだした。
バカヤロウ、おまえはカナがそんなやつだったと思ってたのか、だとしたらおまえはホントにバカヤロウだ、おまえが幸せになることを、カナが怒ったり悲しんだりするはずがないじゃないか、ってね。
カナのときは、なんとなくお互いに結婚しようか、みたいな感じになったので、特にプロポーズとかしなかった。そのことで、後々カナからはちくちく言われたよ。だからって言うわけじゃないけど、佳奈にははっきりとプロポーズしたかった。受けてくれるっていう自信なんか、これっぽっちもなかったけどね。
前もってそれとなく指のサイズを聞きだして、指輪を買った。
悩んだのは、プロポーズの場所だった。
建物の中とかでプロポーズすると、月日が経つと建物は無くなってしまったりするので、屋外の方が良いと、ある先輩から言われた。清川先輩じゃないよ。清川先輩はまだ独身だったし。
さんざん悩んだ末、俺が選んだ場所は夜景のきれいな高層のレストランでも、海を見下ろすこじゃれたカフェでもなく、新宿御苑だった。ここなら、いつでも来ることができる。いつでも来て、想い出すことができる。そう思ったんだ。
夏の夕暮れ時、太陽が木々の間に沈むころ、ベンチに座って、俺は佳奈に向かい合ってプロポーズした。
そのときの言葉は二人だけの秘密で、ここに書くわけにはいかない。恥ずかしいし。
俺の最後の「結婚して欲しい」という唇の動きを読んだ佳奈は、返事の代わりに俺に抱きついてきた。
俺は、俺の腕の中にすっぽりと入ってしまうこの小さな女の人を、なにがあっても一生守ると、その場で心に誓った。
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