Ⅱ.炬立達也

第6話 旧盛岡市立第二高校


「えーっと。今日はなんじゃったかな……ああ、そうじゃ。コタツと人類の戦いの歴史じゃったな」


 旧岩手県盛岡市は旧盛岡市立第二高校のとある教室にて。のどかな昼下がりの光が教室中を照らしている。


 そんな中、教室の前面、教壇の上で頭の禿げた老齢の教師がしゃがれた声を上げた。


 彼の言葉と共に、教室中の生徒からため息が漏れる。今日もまたその話か、と。


「2055年のことじゃ。突如世界中を未曽有のインターネット障害が襲った。それと同時に、コタツが世界中に現れ、人類を襲撃したのじゃ。インターネット障害で混乱した世界は突然のことに抵抗することも出来ず、コタツに次々と敗北を許していった。今では世界の8割がコタツの手に落ちたと言われておる。かつて日本と呼ばれておったこの島国もそうじゃ。いち早く対策をうち、なんとか全滅は免れたものの、残ったのはこの東北地方の一部と北海道だけ。しかも北海道の人々は北日本帝国などと称してワシらナトリ連邦と対立する始末じゃ。コタツと戦うだけでも精一杯だというのに、人間同士で争い合うなど世話の無い話じゃて」


 老教師は慣れた口つきでコタツについての歴史を語っていく。一方の生徒達は、皆呆れたような顔でその話を聞き流していった。


 というのも、この教師、授業になると必ずこれと同じ話を授業の初めに繰り返すのだ。ボケとハゲを足してボゲ老人などという酷いあだ名をつけて呼ぶ生徒もいるくらいである。


 だがそんな教室の一角に座る冴えない顔つきの男子生徒……炬立達也タケダチ タツヤはその話を興味深そうに聞いていた。何度聞いても聞き飽きないコタツの話。彼はもしかしたらあの老教師がもっと自分が知らないようなことを話してくれるんじゃないかと期待しているのだ。


 あの激戦となった旧二戸市防衛戦から一週間。彼は生きていた。


 コタツとの一騎打ちに勝利した後、運よく彼は近くにいた最終防衛ラインの兵士に発見され、基地へと搬送されていたのである。


 結局、旧二戸市防衛戦は人類側の勝利に終わった。と言っても、犠牲の大きな勝利である。


 これまで計28度の大規模な防衛戦が旧二戸市で行われたそうだが、その中でもダントツで被害は大きかったという。もしかしたらあれ以上の襲撃がまたすぐ行われるのじゃないかと、防衛軍の上層部は居ても立っても居られない状況らしい。


 一方の達也はたった1人でコタツを撃破したという功績から上等兵への昇格を通達されていた。


 しかし、そこで彼は自分が生き残ったのは焔利市上等兵のお陰だとそれを辞退してしまったのだった。とはいえ、軍の人事部の決定は覆ることはない。彼は上等兵へと昇格、おまけに利市も兵長への昇格を果たしたのだった。


 結局、利市は達也の同い年にして上官のままとなったのである。


「コタツとは何か。その答えは未だにワシらは見つけられてはおらん。じゃがワシはこう思うのじゃ。もしかしたらコタツはワシらに暖かさを与えるためにやってきておるんじゃないか。いつまでも争いをやめようとしない人間の冷え切った心を温めようとしておるんじゃないか、とな」

「……んなわけねーだろボゲ老人……」


 ぼそりと、誰かが呟く。ここにいる生徒の中にもコタツに親や兄弟を奪われた者も多い。そんな生徒には、決まってあの老教師の話は顰蹙を買うのだ。


「何を嬉しそうに聞いてやがんだ。え? 炬立上等兵さんよ」


 そんな中、隣の席の男子が達也に向かってこそこそと話しかけてきた。何時ぞやの戦場でスピーカー越しに聞こえてきたのと同じあのいやらしい声である。


「何だよ利市。面白いんだから別にいいじゃないか」

「ほう、やっぱりこたつ職人は言うことが違うなぁ」


 嫌味っぽく漏らす利市。思わず顔を横に向けると、利市は形の良い顎をさすり、達也の方をニヤニヤと覗きこんでいた。


 短いストレートの黒髪に整った太い眉毛、ぱっちりした目と高い鼻、そして色の良い唇はこれ以上無いほど完璧に顔の上に配置され、男でさえ思わずため息してしまうような美男子がそこには座っていた。


 渋めの俳優のようなダンディな顔つきである。その上天才ともてはやされるほど頭も切れ、パソコンやプログラミングに関してはプロ顔負けの腕前を持つという男だ。中身がああでなければもっと友人に恵まれただろうにと、達也は心の中で毒ずく。


「こらそこの二人。授業中に何をしゃべっておる!」


 すると、そんな俺達の様子を見て教壇の老教師が鋭い声を浴びせてきた。心なしかクラスメートの視線が集まってきた気がする。


「チッ、ボゲ老人め……話は後だ。昼休みにな」

「分かったよ」


 こうして、達也と利市はぼんやりと旧日本史の授業を過ごしていくのだった。



 ―――



 昼休み。教室の所々では配給されたコッペパンとお茶を食べながらクラスメートたちがお喋りを楽しんでいる。


 コタツとの戦いを続けて250年余り。領土も少なくなったナトリ連邦では物的人的資源の両方が慢性的な不足に陥っていた。配給制の給食も、高校生で前線まで駆り出される志願兵もそのしわ寄せの結果なのである。


「ったく、俺達にこんなまずいパンを食わせておいて、仙台の連中は悠々と肉なんかを食って暮らしているそうだ。羨ましい限りだな」


 利市が早速配給された食事に苦言を呈する。


 ナトリ連邦の首都は仙台に置かれていた。利市の言うように、ナトリ連邦を治める元老院は首都近郊に関してはインフラ整備や物資の充実化を図っていたものの、その他の辺境地域に関しては無関心そのものだったのだ。軍備だけ整えさせ、あとの住民に対しては知らんぷりなのである。


 当然住民たちは幾度となく中央に向かって物資の流通などの要請を送りつけたこともあった。だが帰ってきた返事は『非常時につき余剰物資無し』の返事のみ。格差は広がるばかりだ。


「だけど利市は、高校を卒業したら同時に仙台の防衛軍参謀本部に任官するんだろう? しかも少尉待遇で。異例の人事だって高校の先生も喜んでるみたいだよ」

「まあな。だが俺がいなくなったら親切にもお前に指示を出してやっていた名参謀がいなくなるんだぜ? こりゃお前の命運も尽きたかな」

「うっ、まあ寂しいには寂しいけど……利市がいなくても僕は1人でやれるさ」

「さあどうかな。軍事訓練は落第寸前、戦死以外で上等兵まで辿り着いたのが奇跡とも言われるお前が生き残れるとは到底思えんね」

「うるさいなぁ。そんなこと誰も言ってないでしょ。別に軍属を続けるかどうかも分からないし……で、さっき言ってた話って?」


 次々と達也の痛いところを突いてくる利市。思わず達也は話の矛先を別の場所へと捻じ曲げるのだった。


「ああ。今日は軍事訓練もなくて暇だろ? また旧滝沢市の山の辺りに廃品回収でも行かねえか?」


 彼の言う廃品回収とは、以前の戦闘で残されたコタツの死骸、正確には天板と骨組みを回収しに行くというものである。


 回収した死骸は新しい武器や兵装なんかに仕えるため、防衛軍が高く買い取ってくれるのだ。その収入は、物資もなく、職も乏しい辺境区の住民にとって大きな支えとなっているのである。


「ああ。別にいいよ。ただ今日は放課後に行かなきゃいけないところがあるから夜でもいいかな」

「おふくろの見舞か。殊勝なこった。それなら用が済んだら連絡してくれ」

「ちょっと2人とも、何を喋ってるの?」


 利市との会話を進める達也。そこで、後ろから女子が話しかけてきた。突然の来訪者に達也は振り返り、その姿を視界にとらえる。


 そこには黒縁メガネで黒髪をショートで切りそろえた可憐な女子の顔があった。くっきりと整った顔は利市と釣り合ってもおかしくないほど。腕を組み、仁王立ちで利市と達也を見下ろしている。


 しなやかな四肢とその堂々とした態度には、どことなく活発な雰囲気が垣間見える。


 彼女の名は青森翔奈アオモリ ショウナと言った。達也と利市の幼馴染にしてクラスメートの女子である。


「ああ翔奈。今利市と放課後に廃品回収に行こうって話になってさ」

「また? ホントあんた達って飽きないんだね。コタツなんてあんなおぞましいもの、触りたくもないよ」

「とか言って翔奈も毎回ついてくるじゃないか」

「うっ……それは瓦礫の中に古いラノベが紛れてないかを探しているだけで……それにあんた達だけじゃ何をしでかすか分かったもんじゃないでしょ?」


 彼女は利市と達也のお目付け役的存在だった。そして、今の通り21世紀の初頭に流行っていたライトノベルと言う小説群の大ファンでもある。


 娯楽も極限に制限された昨今、古い町並みから時折発見されるライトノベルはコアな高校生たちの唯一と言っていい娯楽となっていたのだ。

 

「ったく、来たくないなら来なけりゃいいのにな。家で大人しく勉強でもしてたらどうだ」


 翔奈に向かって利市が吐き捨てる。女子に対しても彼の毒舌は衰えを知らないようだ。


 ちなみに、翔奈は利市の家に同居している。翔奈の両親はかつてコタツの襲撃で死亡し、焔家が残った翔奈を保護しているのだ。


「なっ、わ、私はただあんたたちのことが心配で言ってるだけじゃない。特に達也なんか、もしコタツに襲われたらまず助からないよ?」

「一応この前コタツを初めて倒したんだけどな……」

「ああ、そうだったっけ。もう左足は大丈夫なの?」

「うん。この通りだよ」


 達也は以前コタツに包まれ、しばらく麻痺していた左足を元気に動かして見せた。昨日ようやく松葉杖なしで歩けるようになったところである。


「それなら良かった。今度こそ帰ってこないんじゃないかと心配したけど、結局左足の怪我だけで助かって良かったね」

「本当に」

「ま、天才参謀の俺様あってのことだがな」

「はいはい。その件については感謝してますよ焔利市兵長さん」


 こうして、俺達は放課後までの間、ぼんやりと残りの授業を消化していくのであった。

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